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砂の雫から出来た国へ  作者: 小野 茜
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1:霖-01

 僕は、ただひたすらに、どこへ向かうでもなく走り続ける。

 何かただならぬモノから逃げるように、必死で足を動かし続ける。疲れて、足が縺れても、止まることなく、何かに脅えるモノのように、走り続ける。

 息が切れ、口が渇き、呼吸も苦しくなってくるけれど、どこか安全な場所を求めて走り続けた。

 そして、僕が飛び込んだ先は、地下鉄の入り口。

 エレベーターを待っている少しの時間を我慢することが出来なくて、僕はすぐ傍に有った階段を駆け下りる。改札を抜けなくては、この先へ逃げ込むことが出来ない。

 どうしようかと考えているよりも先に、目の前の自動改札を飛び越えていた。

 運良く、改札口には誰もいなくて、その行為を咎められることはなかったけれど、それもまた不思議なことであると、それにも気付くことが出来なかった僕は、きっと相当に駆り立てられていたのだろう。

 恐怖のようなモノに。

 何かが、僕を追って来る、と思い込んでいたのだろう。

 飛び込んだ改札の向こうには、ちょうど目の前のホームに列車の車体が滑り込んで来る光景が見て取れて、僕はその一番近い車輌へ飛び込むように乗車した。

「誰も、乗ってない? そんなはずないだろ」

 そう口走っても見ても、現実はその通りで僕以外にこの車輌だけじゃなくて、この列車に乗っている人はいなかった。

 それでも、飛び込んだ列車の扉は閉まって、僕だけを乗せた列車は走り出した。

 暗闇のトンネルの中を切り裂くように、僕の乗った列車は走る。

 そして、走れども走れども暗闇は途切れることがなく、普通なら見える非常灯の明かりさえも見つけることが出来ない。

 この列車は、どこへ向かって進んでいるのだろうか。

 僕が、この列車から降りることの出来る状態は来るのだろうか。


 あぁ、何だか眠くなってきたなぁ。

 何だっていいや。

 このまま眠ってしまえ。


 大きな欠伸をして、僕はそのまま乗車席に座ったまま眠ってしまった。

 目が覚めたら、今と違う世界が広がっている事を願いつつ、それでも逃げてきた場所へ戻ることは避けたいとも思いながら、僕は自分勝手な愚痴を脳裏に展開していた。

 眠って、次に目が覚めた時には、これは全て夢だったと思えたらいいのに。

 いくらか眠ったのだろうと思えるくらい時間が経過して、少し身体から疲れがとれたと感じた頃に、僕の乗っている列車が速度を落とした。

 そして駅に到着して、列車が一時停止した。

 下りろと催促されているようで、僕はどことも知れない駅のホームに降り立つ。

 僕がホームに立って後ろの列車を振り返ると、ドアが閉まって、列車は駅から走り去った。

 目の前には、上り階段があり、僕をその先へと誘っている。

「他に進む道もないし、このまま階段を上がって地上へ出るしかないよな」

 僕は、誘導されるように階段を上りながら、その先に見える光の明るさを感じた。

 あそこまで行けば、僕はこの暗闇から解放されるのだと、そう思うと足取りも速度が上がった。

 階段を上りきり、明るい地上へ出た僕は、目の前に広がる景色に我が目を疑った。

 咄嗟に、自分が今さっき歩いて上ってきた階段を振り返ると、そこは姿を変えていた。

「石造りの回廊? え、嘘だろっ?? どうなっているんだ」

 僕は、僕自身が迷い込んだ世界の異質さに呆然とした。


 ここは、僕が知らない場所だ。

 誰もいない、あの列車が、僕をここへ運んできたのだろう。

 誰が、僕をこの場所へ呼び寄せようとしたのか。

 そして、僕はここで留まっていていいのだろうか。

 ここから、僕はどこかへ向かう必要があるのだろうか。

 何も分からない。

 その場にいても変わらない現実に、僕はこれが夢であればいいのに、と再びそう思った。

 結果として、僕は、そこでじっとしていることなど出来なかった。

 目的のない旅に出るようなもので、無謀にも程があるのは分かっていたけれど、それでもどこかに向かって進まずにはいられない。

 悔しさから近くの壁に打ち付けた手は、傷を負うことこそなかったけれど痛みは感じられたし、それによって何か変わってくれるようなこともなかった。

 夢であれば、その時点で目が覚めても良さそうなものだろう。

 でも、目が覚めることはなかったし、痛みはすぐに治まっていったから、時間は流れている。

 今は明るい昼間であるからいいけれど、このままここにいても日が暮れて暗闇の中に取り残されることになるだけだ。

 暑さも寒さも感じないけれど、少し乾燥している気がする。風も感じられるし、こうして呼吸も出来ているのだから、生活出来る環境ではあるのだろう。

 目の前に続いている石畳に沿って、トボトボと歩み始める。

 とにかく、雨風を凌げる場所を求めて、僕は歩き始めた。

 けれど、現実は無情にもそれを嘲笑うかのように、僕の目の前に突き付ける。

「ここで終わりって、目の前には砂しかないし、どうしろと?」

 石畳が途切れ、その前方、左右には砂の海原が横たわっている。

 砂漠か、砂丘か知らないけれど、とにかく僕の視界に入る範囲内は、砂ばかり。天高くから日差しを受けて、少し赤茶けた色の砂が熱を帯びている影響からか、陽炎が見えるような気がしなくもない。

 そんな状況で、僕は途方に暮れる。

 見事に、詰んだ。このまま、目の前の砂原へと足を踏み出す勇気は、とてもじゃないが僕にはない。

 そう思って、とうとう僕はその場に座り込んでしまった。

 どうすればいいのか、と前方の砂原を眺めながら考えるけれど、答えなど出る訳もない。

「あぁ、誰か助けてくれないかなぁ」

 そんな都合のいいことが起きるはずもないと思いながら、それでも期待してしまうことを止められなかった僕。

 そこに、何かの影が移動してくるのが目に入り、上を見上げる。

「鳥だ、でっかいなぁ。何の鳥だろ」

 大きな翼を広げ、大空を悠々と移動しているけれど、影の移動する速度からして、かなりのスピードで飛んでいることが分かる。

 それも、どう考えてもこちらへ向かって飛んで来ている。

 これを幸と見るべきか、不幸と見るべきか。そんな風に考えている間に、その大鳥は僕の頭上付近まで近づいて、そこで旋回し始めていた。

 単なる様子見なのか、それとも某かの連絡をする為の行動なのか。

 鳥のすることだけに分からないし、僕はしばらくその姿をぼうっと眺めて過ごしていた。

 僕の頭上と言っても、実際にその鳥が飛んでいた高度までの距離はかなり隔たっていたし、同じ場所で旋回を続けてるのは仲間を呼んでいるのか、何かを知らせようとしているのか。

 今の僕が座り込んでいる周辺に、どう見たって鳥の餌になりそうなモノは見当たらない。

「あっ、やっと諦めたのかな」

 旋回を続けていた鳥が、漸く上空から移動を始めていた。

 それに伴って、何かが変化することもないようだった。

 つまり、僕はまたここで一人ぼっちに戻ってしまったということに他ならない。

「どうせどこへ行けばいいのかも分からないんだし、あの鳥の飛んでいった方向へ追い掛けて行ってみようか」

 このままここでじっとしていても、何も変わらないばかりか餓えるだけだ。鳥が飛んでいく方向を追い掛ければ、少なくとも水くらいは期待してもいい様な気がする。

 立ち上がって、ズボンに付いた砂を手で払い落とし、僕は少しずつ砂の上を歩き始めた。

 飛び去ってしまった鳥の姿は、もう見えなくなってしまったけれど、飛んでいった方向は何となく分かるから、そちらに向かって黙々と足を進める事にした。


 歩いても、歩いても、前方に見えるのも砂。

 僕の四方は、どこを見ても砂ばかりの状態になっていた。

「これは、砂漠で決定かな。オアシスとか、運良く見つかったりしないモノかな」

 時々、風に巻き上げられて吸い込みそうになる砂から自衛をするため、僕は腰にアクセントカラーのつもりで結び付けていたクロスを口元に巻き付けて対処した。

 これでよし、と口と鼻を多くクロスの影響で、少し息苦しい感じはしたけれど、砂を吸い込んでゲホゴホ言うよりマシだ。

 少しずつ日が傾いて来ているし、空腹感や喉の渇きを覚え始めている。

「水、ないかなぁ」

 暑いし、汗もすでに乾いてしまっている。

 帽子を被っていたから、直射日光からは身を守れていたけれど、それでもかなり拙い状況になってきているのは確かだ。

「あぁ、疲れたなぁ。もう、諦めようかなぁ」

 そうすれば、きっと楽になれる。

 でも、僕は負けたくなかった。意地でも、足を止めるものかと、クラクラして拙いのも無視していた。

 無茶も無理も承知の上だったけれど、こんな砂原のど真ん中(?)で倒れても、結局は僕を待っている結末は決まっている。それなら、ただ大人しくそれを受け入れるのは楽でも、僕の性格上どう考えても無理だった。

「負けず嫌いも、ここまで来ると、ただの馬鹿だよねぇ」

 分かっているのだけれど、自分でもどうしようもないのだ。

 何となく、陽炎に混じって何かが見えてきたような気がするけれど、間違いなくそれは僕の望んでいるモノではない。

 影のような黒っぽいモノが点在していて、それはすでに動かないモノばかり。

「何だか、僕自身の行く末を見せられている気分がしてきた」

 それらとの距離が、少しずつ詰まっていく。ということは、これが蜃気楼とかじゃなくて、実在しているモノだということになる。

 僕は、何がこの辺りにあるのか、少しだけ立ち止まって観察してみることにした。

 どうせここで、ホンの少し時間を使ったところで大した影響はない。

「これって、ここで争いがあったのか?」

 折れた槍と旗印のような物、それに馬らしき物の外殻。壊れてしまった何かの残材らしき木片や、巻き込まれて死んだっぽい獣や鳥の名残が、あちこちに見渡す限りかなりの広範囲に渡って広がっていた。

「あ、マズイ。方向が分からなくなった、気がする」

 あちこちと見て回っていたのは良かったが、それによって今まで進んでいた方向を見失う事になった。

 空を見ても、太陽はどっちへ向かって動いているのかも分からない場所にいるのだから、方向の見当をつけるのなんて土台から無理な話である。

 それに、何となく視界が薄暗くなって来ているような気がしている。

 やばいなぁ、これは貧血かも知れない。このまま、この砂の上に倒れてしまったら、間違いなくそのまま明日には息をすることも出来なくなっていると思う。

 こんな見ず知らずの場所へやって来て、挙げ句にのたれ死にってどうなの?

 あんまりと言えば、あんまりだろう。

 まぁ、そうは言ってもどうしようもないのだが。あぁ、マジで段々と視界が効かなくなってきたし、耳も鳴ってきた。


 そこでとうとう、ブラックアウト。


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