12:霖-07
ナイゼルに薦められて、リンは少しずつ外へ出る時間を増やすことになった。
外へ出ると行っても、建物の周りにあるのは木々が生い茂る森林がほとんどであるから、人と遭遇するよりも鳥獣と遭遇する方が簡単な状態ではある。
それでも、気分転換にもなるし、こちらの世界に馴染むには手っ取り早いだろうということのようだ。
「そりゃあね、聞いていたけれど……やっぱり人よりも、鳥や獣と遭遇する方が可能性も高いって、分かっていても驚くでしょ」
「ぐぅあぅ?」
「……お前、随分と大人しいけれど、明らかに猛禽類だよねぇ」
まだ森の入り口から、それほど奥へ入っていないはずだったのに、今こうして目の前に獣がいる。
リンは、その獣が明らかに猛禽類だと理解出来るのに、襲い掛かってくる訳でもなく、静かに様子を窺っているのが不思議でならなかった。
ナイゼルから、ここに有る本は好きに見てもいいと言われて、そこで動植物の図録を見て予習復習をしているが、目の前にいるこの獣は、その本では明らかに犬ではなく狼の類として表記されていたはずだ。
餓えている時は、それこそ力量で大きな遅れを取ることのない相手と判断すれば、真っ先に襲い掛かってくるし、餓えていない時でも警戒心が強く、特に人に対しては警戒を怠ることはない。
確か、そのように説明書きがされていたと記憶しているのに、どういうことなのか。
「僕って、向こうでも生き物に好かれる傾向はあったけれど……こっちに来ても、それは有効って事なのか?」
「がぁうっ!」
「うーん、君に同意されてもねぇ」
立ちっ放しも疲れてきたので、その場に腰を下ろしたリンは、獣が自分の横へ落ち着いてしまったことに更なる驚きを覚えた。
どうして、こんなことになっているのか、と。
飼い犬ならともかく、相手は野生の初対面の狼だというのに、どう考えても変だろう。
触ったら嫌がるだろうか、と思いながら、リンは隣に控えている獣を毛をまさぐる。
最初に触れた時だけ、ピクリと身動ぎしたけれど、至って穏やかな時間が流れているし、大人しくリンに撫でられてくれている。
野生の獣がこんなことでいいのだろうか、と首を傾げたくなる気持ちを抱えながら、その反面でとても触り心地のいい毛並みを堪能して満足していたリンだった。
「うーん、もしかしたら、また会うことがあるかも知れない。お前に、僕が呼び名をつけてもいいかなぁ」
「……ぅあうっ!」
「そうだなぁ……『瑠王』って、どう?」
ほんの少しの沈黙が過ぎて、獣がリンにじゃれ掛かる。どうやら気に入ってくれたらしい、とリンもそれに付き合って地面に転がると、更に獣……『瑠王』は、リンに身体を擦り付けるようにのし掛かってくる。
ちょっと重いが、それを上回る毛並みの良さに、リンは思う存分、その毛を堪能させてもらうことにした。
お日様の匂いがする、とその毛並みに埋もれるように顔を寄せると、そのまま瑠王がリンを背に乗せて歩き始めてしまった。
身体が大きいと言っても、さすがに人間のリンを乗せては重いだろう、と思ったのだが、全く問題ないようだ。
途中から、瑠王は足の速度を上げ始めていて、すでに数十分ほど走り続けている。
「なぁ、僕を、どこへ連れて行くの?」
気が付けば、リンの目の前には森の緑ではなく、砂の海が広がっていた。
その視線の先に、何か建造物のようなモノを確認出来たが、それが何かまでは分からない。
ただ、瑠王の向かう先は、どうやらその建造物のように感じられる。
瑠王は僕に、あそこで何を見せたいのだろうか。
*
弟の行方を追う為に、その兄と姉は、今まで勤めていた先を辞して、親戚の久宝家へ向かっていた。
財産などないに等しいけれど、それでも今まで暮らしていた場所は賃貸ではない。
それ故に、事情を説明して管理を任せる必要が有るだろう、という結論から久宝家に向かっている二人は、お互いに持つ弟と繋がっているかも知れない指輪を着けて、それに向かって請い願い続ける。
弟に、霖に会わせて、と。
久宝家に到着して、当主ではなくその弟である人物に対面する。
「おや、二人とも久しぶりだね。どうしたのさ、不景気な面してさぁ……それに、霖はどうしたんだい?」
「朔さん、お久しぶりです。実は、突然で申し訳ありませんけれど、お願いがあって来ました」
「霖が一緒にいないことと繋がっているみたいだね、その様子から察するに」
「はい。有子お祖母さんの危惧していたことが、どうやら現実に起きてしまったみたいなんです。それで……」
「分かったよ、こちらの事は何も気にしなくていい。そう、家の鍵だけ預かろうか。あとは、電気やガス、水道の方も止めておくよ」
「お願いします。これから、霖のあとを追いかけて行くつもりなので、帰って来られないかも知れませんが……いろいろと有り難うございました。ご面倒を掛けますが、よろしくお願いします」
「了解。気にすることはないから、何となくこうなる気はしていたしね。そう、初めて霖と会った時から、ね」
久宝家の人間は、時々だが非常に変わった力を持って生まれてくることがある。
彼、朔もそのうちの一人だった。
幼い頃から、直感に優れ、時として未来が見えているのではないのか、と勘繰られるほどに、その力は鋭敏でもあった。
それ故に、親戚の鷹司家に嫁いだ姉の子供や、その祖母である有子とも会う度に感じるモノがあったらしい。
いつかどこかで、有子の故郷である別の世界へ、この子達は呼び寄せられるのではないか、と。
それが、決して不幸な出来事ではないような感覚も同時に覚えていた。
「早く会えるといいね、リンにもよろしく伝えてよ」
「はい、必ずっ!」
「じゃあね、二人も元気で」
「朔さんもお元気で」
「二人とも、このまま行っていいよ。僕の方から、兄さん達には説明しておくから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます、では」
「うん。いってらっしゃい」
「「いってきますっ!!」」