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砂の雫から出来た国へ  作者: 小野 茜
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5:有子(アリシア)-02

 カーラル砂漠は、アレイシア皇国とナレイティア共和国の間に跨がる難所である。

 この砂漠に存在している遺跡は、神代から伝わるモノと聞き及んでいるが、誰一人としてその深奥へ辿り着いた者はいない。

 その昔、この遺跡を囲むカーラル砂漠は、今のような砂の海ではなく、緑溢れる大地であったという。


「やっとひと段落しても、またすぐに争いが始まるのかしら。こんなにも沢山の人が、無駄に怪我を負っているのに」

 アリシアは、つい先日まで争いの続いていたカーラル砂漠の近くまで来ていた。

 何故かと言えば、単純に癒やし手の一人として招聘されただけで、純粋な本人の意思でやって来たという状況ではなかった。

 西の辺境エストから、更に南下した場所で築かれていた砦へ、アリシアは他の癒やし手と共にやって来ていた。

 砦の中も外も、怪我の程度は様々であるが、とにかく怪我人ばかりしか見当たらない。

 癒やし手の行使する力にも強弱があり、力の弱い者は怪我の程度がマシな方へと配置されていた。

「お疲れ様、アリシア。さすがに、お前の周りは重傷者が多いな……大丈夫か?」

「バレル兄様こそ、平気なのですか? それに、父様はどうされているのでしょうか。今のところまだ、私の見る限りでは、父様の姿を確認出来ていないのです」

「それについては、また後で話すよ。夕食後でいいかな、アリシア」

 何だか兄の様子がいつもと少し違っているのは分かったけれど、それ以上に自分の周囲から聞こえてくる呻き声が気になって、アリシアはまず、己の為すべき事をしようと決めた。

「分かりました。それで構いません」

 とにかく、この場をどうにかしなくてはならない、とアリシアは無理をしない程度に自らに課せられた職務へ埋没するようにのめりこんでいった。

 このままでは、どうやっても追いつかないと考えて、別の方法も取り入れようかと思ったが、それをここで実行しても良いのかどうか分からず、アリシアは癒やし手の纏め役として采配を奮っている神官に尋ねてみることにした。


「癒やしの魔方陣ですか……まさか本当に使える人がいるとは……しかし、それによって別の問題が浮上するということはないのでしょうか? もしあるのなら、私はその方法を選択する決定を下すことが出来ませんね」

「別の問題、ですか。ないと思います、私自身が自分の手に負えない力を行使する訳でもありませんから」

 神官は、その魔方陣を使う上で、何か特別に必要なものがあるのかを確認してきたが、アリシアは別に何も必要ないと言った。

 魔方陣を記す為の場所が必要であるけれど、それは最悪の場合、カーラル砂漠の一部を使用すれば問題なく実行可能であり、アリシアは最初から、そのことも考えの内に入れていた。

 助かる見込みのある重傷者を一つ所へ集め、その者達を取り囲むように陣を描く。

 アリシアの頭の中では、すでにある程度の準備が進んでいた。

「少しでも早く終わらせないと、折角助かる人まで助からなくなってしまいそうだわ」

 頭の中で描ききった陣を、アリシアは水の力で一気に地上へ転写してしまうと、そのままの勢いで癒やしの力を注ぎ込んだ。

 少しずつ力の強さを強めていくように、陣へ力を波及させていく。

 例え癒やしの力であっても、その力が強すぎれば癒しではなく、毒になることを知っているからこその慎重さで、陣の中にいる重傷者の様子を伺いながら、アリシアは徐々に力を上乗せしていった。

 アリシアの行使する力は、誰の目にも明らかすぎるくらい強すぎたようだ。

 特に、陣の使用を許可した神官は、これほどの癒やし手を見た事などなかったし、陣の使用についても疑問視していた。

 これは、特別な何かが隠されているのではないか、と。

 誰にでも使える力ではないならば、今までこの力が表だって誰の口にも上ることがなかったのは何故か、と。

 懐疑心は、人を喰い殺す元になるのだ、と言ったのは誰だっただろうか。

 神官も、アリシアと同じようにこの場へやって来た他の癒やし手も、誰もがアリシアを常人離れしている、と感じてしまった事が発端だったのだろう。

 何処の誰からともなく、アレは化け物の力だ、という言葉が聞こえ始めた。

 そして、その声はアリシアに届くまでに、見渡す限りの範囲で大きく広がってしまっていた。


「もうここはいいから、お前はこの場から立ち去れ。さもなくば、次は暴動が起きかねん」

「父様……私は、間違った事をした訳ではないはずなのに、どうしてでしょうか」

「人というのはな、アリシアよ。時として、現実をそのまま受け止めきれずに懐疑心の虜となり、悪いことが起きるとそれが原因だったからこうなったのだ、とこじつけるようなことがあるのだよ」

 だから、お前はこの地から立ち去りなさい、とハーラ伯爵は娘のアリシアに告げたのだ。

 この砦から、何処へ行けと、誰と一緒に立ち去れと言うのか。

 ここから、アリシアと共に立ち去る事が出来る者はいないはずだろう、と自分の事でもあるのに、何故か第三者的な物の見方をしていたアリシアは、私ひとりで生家まで帰ることが可能なのだろうかと首を傾げる。

「ひとまず、エストに隠棲しているナイゼル様の元へ身を寄せていなさい。分かったか、アリシア」

「……はい、父様のおっしゃるように致します。なれど、エストまで私ひとりでは辿り着けません」

 事実を有りの侭に述べる娘の言葉に、やはり無理か、とハーラ伯爵は暫し考えをまとめようとした。

 誰を随伴させるか。

 それとも、無理を承知で娘に一人で旅立たせる必要が有るのか。

 今、この地にいる兵士達は、交代要員が到着するまで動かすことが出来ない。

 かと言って、ここへ来た時にアリシアが同行していた一隊と共にこの場から立ち去るように進める事も戸惑われた。

 だから、ちょうど争いも終わった後であり、今ならば動いても不思議に思われない者も存在している。

 所謂、戦うことを職業としている傭兵達である。

「やはり、彼奴らに頼むよりないのか」

 何処の誰とも知れぬ相手でもあるのだが、前もってナイゼルには立ち寄る事を伝えてあったこともあり、その日程が早まったことを伝えておけば、途中まで迎えに誰かを寄越してくれることも期待出来なくはないだろう。

 ハーラ伯爵は、息子のバレルに連絡用の鷹を連れて来るように頼み、その足に括り付ける手紙を用意した。


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