14:霖-09
アザレス神と別れて、再び元の森へ戻ってきたリン。
しかし、これからの生活には同居する相手が増えてしまった。
『リン=ハーラよ。ソナタが名付けたその狼は、これより先ずっと一緒に過ごす事になる。ソナタの守護獣として』
なぁんて、言われてしまったからなのだけれど、まずはナイゼル祖父ちゃんに事の経緯を説明しないと駄目だろう。
リンは、瑠王を伴って、基、瑠王の背中に乗っかって、砂原の遺跡から元の森を経由して帰った。
館の手前まで来て、とりあえず瑠王の背から下りたリン。
そのまま、館へ向かって足を進めるリンと、その左横を闊歩する瑠王。
変な凸凹な仲間連れで帰宅したリンに、ナイゼルの館で働く数人が驚きの目を向けていたが、それに気付かない振りをして真っ先に風呂場へ向かった。
リンに付き従って、瑠王も同じように浴室へ入った後、そこからは楽しそうな声が響き渡ってきた。
どうやら、リンが連れ帰ってきた狼の身体を洗っているらしいことは分かったけれど、あんなに大きな狼を恐がる素振りも見せなかったリンに驚いていた。
「賑やかになったと思ったら、リンが帰って来ていたのか。誰か、一緒に帰ってきたのか?」
「はい。ナイゼル様……実は、リン様とご一緒に大きな狼が付き従っておりまして、ただ今ご一緒に入浴中でございます」
「狼、とな。それはまた、いろいろと聞かせて貰わなくてはならないことがありそうだな」
「その通りかと。我々としましても、大人しくリン様に従っておるので、そのまま見送りましたが。やはり、あの大きさの狼ともなれば、さすがに何も分からない状態のままでは恐ろしいのです」
「ふむ。まずは、リンとその狼が風呂から出て来てからのことになるが、経緯が分かれば何らかの指示は出せようて」
「よろしくお願い致します、ナイゼル様」
執事長の立場にある初老の男性から、そのような説明を受けたナイゼルは、もう一つの知らせを受け取っていた。
リンの出自を認めた手紙が、イシュルによってアズールの元に届いたらしい。
それに対する返事を託されて、再びイシュルが訪れているというのだが、届けられた手紙は執事長よりナイゼルに手渡されたものの、それを届けた当のイシュルが姿を見せないのはどういうことか。
「はぁ、それが……風呂場の窓から侵入を果たした模様で、リン様と狼とご一緒におられます」
「ほっほっほ。それはまた、随分と気に入られたものよの」
「はい。あの気難しい鷹のイシュルが、とそれを知る執事とメイドが驚いております(苦笑)」
「然もありなん。アレは……リンは、生きモノに好かれる性質らしい。鳥や獣だけではなく、草花や木々も喜んでおる」
「そのようで。薬草の畑でも、リン様が顔を出し始めてから生育がよろしいそうです」
そうであろう、そうであろう、と肯くような仕草で、ナイゼルはとても喜んでいる様子を見せていた。
リンが風呂から上がったら、ナイゼルの書斎へ来るように、と執事長へ伝言を頼んでから、ナイゼル自身は受け取った手紙を吟味する為に、書斎へ戻っていく。
リンとその連れがやって来るまでに、アズールからの返信を確認する必要が有る。
書斎の一角に設置された椅子に腰掛けて、ナイゼルは手紙を開いた。
『ナイゼル老師へ
連れ帰った子供が、縁のある人物であったことは非常に驚きであり、知らせるべきか悩んだ結果、母ナターシャにも一通りの経緯を交えてそれを伝えることにした。
おそらく、近いうちに何らかの騒動を起こすかと思うが、そちらの対処はお任せしたいと思います。
同時に、伯父のダレン=ハーラ伯爵にも連絡をしておいたので、そちらからも何か言ってくるかも知れないので、これも対処を頼みたいと思う。
俺が絡むと、変な横槍が要らぬところから入る可能性の方が多いからな。
その辺り適当に、まぁよろしく頼む。
しかし、アリシア叔母の孫とは驚いたぞ。
だが、同時にそれであの砂原でのたれ死にせずにいたことも納得出来たのだがな。
あの叔母は、母曰く「あの子が使う癒やし力は、とても強いのよ。一緒にいるだけで、何もしていなくても癒やされるのだから」ということらしい。昔から、よくその事は聞かされていた。
それ故に、俺も少し期待してしまうのだ。
あの子供は……リンは、叔母のような力を持っていると思ってもいいのだろうか、とな。
さすがに、まだ何も分からない状態であるのだろうが、次第に物事を理解出来てくるようになれば、必然的に何らかの力を持っているのかどうか、ということは知らないままではいられないはずだ。
その辺りが分かってきたら、また知らせを頼みたい。
不思議なんだが、イシュルがリンを気に入っているらしくてな……俺に返事を催促するのだ。
早くそちらへ戻って、リンに構って欲しいらしい。
そんな状態なので、この手紙の返事はゆっくりでも構わないぞ。
緊急の用件があれば、それは別の話になるが。
ゆっくりとイシュルに構ってやってくれるように、爺からもリンに頼んでくれると有り難い。
では、また何かあれば連絡を頼む。 アズール=ハーラ』
「これは、うかうかしてもおれぬようだな。ナターシャ殿とダレン殿からは、まだ何も言ってきておらぬが」
ナイゼルの予想としては、ナターシャとダレンが先触れと同時に拠点を離れて、ここへやって来るだろうと確信していた。
あの二人の気性からすれば、どう考えてもその行動を起こすとしか思えなかったのだ。
コン、コンッ!
書斎のドアが、ノックされた。
「リンです。入っても構いませんか?」
「あぁ、すぐに入って来なさい」
ナイゼルに促されて、ドアを開けて入室したリンには、報告を受けた通りの同行者がいた。
「あ、イシュルは途中から飛び込んで来ちゃって……それで、こっちの狼は『瑠王』です。僕の守護獣になってくれるそうです」
「報告は受けているが、まずはそこに座りなさい」
リンは、ナイゼルの示す椅子に腰を下ろした。
その両横には、イシュルと瑠王がちゃっかりと陣取っている。
ナイゼルは、その光景に笑みを浮かべながら、まずは何から聞かせてくれるのか、とリンに経緯を説明するよう促した。