わだいがない 25
恵さんの場合
あたしは、センスがないと。色の配置、組み方、素材選び。
全てにおいて、センスがないと責められ、そういわれ続けているうちに、自分の好きな色やら形やらがすっかりわからなくなった。おかげて、三十路を過ぎても一人で服を買うのに、ひたすら迷う。いや、迷うというよりも買わざる状況にならないと買う気にならない、と言った方が正しいかもしれない。
三十路を過ぎていても、服屋に行くだけで必ず緊張し、店員には話しかけるなオーラを出せるだけ出して、やっと買いに行くのだけど、これでいいのかなぁと思いつつ、買うのだ。
そんな自分にため息をつく日々ではあるけれど、いまさら、自分の好みを捜す旅はあきらめた。だって、センスがないんだもん。探すだけ無駄でしょう?
「ねぇ、めぐちゃん。突然だけど、あの人って、水商売って感じだよねぇ。」
同じ職場の同僚の女性と偶然出会った出勤への道、彼女が歩きながら前を見つめて言う。
「ああ、恰好が?」
あたしもそう思える。てかてかの靴。ぴったりした下に、きれいな色のシャツ、その上には黒のベスト。コートも優雅で、もこもこな感じ。高そうだ。
「たぶん、あれ高いよね。しかも、派手だもんね。」
「だねぇ。」
二人で見つめるその先にいるのは、女性ではなく男性なのだが。
「でも、おしゃれだよね?」
あたしが問う。
「たぶんね。私は好きじゃないけど。」
彼女の言葉を聞いて、私も頷く。
「うん。自分があの格好をしたいかと言われると、嫌だけど。でもたぶん、自分で似合うって思ってて、いつもあんな感じの恰好をしているから、あの格好が好きなんだろうね。」
「ねー。」
そういう彼女も柔らかい色のモノが多い。彼女もこういう色が好きなのだろう。あたしは、センスがない。だから、無難な格好をしている。色も落ち着いたものが多い。
自分の年齢のファッション誌を読む気も、テレビの流行を取り入れる勇気も、やる気もすっかり失せている。
しかし、正直な所、服が嫌いなのかと聞かれると、そうでもないような気が最近になって、してきている。
服はその人のセンスを表している。学生時代の友人が休みの日にみんなで遊ぼうとなった時に、全身赤い服で来た時には目を丸くした記憶がある。それ以来、制服やスーツで人を判断してはいけない、と心に思うようになった。
春夏秋冬、服の入れ替えがあって、季節が移ると服も変わっていく。それでも、好みというものはあまり変わらないらしい。
学生時代の赤い服が好きな彼女はいまでもたまに会うが、やっぱり赤が多い。濃い赤やら、チェック柄やらその時に合わせて変わりはするけれど。
「私、赤が好きなの。つい、買っちゃうのよねぇ。」
友人はにこにこしながら言う。そして、赤が似合っている。服の話の前にあたしができることは無言で微笑むくらいだ。
日曜日。昔は誰もが休む定番だったのかもしれないが、いまでは出勤の人も多い。それでも恰好は楽な格好で平気だというところも多い。自分の今の会社も二十四時間受付コールセンターだ。
電話対応で声だけだから、恰好は自由だ。もちろん髪型も。
ふわふわな春のようなファッションの御嬢さん、髪もふんわりしている。
きちっとした格好のおばちゃん。いつの季節もきちんとしている。
その横に迷彩服が多めのおばちゃん。その横には皮の服を好むお兄さん。彼の頭は、黒と金、銀に染められている。どうせ、白髪になるのに!と迷彩のおばちゃんが笑う。
そして、水商売のようなおじさんの横に私がいて、淡い色隙の友人がいる。
そして部屋の奥に…なんというべきか。服のセンスが悪いとか、色が似合っていないというわけではないのだけど、なぜか違和感があるような青年がいる。ただ、なぜそう感じるのか、正直なところ、よくわからない。
最後にサンタのようなセンター長がやってくる。いや、赤い恰好をしてきているのではなく、体系が丸くて重くて、そのせいか、恰好もだぼっとした服装が多い。たぶん、その方が楽なのだろう。サイズがないということも理由として挙げられるだろうか。
皮の服を好むすらりとした彼とは大違いだが、まぁ、年齢も違うから、というのも影響があるかもしれない。
あたしは、ずっと前から違和感がある彼のことを見続けている。最初は、服のボーダーに目を奪われた。平日のスーツからいきなりボーダーシャツとジーンズ。それはいいのだが、白のさわやかな感じの色で、正直な感想一言目は似合わん。と思っていた。
だが、そのあとからは、だんだんと見慣れてくる。
平日は普通にスーツ。そして休日の平服を見続けているうちに、なぜか彼まで見つめるようになっていた。そして気が付く。
もしかして、この人も自分と同じように服のセンスがないのではないだろうかと。
だが、私と彼では大きな違いがある。彼は自分の好みの服を着ているのだ。あたしとはちがうのだ。
あ。毛玉。
あたしは、彼のセーターの腕の裾に大量の毛玉が付いていることにふと気が付いた。おそらく長く着ているに違いない。
気になる。ものすごーく、気になる。ちまちま切るか、むしり取りたい。
しかし、そんなことを話すほどまだ仲良くはない。いつも見ているせいか、服の好みはわかるけれど。いつも見ているせいか、冒険をした恰好をしないことは知っているけれど。いつも見ているせいか、好みの色が分かるけれど。
同性で、しかも同じような体型で、同じような好みなら、「その服、いいねぇ、どこで買ったの?」という会話がほとんど話したことのない同士でも成り立つだろう。
だが、自分の好みもわからないような女性である自分が男性の服に意見するなど、まぁあり得ない。
こんなときに、思うことは。あたしがオシャレで服のセンスがあったなら、きっと声をかけるだろう。相手が男女関係なく、幅広い知識を利用して、ここのお店の服がいいとか、この色が顔に似合うだとか、この季節にはこれがいいだとか、きっと話題のきっかけになるかもしれない。きっと流行の色なんかにも詳しいのだろう。
だけど、あたしにはセンスがない。そして自信もない。いままでにほめてもらった服はいつも誰かのチョイスで。あたしは、たぶん服は嫌いではないけれど、愛してはいない。むしろ、憎さまで感じるのかもしれない。
にこやかに遠くで電話の相手とやり取りしている彼の服装を見ながら、自分を笑う。自分の服が似合っているかどうかも判断できないのに、他人の服を評価するなんて。
だけど、あたしは彼が羨ましい。似合わなくても、それを着ている彼が。毛玉があっても、着ている彼が。あたしは、その毛玉が気になってしょうがないけれど。
今回は見逃しておくことにした。しかし、次回もそれを着てきたら、勝手に自分の手が毛玉をむしり取るかもしれない……。
「ねぇ。あの人の私服って、似合わないわけじゃないんだけど、なんか、違和感があるような気がしない?」
帰り道、思いきって、同僚に聞いてみた。自分の意見に自信がないせいか、聞き方が少々弱腰だぁと自分でも思うけれど。
すると、思ったよりも早く返事が返ってきたことに、あたしは驚いた。きっぱりした意見にはもっと驚いた。
「ある。若すぎるの。」
「本人が?恰好が?」
「恰好がよ。本人はいくつかわからないけれど、彼の恰好!学生じゃないんだから青の細かいチェックシャツはないでしょ。」
そう言われて、想像してやっと違和感がなんだったのかがわかった。彼の恰好は、自分が中学生時代くらいの男子が着ていた服に似ている。時代が回ってまた同じような格好が今度はサイズが大人用になってめぐってきたのかもしれない。だから彼は多分、好きな色と好きな形の服を着ているのだろう。それが似合うかどうかは別にして。
「ああ、そういうことか。」
「ね?似合ってないわけじゃないんだけど、色もデザインも別に悪くはないし、服も新品なんだけど、古い感じがするのよね。だから違和感があるの。」
どうやら、同僚も同じように違和感があるなぁと感じていたらしい。そして彼女はそれがなんであるかをはっきりとわかっていたようだ。
「水商売の人はさ、確かに派手よ?だけど、年齢には合う恰好よ。」
「いや、恰好が水商売風だからって、そんな風に呼ばなくても。でもまぁ、そうだね。違和感はないもんね。派手だけど。そっか。」
あたしが一人で納得していると、「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でしたー。」
反射的に同僚と二人で返事をしたけれど、後ろから彼がダッフルコートで去っていく。完全に聞こえないだろうなという距離になってから言う。
「うん、やっぱり恰好が若いね。」
「でしょ。」
得意げに同僚が言う。しかし、ちょっと気になる。もしかして、同僚の彼女も彼のことを見ているのだろうか。
「よく見てるね。」
「うーん。うちの旦那の恰好もあんな感じなのよねー。休みの日には出かけないからいいんだけど。ただ、あの人より、もうちょっとお腹が出てるからねー。センター長に似てきているのよねぇ。ホント、クマよ、クマ!」
あたしは、同僚が結婚していることを今、知った。指輪もしていないから、勝手に独身かな、と思っていたけれど。
彼女のセリフについ笑ってしまう。たしかにセンター長も丸い。服装が楽なせいか余計に丸く見えるのかもしれない。
ちょっとほっとしつつ、遠くを見る。彼はいつか、この会社を去って他のところに行くに違いない。そして、同じような年齢の人よりも多くの男性社員の中にいればきっとそのうちに、恰好も変わっていくのだろう。休日はそのままかもしれないけれど。
少なくとも、毛玉に関しては注意をしてくれるような彼女がそばにいてほしいものだ。
早くしないとあたしが、仲良くなって毛玉をとっちゃうから!




