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砂の雫から出来た国へ  作者: 小野 茜
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2:霖-02

「あ、本当にいたよ。やはり、お前は優秀な鷹だな。よくやった、イシュル」

 駱駝に乗って移動して来た一人の男が、その進路を誘導していた鷹に向かってそう言った。

 白い大きな布を頭から被り、顔も目が覗く辺りから下を同じ布で覆っていた。砂除けと日差しを避ける為だろうと思われるソレは、一枚の大きな布で、同じようにその男の身体もすっぽりと覆い隠していた。

 男は、砂の上に倒れている子供を拾い、自分の乗ってきた駱駝へ共に乗ってしまうと、再び移動を開始した。

 鍛えていることが分かる体格の良さといい、自分以外にも子供とは言えど他人を一緒に乗せて駱駝を操作する腕前といい、男はこの砂と長く生活を共にしてきたのだろうと想像することが出来る。

 その男が操作する駱駝に付かず離れずの上空で、同じようにイシュルと呼ばれた鷹が移動をしている。

 どちらが先導しているのかと思わせるような感覚は、きっとそのどちらもが正しいからなのだろう。

「しかし、よく生きていたな。この地に足を踏み入れては、長く生き長らえる事など出来ないと思っていたのだが」

 それほど、この子供はここの砂に護られていたというのだろうか。

 争いが終着点を見出して、まだ数日という浅い時間しか経過していないのだが、この地はすでに多くの血を吸い込んで汚れを抱えてしまっている。

 砂の護りも効果が薄れ、この砂の広がる場所を踏破する事は無謀である以外の何物でも無い状態に悪化しつつあった。

 それなのに、このどこから来たのかも知れない子供は、こうして今、自分の手の中にあって、まだその命を失っていない状態でいるのは、とても信じられないような出来事だと言えるだろう。

 それでも、生きているのは本当だから、自分はこのままこの子供を連れ帰って、手厚く看護を受けさせるつもりでいる。

 目が覚めたら、この子供に尋ねてみたい。

「お前は、どこから来たのか。どこの誰なのか」と。

 おそらくは、自分が望む答えなど得られないだろうと分かっているけれど、それでも尋ねずにはいられないのだ。

 神々は、この地から遠く、その姿は滅多なことでは目にすることも出来なくなってしまったから。

 この子供がこうして助かったのは、神威だと思ってしまったから。

 馬鹿らしいと言われようが、そんなことはどうだって構わない。

 この砂にさえ、まだこの存在を生かそうとする想いを抱かせるのなら、この場所よりも恵まれた環境下では、どういう状態を引き起こしてくれるだろうか。

 まずは、自らの拠点としている場所へ戻り、そこで然るべき処置を受けさせる。

 そうして、この子供が回復した時に、再び引き起こされる現象を心待ちにするとしよう。

 主に内緒でやって来た、この地への導きは、次に何をもたらしてくれるのか。

 男は、駱駝を操りながら考えた。

 この子供を託すのは、誰が最適であるか、と。


 砂原を渡り終え、男はそのまま移動を続けた。

 但し、移動手段が駱駝から馬へと変わったという変化はある。変わらないのは、上空を飛び続けて同行している鷹の存在くらいであった。

 駱駝だけでなく、馬を操ることにも長けた男の名は、アズール。

 戦士としての能力に秀で、人を統率する頭脳も持ち合わせている優れた将だった。

 馬で駆け続けた後に飛び込んだのは、緑が多く集まっている中に立てられた建物で、アズールの「邪魔するぞ」という挨拶で、この建物に住んでいる主には、誰がやって来たのかが分かった。

「アズールか。いつもながら、突然の訪れじゃな。おや、その子供はどうした?」

「ナイゼルに預ける。砂の海で拾って来たが、このまま峠を越すことが出来れば生き長らえる事も出来よう」

「それは、また厄介な預かりモノだが、どうして砂の海へ出向いたのか説明せよ」

 老人の域に足を踏み入れたような白髪と白髭が蓄えられた男が、アズールからナイゼルと呼ばれた相手だった。

 寝台へ子供を横たえたアズールに、何かを期待しているような光を見た気がしたナイゼルは、これは是が非でもこの子供を生き長らえさせる必要が有りそうだと感じていた。

 この国には、神の声を聞いたり、感じ取ったりする能力を秘めた存在が有り、それらは神子と呼ばれていた。

 その神子ではない者でも、神の意を受け取ることがある。

 それは、突然に舞い下りてくるのだと言われているのだが、アズールにもその経験があった。

「ひょっとして、神の意が下りたのか」

「ナイゼルは、どう思う。この子供には、何かがあると思うか? 少なくとも、歩いて砂の海を中程まで渡ってきていたようだが、力尽きて倒れた状態だったみたいでな。声を聞くことも出来ないままだが、砂の神から生かされていたとは思えないか?」

「あの砂の地を、この姿で歩いていたとは。何とも無謀ですが、よく生きておりましたな」

「だから、連れ帰ってきたのだ。おそらくは、異邦人であろうと思う。どこから来た者であるのかまでは分からんが、イシュルがこの子供を見つけた場所ならば分かるぞ」

「砂の地を歩いて渡ってきた、と言われたからには、その先にあるのは『契約の石碑』が並ぶ通路しかありませんな」

「つまらん。相変わらず食えぬ爺だな」

 ナイゼルは、本来ならば今この時期にアズールが、こうして単独行動を出来る状況ではない事も知っていた。

 それ故に、後は任せた、とアズールは早々に立ち去ろうとしても不思議はなかった。

「まだ、先の争いの後処理が残っておるのだろう。お主の部下となった者は、何も言わずに飛び出していった上司に文句を言うこともなく見送ってくれるのか?」

「慣れだろう。今に始まったことではないし、それが許せる器量を持ったヤツしか部下にしていない」

「ほう、それは優秀な者を集めてあるということだな。まあ、よいか。では、この子供は預かろう」

「まだ、この子供のことは誰にも知られたくない。落ち着いたら、俺も様子を見に来るつもりだが、それまで頼む」

 必要なものが有れば、イシュルに文を託して寄越せと言い置いて、アズールは外で待たせていた馬に飛び乗り、そのまま一目散に駆けて行った。

「相変わらず、慌ただしい事よ。さて、まずは水でも与えてみるとしようか」

 託された子供の様子を窺いながら、ナイゼルはそう口にしつつ、頭ではいろいろなことを考えていた。



 眠るまま、僕は夢を見ていた。

 こちらへ来てしまう前に、一生懸命に逃げていた時の夢を。

 あの日、僕は少し年の離れた兄と姉から、今日は厄日だから出掛けてはいけない、と言われていた。

 僕の家族は、僕よりも十五歳年上の兄と十二歳年上の姉がいるだけで、両親はすでに他界しているので、僕はこの二人に養われつつ一緒に生活していた。

 僕の名前は、鷹司霖たかつかさりん。年は十二歳で、よく女の子に間違われる容貌をしているけれど、歴とした男の子だ。

 両親が早くに亡くなったこともあってか、兄と姉からとても可愛がられて今に至っている。

 そして、厄日だから出掛けるなと言われて反発心を揺り動かされた僕が外出した結果、大きな黒い影のような恐ろしいモノに見つかって捕獲されそうになったので、とにかく逃げ続けたら、いつの間にかこちらへ到着してしまっていた。

 こちら、と言ってもここがどこなのか分からないし、兄と姉の待つ元の生活圏へ戻れるのかどうかも怪しいが、きっとあの二人は急に姿を消した僕の心配をしてくれていることだろう。

 僕の両親が亡くなってから、父方の祖父母と一緒に生活していて、僕はその頃に祖母から聞かされた話がとても好きだった。

 本当か嘘か、当時の僕には判断も出来なかったけれど、祖母は祖父と出会う前に違う世界で生活していたのだと言っていたから、僕はその世界の話を聞くのが好きだったのだ。

 砂に囲まれた大地と、緑が濃く茂る森。大空を渡るように飛ぶ鷹が、その世界では神の使いと考えられていた。

 その世界で使われている言葉も、僕がいつも使っている言語とは少し違っていた。

 暗号みたいで面白くて、僕は祖母からその言語を教わっていたし、兄や姉も同じように祖母から教えられていたけれど、どうして覚える必要があるのか分からなかった。

 必要がなければいいけれど、祖母とは逆の現象が起きて、ある日突然に祖母が生活していた世界へと飛ばされる可能性がないとは言えないから、その時の心配と言えば言葉の壁が最大だろうと、同じようにその壁にぶつかって乗り越えた祖母は考えたようだった。

 あぁ、そう言えば祖母の話してくれた世界と似ているかも知れない。

 ひょっとして、祖母が心配していたように、僕は祖母が生活していた世界へ紛れ込んでしまったのかも知れないな、と漠然とした思いが頭を過ぎったけれど、とにかく今はとても疲れていて休息が必要だ。

 しっかり眠って、それから目が覚めてから考えよう。

 僕が、これからどうするのか。ここがどこで、生きていくには何が必要なのか。

 でも今は、まだ眠って回復することが最優先だと、頭も身体も双方が訴えているから、僕はそのまま眠っていることにした。



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