56:皇都アシル-11
やぁ、待たせて済まないね、と登場したのは、何を隠そうこの国の皇帝その人だった。
思っていたよりも若く見えるけれど、アズールとアレクの父であるから、それなりの年齢には達している筈である。
「えっと、そちらにいる三人がそうなのかな? 私は、一応この国を任されているけれども、普通にナターシャの夫で、アレクとアズールの父だ。スレイハーンという名前なんだけどねぇ、今となっては誰からも呼ばれる事もなくてねぇ……寂しいんだよ、これでも」
「えぇっと、ナターシャ伯母さんの旦那さんなら、スレイハーン伯父さんってことになるの?」
「おぉ、嬉しいなぁ。久しぶりに、そんな風に呼ばれるといいねぇ。是非これからも、そのままで呼んでくれると嬉しいねぇ」
スレイハーンの嬉しそうな顔を見て、確かに今まで伯父さん呼びをされることはなかったのだ、と誰もが気付いた瞬間でもあった。
少し聞いておきたいと思って、カーラル砂漠の場所は、どの国が所有権を持っているのかと聞いてみたら、アレイシア皇国とナレイティア共和国が半分ずつという建前になっているのだとか。
何もないから、どちらの国も境界線を砂漠のどちら側までにするかで紛争を繰り返している状況で、今もまだその火種は燻り続けているらしい。
そうなると、リンは少し困ったことになるなぁと思った。
「昔は、カルディナ自治領区だったのよね。今は、カーラル砂漠になってしまっているけれど」
「あぁ、そうだね。自治領区を復活させる話もあったらしいけど、砂漠で生活するというのは、なかなかに厳しいからね。今のところ、うちと隣の国で諍いの元になっているよ」
「じゃあ、自治領区を復活させることは、可能って事なのでしょうか? 私と妹、弟の三人は、あの砂漠で生活するつもりなのですが」
「何だって?! ちょっと、簡単に言うようなことじゃないよ。ライ君だったかな、自治領区としての機能は、何も残っていない場所だって分かって言っているのかい?」
「勿論です。まぁ、実のところ今も弟の仕掛けで、復旧に向けていろいろと細工中なのですが、旧カルディナ自治領区の土地を、そっくりそのまま譲渡して欲しい訳です」
「さて、どうしようか。ナターシャ、君は知っていたの?」
「リンが、あの砂漠に拘っていることは少しだけ知っていましたわ。でも、実際の問題として、皇国側の半分だけなら譲渡可能なの?」
「領として、治める事が出来る状態を作れるのなら、譲渡することは出来ると思うが。それでも、残る半分はナレイティア共和国側の国土になっているからねぇ」
「じゃあ、皇国側の半分だけでも欲しいですね。残り半分は、後の楽しみにします。兄さんもリンも、それでいいわよね」
「あぁ、それでいい」
「それでいいよ、僕も。頑張って、この街の問題を解決するね」
「では、その見返りに譲渡の手続きをするよう進めておくか。領の名前は、どうするつもりなのかな? その様子だと、もう決めているのだろう」
「はい。タカツカサ(鷹司)領にします。ところで、遺跡のある場所は、どちらの国が所有している土地に含まれているのでしょうか」
「あそこは、皇国の所有地だよ。だから、私が様子を見に行く役目を負っているのさ。一応は、あの砂漠の土地は皇帝の直轄領扱いだから」
「じゃあ、ちょうどいいね。僕達が、あの土地に住んだら、アズール兄ちゃんも行かなくてよくなるよ。あ、落ち着いたらになるけど、招待したら遊びに来てくれる?」
「是非、行かせて貰うよ。どういう風に治めるのか分からないけれど、楽しみだよ」
そろそろ、今日の作業を始めないといつまで経っても終わらないな、とまずは分担を決めて、各人が担当する場所へと向かった。
ナターシャと共に、気になるから一緒に行きたい所が出来たと言って、リンは城の中を足早に進んでいた。
進む方向は、精霊の騒ぐ場所を目指すのみで、その途中に嫌な感じを受け取った。
「何か拙い事になっているかも……誰かが、捕まったのかも知れない」
「どういうことかしら? 今も向かっている先が、仕掛けの場所なのは分かるけれど、人払いはしているはず……ひょっとして、知らない人が、その場所に足を踏み入れてしまったという事かしら?」
「多分、そうだと思う。急いだ方がいいみたい」
行き着いた先では、城勤めしている人が集まっていた。
その人達の視線が向かう先では、リンと同じような年嵩の子供が二人。
一人は、泣いていて、もう一人は、泣いている相手を一生懸命に励ましている。
ナターシャから、その内の一人が皇妃の子供であることを教えられた。
この場所には、誰からも近づくことを禁じられていた筈なのだが、子供の好奇心には打ち勝てなかったのか、一人が抜け出せなくなって泣き始めて、それを励ましているもう一人も同じように抜け出せなくなったらしい。
泣いている方は、少し怪我を負っている様子が見られるけれど、その他に目立った外傷もなく、今はまだ二人とも無事と言える範疇に収まっている。
「まずは、あの二人を解放してからかなぁ」
「そうなるかしらね。その後で、この場所の仕掛けを壊しちゃうってことでいいのかしら」
「うん。水と木の力が強くなり過ぎてしまっているから、このまま放っておくと、この近くにある井戸も影響を受けるようになると思うよ」
「それは、とても問題ね。ここからは、厨房が近いのよ」
「分かった。ちゃんと、元に戻るように頑張るよ」
「お手並み拝見ね。リンちゃん、無理はしなくてもいいけれど、お願いね」
「はぁーい」