40:霖-35
砂の海が、静かに揺れ動き始めていた。
『おぉおぅ……これは、何と……これほどの力、正しく過ぎ去りし日に一部のモノが得ていたモノと同じかも知れぬぞ』
自分の考えていたよりも激しく働いている力に、リンは驚きつつもホッとしていた。
少しずつ、砂に埋もれていた石畳みが姿を現し始め、少しばかり砂の質が変化を遂げていくのが感じられる。
それでも、目の前に広がる砂の海を変貌させるまでには、一度では到底無理な話であるから、こんなものかなと今日の成果に肩から力を抜いた。
「あんまり急に変わったら、やっぱり拙いと思うんだよね。少しずつ、今みたいにして様子を見ながら問題なかったら、また同じように繰り返していけばいいよね?」
『リンよ、先ほどの刻印は誰から教わったのじゃ』
「えっとねぇ、祖母ちゃん。祖母ちゃんも、色々改造していたみたいだけど、僕も教えて貰ってから、ちょっとずつ変えているよ。あとは、ナイゼル祖父ちゃんの本も参考にしたんだけど……何か拙かったのかなぁ」
『いや、拙いことなどない。それよりも、ナイゼルと申したか』
「ナイゼル祖父ちゃんがどうかしたの?」
『あれはまだ、生きておったのか……いや、しかし……』
何だか龍の様子が変だ、と様子を窺っていたら、先程まで晴れ渡っていた青空が急に暗くなり、いきなり大粒の雨が降り始めた。
そのままでは濡れる、と遺跡の一部でもある回廊で雨宿りをすることにした。
「龍がナイゼル祖父ちゃんを知っていたみたいだけど、何でだろう。ずっと眠っていたんだよねぇ」
『それはぁ〜、ナイゼルが純粋な人族ではないからよぉ〜〜』
「えっ?! ちょっと、それどういうことなの?」
『ん〜っとぉ〜、人族よりも長く生きているしぃ〜』
『いっぱい生きすぎてぇ〜、いっぱい忘れちゃっているのよぉ〜〜』
「益々、意味不明だよ」
風の子達が教えてくれた情報から察するに、ナイゼル祖父ちゃんは純粋な人族ではない、ということは確かなようだ。
それと、人族ではないから授かった長い寿命を費やしている間に、沢山のことを覚えていられなくなって忘れてしまっているらしい。
これは拙いのではないか、とリンは帰ったら尋ねてみようと思った。
ナイゼル祖父ちゃんは、一体いつから生き続けているのか、と。
その返答次第で、忘れている情報を思い出してもらうことに繋げられるかも知れないと思うのは、少し安易すぎるけれど、それでも龍が知っているくらいだから、何か大切な事を知らされていないような気がするのだ。
どうしても、それをハッキリさせてしまいたい、と思ってしまうのは、別に悪いことではないと思うのだ。
「雨、なかなか止まないねぇ。どうしよう、このままだと暗くなってしまうし」
『雨に濡れないようにして、そのまま帰ればよいではないか。お主の力なれば出来よう』
「そんなこと出来るの? 考えたこともなかったけど、どうすればいいの? あ、それよりも、僕が龍の貴方とこうして意志の疎通が出来る事は、誰かに知られても大丈夫なことなのかなぁ?」
『ふむ。儂のことか……告げたところで、信用されまいが……ナイゼルの呆けた頭を叩き起こすにはちょうど良いかも知れぬ。アレには、話しても構わんだろう。それと、雨に濡れぬように空気で自分の周りに壁を拵えて移動すれば良いだけのことだ』
「あぁ、そうか。雨と僕が、直接に触れないようにすればいいのかぁ……納得。うーん、とどういう風にすればいいのかなぁ」
力の使い方に頭を悩ませていると、今までは言葉を発することのなかった瑠王が、「我の背に乗っていればよい」と、言葉を伝えてきた。
その事に驚いて、いつの間に話が出来るようになったのかと問えば、先ほどのリンが描いた刻印から発した力の余波が影響して、音を操れる様になったのだとか。
これは、とても嬉しい誤算だった。
「えっと、じゃあ……瑠王には、雨除けが出来るって事?」
『風と水の力を操ればいいだけのこと。我にも、それくらいならば出来るぞ。その代わりに、我の身体に触れていない場所までは範囲的に無理ではあるが』
「そっかぁ。なら、背中に乗せて貰って帰ろうかな。あんまり遅くなると、ナイゼル祖父ちゃんも心配するだろうし」
『では、そうしよう。龍の御方よ、またいずれ。此度は、これにて失礼する』
『その方等も気を付けて帰るようにな。また、そう遠くないうちに会おう』
「はいっ! じゃあ、また来ます」
リンは、瑠王の背中に乗り、それを確認した瑠王は一気にその場から走り出し始めた。
見る見るうちに遠ざかる遺跡を背後に、リンは移動している最中、目に着いた景色が変化しているのを確認して、そんなに大きな力を使った覚えはなかった筈だと、少し刻印の使い方を振り返る。
こちらの世界の方が、どうやらリンの持つ力は大きく発揮されるらしいという結論に至った頃には、無事にナイゼル祖父ちゃんと帰宅の対面を果たしていた。