43:霖-38
レイの予想を上回る速さで、兄のライが皇都入りしている事実を知り、リンは信用のおける人物が責任を持って、同行して皇都のハーラ伯爵家まで連れて行ってくれることも知らされた。
「でも、いつの間にそんなことが分かったの?」
「こいつが連絡してくれるのさ。なぁ、イシュル」
腕に大人しく止まっている鷹のイシュルを示して見せたアズールに、少し首を傾ける。
どういうことなのか、少し考えているような素振りを見せたレイを見て、イズルが助け船を出した。
アズールは、イシュルを通して神託を受け取れる体質の持ち主で、ついでに言うと言葉のやり取りはなくても、何となく解り合えているのだ、と。
「それって、意志の疎通が叶うって事よね」
「まぁ、それに近い感覚ではあるな。こっちの言うことは伝わっているが、イシュルの言わんとしていることが、俺の方で上手く掴み切れていない事は確かだと思うが」
「ひょっとして、リンのこととか教えて貰えたりしないのかしら? 無理なら別に、それはそれで仕方がないのだけれど」
「あぁ、元気に砂漠通いをしていることは、ナイゼルから聞き及んでいるぞ。属性魔法の練習だということらしいが」
「ナイゼル? 誰、その人がリンの保護をしてくれている人なのかしら」
そう言えば、まだレイにはナイゼルのことを話していなかったな、とアズールは遅まきながら、これを機会にと伝える事にした。
何代にも及ぶハーラ伯爵家の人々が、ナイゼルを賢者として敬い続けていることや、ナイゼル自身が属性魔法の行使やその他にも沢山の知識についても詳しい事、それ故に師と仰ぐ者もいることなど。
ざっくりと大まかな情報を伝えたら、普通にレイから問い返された。
「ねぇ、アズール。そのナイゼルさんって、物凄く長生きしているみたいだけれど、何者なのかしらね。単純に考えても、普通の人とは違うでしょう」と。
今まで考えたことなどなかったが、言われてみれば納得のいく問いに、アズールは少し考えをまとめる。
この世界で、今はもうその存在も危ぶまれている一族というのがある。
その中の一つに、『長命族』と呼ばれている種族があり、彼等は一般的な人族よりも長い寿命を生き、その寿命よりも長く生きているのは、『龍族』『魔族』『神族』『妖精族』くらいだと言い伝えられている。
どの一族も、おいそれと姿を見せる者達ではなくて、滅多なことでは遭遇する事も無い一族ばかりであり、一説には旧カルディナ自治領区(今のカーラル砂漠)が砂の下に姿を隠した頃に、彼等も人族との関わりを絶って姿を隠したと言われている。
そんな彼等が、果たして今も尚、存命でいるのだろうか。
「母上か伯父上の方が、俺よりも詳しいことを知っているだろう。おそらく一番詳しかったのは、アリシア叔母だろうけれどもな。推測でもいいなら、カルディナ自治領区と関わりのあった人物だろう、というくらいだな」
「そうなのね。そうなると、リンが御祖母様から聞いているかどうかって感じね。まぁ何にしても、私は兄と合流するのが先ね。そこで待っていれば、リンも合流する手筈だし」
「あぁ、なるほど。そうなると、久しぶりに血族関係者が勢揃いしそうだな」
「それって、どういうことよ」
「どういうことと言われてもな、言葉通りだぞ。すでに、母上と伯父上は、ナイゼルの屋敷へ行ってリンと対面済みであるらしい。あの二人は、アリシア叔母をとても可愛がっていたから、その血縁者ともなれば一族郎党に呼び掛けて紹介することになると思う」
「面倒だわね。必要最低限の期間だけ世話になった後は、三人で一緒に生活する事に決めたわ」
「つまり、ハーラ伯爵家で生活し続ける訳ではない、ということか?」
「えぇ、その通りよ。元々から、私達は兄弟三人で生活していたのだし、住む場所が変わっても同じ生活スタイルに近い方がいいもの」
「一理あるね。引越が終わったら、レイさんの生活拠点を教えてよ。俺も遊びに行きたいし、お兄さんや弟さんとも会いたいしね」
「ルーイ……物好きね、本当に。まぁ、いいわ。別に隠遁する訳でもないし、知りたい人には教えるし、アズールとハーラ伯爵家には連絡しておくから聞いて貰って構わないわよ」
*
久しぶりの相棒との再会は、無事に済ませることが出来るのか。
ナイゼルは、自らの所業を省みながら項垂れる。
相棒が存命でいる事自体は、おそらく間違いない事実だと確信出来るのだが、呼んで来てくれるのかどうかだ。
「さて、何はともあれ呼んでみるとしようかの」
「今から呼ぶの?」
「早いに越したことはないからのぅ、駄目であれば別の手を段取らなくてはならん」
「じゃあ、僕も近くで見てていいかなぁ」
「……まぁ、よかろう」
館の外へ出て、少し拓けた場所まで歩いて足を止め、ナイゼルは呼び掛けを行った。
「アルデラよ、儂の声が聞こえるならば来てくれまいか」
「……来るかなぁ。来てくれたらいいなぁ」
しばらく何の反応もないまま佇んでいたが、どうやらナイゼルの声に反応してくれたようで、周囲の多属性の精霊や妖精が騒ぎ始めた。
何が来るのか、リンはそれがとても楽しみでワクワクして、その存在が登場するのを待っていた。
空が曇ってきたのか、と上空を見上げて驚いた。
「わぁ、凄い強そうなのが来たっ! ねぇ、ナイゼル祖父ちゃんの相棒って……」
「そうじゃ、アルデラじゃ。幻獣の類になるかのぅ、グリフォンなのだが」
『なのだがではなく、歴としたグリフォンだ。我の事を長いこと忘れておったようだな』
「済まぬな。所謂あれじゃ、そう……老いによる物忘れというヤツじゃ」
『ふむ。確かに、いつ死んでも不思議ではない寿命であるな。して、そのお主が何用なのかも気になるが、その前にそこの子供は何だ』
「あ、僕。リン=タカツカサ=ハーラです。アザレス神に呼ばれて、こっちの世界へ来ました。祖母ちゃんは、アリシア=ハーラといいます。よろしくお願いしますっ!」
『ほぅ、あのハーラ家の一族か。なるほど、面白いな。この世界の気と馴染んでいるだけではなく、懐かしい龍族の気配が絡んでいるではないか』
気に入った、小僧。ナイゼルの相棒ではあるが、これより後は、リンの呼び掛けにも応じてやろう、とアルデラから言われた。
では本題に入ろう、とナイゼルは近々に皇都へ運んで欲しい旨を伝えたところ、いつでも構わないと機嫌良く承知してくれた。
これは相当、リンのことを気に入ったのだな、とナイゼルは苦い笑みを浮かべていた。