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砂の雫から出来た国へ  作者: 小野 茜
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4:有子(アリシア)-01

 時は遡る。

 アレイシア皇国の皇都『アシル』は、街の中心に皇帝の住む城があり、その周囲を取り囲むように三階層の街並みが造り出されている。

 その城に一番近い階層は、金持ちの商人や貴族が住む富裕層になっていて、その外側にある階層は、一般市民や商人の他に工房などで働く職人などが暮らしている。ここが、普通に一番活気がある市街地でもあり、一番外側にある階層は貧民街とまでは言わないけれど、一部はそれらしき区域も存在している場所でありながら、街を護る兵士が駐屯している階層でもあった。

 アシルと一番近い街でもある公爵領『ヒルディス』を経由して、南のザウスや西のエストと呼ばれる辺境地域へ向かう街道も整備されているが、その途中にも砦や小さな街があり、それらの地に兵士が駐屯している。

 アレイシア皇国は、二つの海に面している国家で、海に面していない北方地域に面する陸地は、国境を挟んで隣国『トルーディア王国』、反対の南方地域に面する陸地は、国境を挟んで『ナレイティア共和国』と面している。

 その昔は、どちらの国とも諍いが多くあったらしいが、今は南にあるナレイティア共和国との諍いだけに絞られている。

 お互いの国が国境に跨がって広がる『カーラル砂漠』の利権争いを掛けて、国境線を行ったり来たりしているような状態だった。


「お父様は、また前線へ向かわれてしまったの?」

「はい、アリシア様。此度は、西のエストで隠棲されている賢人ナイゼル様をお訪ねになって、その後にカーラル砂漠に展開中の戦線へ参戦されると伺っております」

 ハーラ伯爵家の執事は、アリシアにもそうだが、彼女より先に生まれた長男次男長女にも、とても丁寧な姿勢を貫く男性だった。

 アリシアの父、ハーラ伯爵当人とは、幼い頃からの馴染みの間柄であったが、彼の実家は商家で、彼自身はその家を継ぐ立場でもない三男坊という中途半端な立場の生まれだった。

 それ故に、ハーラ伯爵当人から誘われてこの家で職務に励むことを選び、それは同時に伯爵が留守の間、この家を守る事と同じ意味を持っていた。

 ついでに言うと、彼の他にも使用人は老若男女で数名の者が雇われているが、彼等を取り仕切っているのも執事である彼だった。

「ねぇ、ラッセルは知っているかしら」

「何について知っているのか、と尋ねておられるのでしょうか。アリシア様」

 このラッセルという人物には、とても助けられている。

 アリシアの父、ハーラ伯爵も彼の為人だけではなく、彼の文武両道な実力を高く評価しているし、実のところ他家からも引き抜きの話は絶えず、それでも彼はこの伯爵家に拘ってくれていた。

「えっと、父が向かったカーラル砂漠には、神代の遺跡が実在していると書物で読んだの。それは、本当なのかしら」

「はい。確かに、遺跡はございますね。されど、その遺跡が争いの原因にもなっているのですよ。地下へ続く回廊があり、その奥は途中までしか辿り着けない、と伝えられております。その果てには、何があるのか分からないままなのですよ」

「そうなのね。私も、その遺跡に一度でもいいから行ってみたいけれど、争いの絶えない紛争地域だから無理よね」

 争いがある時も、ない時も、カーラル砂漠に接する地域は絶えず焦臭い状態を維持しているし、常に前線基地として砦が設けられていて、交代で兵士が詰めているのだ。

 軍部に所属している兵士以外で、あの地域に好きこのんで向かおうとするのは、件の遺跡を調べたくて仕方のない学者や研究機関に所属している魔法の使い手くらいだろう。

 この世界には、魔法と呼ばれているものが存在している。

 目に見えない力を行使して、何事かを具現化する力と表すればいいだろうか。

 その力を使えるのは、ほんの一握りの選ばれた者だけと言われている。

 魔法の使い手は、それ故に存在を常に明らかにしておくよう求められており、いずれの国であってもそれなりの組織に組み込まれて生活をしているような具合だった。

 そして、その力をアリシアは保持している。

 攻撃性の強い力ではなく、どちらかと言えば防御や癒やしに繋がる系統の力を彼女は行使することが出来た。

 勿論、全く攻撃性の力が使えない訳でもないが、それは彼女が自分で選択して知識の範囲内に留めるのみで収め、力の使い方を伸ばそうとしなかったからでもある。

 つい先日も、アリシアの兄で伯爵家の次男であるバレルが戦場より怪我によって離脱し、療養の為に実家へ帰省したが、彼はアリシアに癒しを請い、その力の恩恵にあやかって健康体に戻る事が出来たという一件があったばかりだった。

「アリシア様に於かれましては、日に日にその力がお強くなっておられるようですが、困ったことなどございませんか?」

「ないわよ。あったら、すぐにラッセルに相談していると思うわ。それに、バレル兄様も無茶をされるから心配だわ」

 アリシアに怪我を治して貰ったバレルは、早々に戦線復帰を果たすと言って軍部へ戻ってしまったのだ。


 ちなみに、長男のダレンは近衛騎士として城詰めの日々を継続中であるし、長女のナターシャはすでに結婚しているので実家には滅多に帰って来ることはない。というか、そうそう帰る事は出来ない。

 ナターシャの嫁ぎ先が、皇帝の第三子であったからなのだけれども、その第三子との間にはすでに子供も生まれていた。

 後宮で生活している彼女達が、おいそれとナターシャの生家にやって来ることは出来ない訳である。

「姉様は、とてもお幸せに暮らしていると聞くばかりで、お会いしたくても父様の許可が降りないから無理なのよね」

「そこはまぁ、仕方がありませんね。伯爵も久しくお会いしていないはずですし」

 伯爵夫人ことアリシアの母は、この時すでに他界していたが、ハーラ伯爵として父へ後添いの話はいくつも存在していたらしい。

 それでも、頑として受け入れる事はなかったし、今もそれは継続中だった。

 伯爵は、夫人のことをとても愛していたから、他の女性と添う気など全く起きなかったと口にするくらいだ。

 この家では、どちらかというと攻撃性の強い力を行使出来る家人が多くて、ハーラ伯爵然り、その夫人も嫁ぐ前は副官として他の隊にて軍務に従事していたと聞いている。

 そして、嫁いだとは言っても姉のナターシャも火属性の魔法の使い手として、城下でも名が知れている傑物であったし、そのお陰で今の旦那様である第三皇子とも出会ったのだと聞いているから、本当にこの家ではアリシアだけが少し違っている。

 アリシアは、癒やしの力が強い水属性の魔法の使い手としては名が知れているけれど、それ以外に闇属性の魔法も行使することが出来るのだ。

 あまり知られていないが、どちらも癒やしの属性が強い傾向のある力として受け止められている。

 亡くなった人の恐怖が強いと、その恐怖が俗世で凝ってしまい、霊障を残すことが多々あるのだが、それらを鎮めて癒やしてから昇天させる為の力は、光属性の力では強すぎることもあり、不可能ではないが闇属性の力の方が安易に事が成せるので、それらの事象は闇属性の力を持つ魔法の使い手が召還される習いになっている。

 つまり、アリシアはその傾向にある力を行使する事が出来る魔法の使い手だということなのだ。

「また争いの後に、あの辛い光景を見なくてはならなくなりそうね。私の力は、そういう場所にこそ欲されているのだものね」

「誰にでも出来る事ではありませんから、辛くても生きているのですから、亡くなった方への最後のお手伝いをなされるアリシア様は、素晴らしい力を持っていると思っておりますよ。少なくとも、私はそのように思っております」

「ありがとう、ラッセル。でも、こんな私でも誰かに嫁ぐことが出来るのかしらね? 私には、誰も……姉様のように好きな男性がいないのよ。父様は、私が好いた相手以外の元へ嫁ぐ必要はないとおっしゃるし」

「別にそれで、よろしいのではありませんか。無理に、その気もないのに嫁ぐ必要などありませんから、この伯爵家は」

 確かに、ラッセルのいう通りなのだ。

 父も、兄も、ついでに言えば、すでに嫁いで母になっている姉からも、アリシアが好きな人の元に嫁げばいいのだから、と常々のように言い含められている。

 この家を継ぐ必要がある訳ではないし、もしその必要が有っても、家人の誰一人としてそれを強要するつもりはないから、兄が好きな人をこの家に迎えることがなかったとしても、それはそれで構わないという。

「本当に、他の貴族家から考えたら、このハーラ家は誰もが規格外よね。跡継ぎがいなくて伯爵家が潰れることになっても、誰もそれを避難するつもりもないし、それはそれで構わないと仰せになるのですものね」

「そうかも知れませんが、人として大切なモノを持ち続けているのだとも言えるのではないでしょうか」

 ラッセルの言うことも然り。

 しかし、アリシアは何故だか分からないけれど、心の何処かで焦りを感じ続けていた。

 その焦りが、何から発しているのも分からないので、ただ焦燥感だけが心の奥底で燻り続けているような状態が続いていた。


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