48:皇都アシル-3
リンの話を聞き、ナイゼルはしばらく考える様子を見せた後に、まずは食事にしようと用意ができた食堂へ向かうように促した。
続きは、食事の後にまたこの部屋でしよう、という言葉と共に。
ナイゼルの生活しているこの屋敷には、食事や洗濯、掃除などの仕事を請け負っている人が通いで勤めているが、今まで気にしていなかったのに、今日に限って何故か気になってしまった。
この人達が、いつ来て、いつ帰っているのか。
リンが、朝に起きて来た時は、すでに仕事に勤しんでいる姿を目にしているし、昼間に留守をしている様子もない。
夜も、今のように食事の世話をしてくれる人がいるし、片付ける人の姿や気配も見たり感じたりしている。
だから、とても不思議に思ってしまった。
「おう、そうじゃった。明日、儂もリンと共に遺跡へ出向こうと思うのじゃ。リンの用が済み次第、そこでアルデラを呼んで、そのまま皇都へ向かおうと思っておるのだが」
「別にいいけど、僕は。ナイゼル祖父ちゃんの方こそ、大丈夫なの?」
「構わんさ。砂漠で守役をしておられた龍殿とも再会しておきたいのでな」
「再会って事は、会ったことあるの?」
カルディナ自治領区が、今のカーラル砂漠に変貌した頃に、件の龍と会ったのが最後であるというナイゼルに、リンはまだ自分が姿を見ていないことを告げた。
思念でのやり取りしかしておらず、リンの協力をしてくれる事は確かであったが、その姿は見ていないのだ。
そんな話を食後にしていて、ナイゼルの血族の話へと内容が移っていった。
長命族と言われている種族の者は、今もまだ少ないながら生き残っているのだと、ナイゼル自身の知っている相手は、全て代が替わりつつあるけれど、一人だけ変わらずに生き延びている相手もいるのだという。
「一族の長であられる方で、北の領都『ノルン』から続く山の奥深くにて元気にしておられる。今回は、皇都に行った帰りに、そのままあちらへも行くつもりなのだよ」
「僕も行きたいなぁ。でも、ライ兄ちゃんとレイ姉ちゃんと一緒にいるなら、それは無理だよね。うーん、惜しいなぁ……いずれまた、行く機会もあるかなぁ」
「そうさなぁ、リンが首尾良く、砂漠の姿を変えることが出来たならば、おそらくあちらからやって来るだろうさ。本来は、カルディナ自治領区にて生活をしておられた方だ」
「そうかぁ。じゃあ、僕は、とにかく砂漠の消滅に向けて頑張ることにするよ」
眠る時間があまり遅くなっては、明日の旅立ちに差し障りが出るかも知れないということで、この日は早めに寝る事になった。
翌朝、いつも通りに起きて、食事を済ませてから、持っていく荷物を運び出しているところに声が掛かった。
面白い魔法があるから荷物を貸しなさいと言われたので、着替えの入った肩掛け鞄を二つ手渡したら、ナイゼル祖父ちゃんの手から荷物が何処かへ消えてしまった。
「何でっ! ナイゼル祖父ちゃん、僕の鞄は?」
「今でも使える者がおるのかどうか分からんが、異空間に干渉する魔法なのだよ。見えなくなったのは、異空間に作った場所へ荷物を放り込んだからに過ぎない」
「それって、何処でも取り出せるってこと? 重さとか大きさの限界は?」
「さて、個人差があることは分かっておるのだが……重さや大きさの限界は、な。空間魔法と言われていたらしいが、この力を使った者以外が同じ空間へ干渉をしようとするのは、更に難易度が上がることもあって、まず出来ないに等しいだろう」
「つまり、僕の鞄をナイゼル祖父ちゃんがいれば、何処でも取り出せるって事だよね?」
「そういう理解の仕方で問題ないが、リンも使える様になるかも知れないぞ」
それを聞いて、俄然これからの魔法への取り組みにも力が入ったリンだった。
しばらく、留守は任せると館の留守番を預かる従者に申し送りをし、リンとナイゼルの二人は、砂漠へ向かった。
リンは、瑠王の背に乗って移動し、ナイゼルは驚くことに魔法を自らに掛けて、自力で瑠王の速度に遅れることなく着いて来ていた。
風の魔法と身体を一時的に強化する魔法を併用してのことである、と後で教えられたリンではあったが、それを知っていても十分過ぎるくらいに驚いた事実である。
無事に砂漠へ到着し、時間差で仕掛けた刻印魔法の稼働状況を調べ、それが順調に動いていることを確認していたリンの傍らで、ナイゼルは久しぶりに訪れた遺跡とその周辺の変わりように、半ば呆れつつも笑って観察を続けていた。
そろそろ出発しないと駄目かな、とリンはナイゼルの方へ戻りながら、この辺もかなり短期間で大改造しちゃったけど大丈夫かな、と周囲を眺めた。
『リンよ、今からか。それに、久方ぶりの輩も来ておるではないか』
「おぉ、久しぶりでございますな。地の龍様には、ご壮健の様子。何よりです」
「ナイゼル祖父ちゃん、いつから会ってなかったのか知らないけど……その挨拶は、何だか変な感じがするよ。龍様、今から皇都に行くんだ。ナイゼル祖父ちゃんの相棒に乗せて貰っていくことになったのもあって、ここで呼ぶことになっているんだけど大丈夫?」
『ふむ。そうか、アレを呼ぶのか。では、久しぶりに我も地上へ出るとするか……構わんから呼び出せ』
少し含みを持った言葉に首を傾げるリンの横で、それでは遠慮なく、とナイゼルが相棒のアルデラを呼んだ。
そして、アルデラの到着と時を合わせるように、今まで姿を見ることのなかった地の龍がその姿を見せたた、リンは驚きつつも感動していた。
「凄いっ! やっぱり、デカイなぁ……うんうん、滅茶苦茶に強そう。格好いいなぁ」
『そんなに、褒めても何も出せんぞ。しかし、久しぶりよの……アルデラ』
『確かに、かなり久しぶりだね。何せ、相棒が呆けて忘れていたから、我がこちらへ姿を見せることもなかった故な……そっちも変わらんようだな』
「アルデラと龍様、知り合いだったんだ。お友達?」
『友ではあるな、一応。滅多と会うこともないのだが、これよりは今までよりも会う機会が増えよう。リン、主に我の名を教えよう』
『「えっ?!」』
「それ、大丈夫なの? 本当に、いいの?」
『大丈夫だ。リン、我の名は【クラン】という。お主なら、我の名を悪用することもあるまい』
「うん、気を付けるよ。あんまり、誰にも知られない方がいいんだよね?」
『そうさな。我が認めた相手にならば、名を知られても構わんが……今のところ、リンだけであるな。そこの友と、その相棒も知っておるには知っておるはずだが』
「そうなの?」
首を縦に振る一人と一羽を見て、リンは少し考えた。
それから、兄と姉には会って欲しいことと、もし大丈夫なら二人には自分と同じように名を教えてくれると嬉しい、とリンはクランに伝えた。
では、会う機会を楽しみにしていようと返され、留守中のことを請け負って、アルデラの背に乗って出発するリン達を見送ってくれた。
「じゃあ、行って来ますっ!!」