41:霖-36
夕食を前にしながら、リンは少し考えて、ナイゼルに言った。
ご飯を食べ終わってから、ナイゼル祖父ちゃんに話したいことがあるのだ、と。
「それで、何を聞きたいのかのぅ、リンよ」
「うん。砂漠の遺跡で、ちょっとだけ祖母ちゃんに教えて貰った刻印の術式を試したんだけど、その前に驚きの出会いがあったんだよ」
「驚きの出会い? それよりも、アリシア殿から刻印の術式を教えられておったのか」
「結構な数を覚えたよ、僕の遊びだったしね。ゲームみたいに覚えたんだけど、使う事なんてなかったから、本当に使えて吃驚した。僕が思っていたよりも、力が強く作用したから、遺跡の周りとかの景色が少し変わっちゃったんだぁ」
リンの報告を聞いて、驚きつつもナイゼルは問うた。
それがどのような刻印の術式で、どのような状況下で使用したのか、と。
それに対する答えの一環として、リンから驚きの出会いについても聞かされる事になったのだった。
龍との出会い、とは言っても、龍本体の姿を見た訳ではなくて、会話を交わしただけなのだけれども、また会おうと言ってくれたし、砂漠の下に埋もれている建造物の浮上をさせることの助力らしきこともしてくれるような雰囲気だった。
それらを一通り話してから、ナイゼル祖父ちゃんのことも知っていたみたいだけど、どういう関係なのか、と尋ねてみた。
「それからねぇ、ナイゼル祖父ちゃんが人族じゃないって教えて貰ったんだけど、それってどういうことなの?」
「あぁ、すっかり忘れておったわ。先程からのリンから聞いた話で、忘れ去って久しい事柄をいくつか思い出すことが出来たのぅ」
「えっ?!」
ナイゼル曰く、純粋な人族ではなく、長命族という種族の血と龍族の血を半分ずつ貰っているのだという。
父が長命族という長い寿命を遺伝的に継ぐ一族の人族で、母が地の属性を持った龍族であったらしい。
カルディナ自治領区が、現在のカーラル砂漠に変貌するまで、件の遺跡にほど近い辺りで親子一緒に暮らしていたのだが、地殻変動や属性力の極端な狂いが影響で、あの地に住み続けることが不可能になったので、現在の館へ移り住んだという経緯があったそうだ。
「何か、いろいろと大変だったんだねぇ」
「まぁそうじゃな、すっかりと忘れておったが。しかし、懐かしい彼の地の姿を再び目にすることが叶うかも知れぬとは、感慨深いモノよのぅ」
「それはそうなんだけど、例えば……」
この時、リンには懸念材料があったのだ。
カーラル砂漠は、アレイシア皇国とナレイティア共和国の境界線をうちに抱えているような現状であり、その砂原では幾度にも渡って、お互いに境界線を動かそうと狙う目的で争いが起こっている。
ここで、その砂漠に元の姿とまではいかなくても、カルディナ自治領区が復元されてしまった場合は、どのような事態に陥るのか。
あの龍が協力してくれるとしても、この砂漠を再び争いの場にしたくはない。
「どうすればいいのかなぁ……一人で悩んでも仕方がないんだけど」
「おぉ、そうじゃ。ライ殿が皇都に到着されたようだが、傭兵ギルドの宿泊施設で一泊してから伯爵家に向かう予定でおるらしい」
「えっ?! ライ兄ちゃん、もう着いちゃったの? レイ姉ちゃんは、まだだよね?」
「レイ殿の方は、まだ到着されておらん。が、アズールと随行しているのじゃ。問題なく近日のうちに到着されるだろうて。リンよ、儂は用意が整っておる」
「ちょっと待って。ここから皇都まで、どれくらいの時間が必要なの?」
兄が合流目的地へ、すでに到着下のも同然の場所まで移動していたことは、リンにとって驚きだった。
リンの予測では、兄よりも姉の方が先に到着すると思っていた。
「ちょっと予測が外れたなぁ。でも、どっちにしても今から出発すると、僕が一番最後になるよねぇ」
「まぁ、普通の移動手段を使えばそうなるじゃろうな。他の方法ならば、あまり時間も掛からずに移動することも可能ではあるが……」
「それって、転移方陣とか魔法での移動?」
それよりもっと簡単な移動方法だ、と言われて頭を悩ませるリンに、ナイゼルではなく瑠王が答えを示した。
我等のような存在に乗って移動すればいいのだ、と。
そう言われて、思い出したことがあった。
「あぁ! そう言えば、ナターシャさんが鳥に乗って急に来たことがあったけど、あれとかがそうなの?」
「そう言えばあったのぅ、そんなことも」
「やっぱりそうなんだ。でも、それならナイゼル祖父ちゃんにもいるの? 瑠王みたいな守護獣とか契約している相手みたいな存在が」
すっかりと記憶の彼方に追い遣られて忘れ去って久しい相手を、今日のリンとの会話で思い出したらしい。
その相手が、あまりにも長い間ほとんど野放図に放置状態であったことに腹を立てておらず、機嫌も損ねていなければ、ナイゼルだけではなく、リンも共に乗せて運んで貰えることは確実だというのだが、どんな相手なのかまでは教えてくれなかった。