34:霖-29
「あの黒尽くめの姿。あれは、この国ではなく隣国のトルーディア王国の者だな」
「それって、領域侵犯にならないのか?」
「なるに決まっているだろう。それでも、あの野生馬の群れを追い掛けているということは、あの群れに何かがあるということだ」
「なるほど。じゃあ、助けた方がいいのか?」
「今、この隊商の主にお伺いをしている。もう少し、待て」
しばらくじっと待っていたが、結論が出るまでもう少し時間が掛かりそうだった。
しかし、その間にも追い掛けられている野生馬の群れは近づいてくるし、どう考えても進行方向がこの隊商の方へと向いている。
これはもう、どう考えても避けられないだろう、と腹を括る。
「なぁ、フレア。群れの中心にいる大きな黒馬の傍らにいる、あの中では少し珍しい毛並みの馬がいて、その背に誰かがしがみついているんだが……それが原因だと思うか?」
「よく見えるのだな、そこまで見えるのも特殊だろう。しかし、ライの言うことも分からなくはない」
「助けたいけど、まだ無理そうか?」
「そろそろ、避けられないからどうにかしろという話に落ち着くと思うぞ」
「そうか。じゃあ、しっかりと馬も確保しようかなぁ」
呑気そうな話口調だが、なかなかにシビアな条件を口にしているライへ、周囲からの生温い視線が飛んでいた。
だが、それでも何とかやり遂げてしまいそうな気がするフレアは、どの馬を狙っているのか、と話を振ってみた。
「そんなの決まっているだろう。あの中心に陣取っている大きな黒馬しか、アイツを見たら他は目に入らないさ。ちょっとばかり、気性が荒そうに見えるけど、力も強くて足も速いし……何よりも賢そうだからな」
「そこまで観察出来ているのか。ライは、遠見が出来るのか?」
「知らないよ、遠見とかそんなのは。でも、こっちへ来てからのような気はするかな。もうすぐ追い着かれそうになっているけど、どうする?」
どうやら、漸く結論が出たらしい。
隊商を守りながら先へ道程を先へ進ませる組と、こちらへ向かってくる者達に相対する組とに分かれて、それぞれのリーダーの指示に従って動くことになった。
フレアは、隊商を守る組とどちらでも構わなかったが、ライは当人の強い希望により後者の組に入れて貰うことになったので、それならば自分も同じでいいと希望した。
ライと一緒にいるのは、何だかとても楽しく感じられるから、それならばこの先も一緒にいたいと思ってしまうのだ。
二組に分かれた傭兵達は、それぞれに振り分けられた仕事へと移っていく。
「さて、まずは足止めだろうか。王国の者と馬を、我々だけで一度にまとめて相手取るには無理がある」
「ならば、属性の力を使える者に頼むか」
フレアとライは、二人一組で動くようにすれば、特に何も割り振られた仕事はなかった。
それは、二人以外の四人が同じグループに属している者達ばかりであり、連携を乱される恐れを避ける為でもあったようだ。
フレア一人ならば、ある程度の実力も知られているし、彼等も連携が取れるだろうと判断できたが、ライの存在は捉えようが出来ない状態であり、それならば監視の意味も含めてフレアに託したという感じだった。
二人にとっても、その方が動きやすいと判断し、了承した。
「あ、じゃあ先行しちゃってもいい?」
「それは、構わんが。俺達の邪魔だけはしてくれるなよ、ライ」
了解した、というが早いか、ライは大きく片腕を振り上げ、そして垂直に振り下ろした。
「行っけぇ〜〜」という軽い口調の後に、彼等は驚かされることになる。
ドンピシャだな、と言うフレアの言葉で我に返ったが、見事に大地の上に溝が刻み込まれていた。
そう、ちょうど馬と王国からの追っ手を切り離すかのように、その間へ横一線に風の刃が大地へ向かって突き刺さった結果だった。
「派手すぎたか? ま、これでしばらく時間稼ぎ出来るでしょ。さぁ、馬の確保に向かうとするかな」
「ライ……追っ手も転倒したり、怪我を負っているようだが?」
「いいんじゃないか、どうせ死んでないんだし。全員が、ちゃんと生きているように加減はしたから大丈夫だろ。そのままで放置しておいたら、まぁ運悪く死ぬ人も何人かはいるだろうけど」
「そ、そうか。まぁ、俺達に振り分けられた仕事としては、上出来だな。フレアは、いい相棒を見つけたようだ」
「当然でしょう。いろいろと常識外れではあるけれど、ライは一緒にいても気が楽でいいのよ。腕も立つし、器用だから、教えると何でも出来る様になるから、本当に見ていても飽きないのよ」
リーダーとフレアが話をしている最中に、ライが馬の方へ向かって走り始めた。
馬を持っていないライは、自分の足で走るしか移動する手段がなく、この時も自分で走りながら馬の方へ向かっていた。
何も知らずに見ている人からは、馬に足蹴にされてしまう恐れが懸念されたが、先ほど風の刃の威力を見せつけられた後では、今度はどんなことをやらかすのか、という方に興味が流れてしまう。
そして、やはりやらかしてくれた。
「お〜、馬。ありがとうな、避けてくれて。さすがに、その勢いで踏まれたり蹴られたら、俺も死んじゃうからな」
そうなのだ、馬の中心へと誘導されるように進み、馬が速度を緩めて足を止める頃には、ライが望んだ黒馬と至近距離で遭遇して居る状態に雪崩れ込んでいた。