第七話 プリンキ村
暗闇の中に落ちていくような感覚がしばし続いた後、明るい光に包まれる――。
僕は半径一メートルほどの円型の石畳の上に立っていた。
足元には紫色に光る魔法陣が描かれている。
魔法陣の周りには間隔を開けて、十二枚の黒いモノリスが建っている。
モノリスは皆同じサイズで、厚さ二十センチ、横幅八十センチ、高さ百八十センチくらい。その内の四枚が緑色の淡い光を帯びている。
「うわ、凝ってるなあ」
早速の「如何にも」な光景に僕は感嘆の声を上げた。
正面の広く開いた所を通り抜け、僕は魔法陣の外に出た。
モノリスの脇には鈍色の甲冑を全身に纏った髭面の中年男性が立っていた。
片手には長槍を持っている。
「異邦より来たりし少年よ。ダンジョンは全ての者に開かれている。冒険者の証を取得し、その門を叩くのだ」
その男はそう告げると、この村の地図と思しきを手渡してくれた。
そして、一件の石造りの家を指差した。
「この村について知りたいことがあれば、あそこに居る村長を訪ねるのだ」
ここはダンクエのスタート地点となるプリンキ村。
周囲を人の背丈ほどの木の柵で囲まれた小じんまりとした村だ。
僕が出てきた魔方陣は村の中央よりやや北側に位置している。
村の北東には十軒くらいの商店が立ち並び、北西には村長の家。村内の建物はそれだけだ。
村の南側、残りの三分の二ほどは広場になっている。
まさに「ゲームに出てくる中世ファンタジー風の小さな村」って感じだ。
僕は男に地図のお礼を言い、待ち合わせ場所に決めていた広場へ向かおうとした。
その時、魔法陣が光に包まれ、一人の女の子が出現した。
「あっ、野々原さーん」
僕が手を挙げて呼びかけると、野々原さんが手を振って答えてくれた。
出席番号十七番の野々原麻衣さん、教室で僕の前の席のメガネっ子だ。
ホームルームが始まる前に少し会話したけど、元気でカワイイ子だ。
野々原さんも地図を受け取って、こっちに出て来た。
ダンクエの第一印象について軽く言い合っていると、広場の方から彼女を呼ぶ声がした。
そちらへ目を向けると二人の女の子が居た。学食で野々原さんと一緒に食べていた子たちだ。
一緒にプレイする約束をしていたんだろう、「じゃあ、私いくねー」と野々原さん。
「うん、またね。お互い頑張っていこうね」
僕がそう言うと、野々原さんはニッコリ笑って、「バイバーイ」と手を振り去っていった。
テーブルの方からは、
「なになに、もう早速?」
「野々原さんって意外とやるタイプ?」
「もう、そんなんじゃないってば」
という会話が聞こえてきた。
広場は一面、短く刈り込まれた芝生で覆われている。
大きな噴水や色とりどりの花が咲き誇る花壇があり、木製のテーブルと椅子もいくつか設置されている。
デートスポットに最適な、ちょっとオシャレな庭園といった趣だ。
テーブルにはパラソルが付いていないけど、ここは仮想世界なので日焼けの心配もない。女の子たちも安心して過ごせるだろう。
テーブルでは先にログインしたクラスメイトたちがグループに分かれて会話している。
それによく見てみると、クラスメイト以外にもNPCと思しきキャラも複数いる。
猫耳少女に、背丈が人間の半分くらいの幼女みたいな種族、褐色の肌を大胆に露出したセクシーなお姉さん。人間以外にも色んな種族がいるようだ。
彼らの多くが冒険者と思しき格好をしていた。
あそこにいるローブを着たじいさんとかスゲーでかい杖持ってるし。
お、あっちのお姉さんは、真っ赤なビキニアーマーだ。思わず条件反射で、「すいません、見抜きさせてもらえないでしょうか?」ってお願いしそうになっちゃった。
「おそいぞー、ひろひろー」
そんな風に僕がきょろきょろと見回していると、隅の方のテーブルから北島さんが声をかけてきた。
あぶないあぶない。お姉さんに声かける前でよかった。
危うく変態の烙印を捺されるところだった。言っておくけど、僕は変態じゃないよ、ただの紳士だよ。そこのところ間違えないでね。
テーブルには既に三人揃っていて、僕が一番最後だった。
思いの外、キャラメイクに時間が掛かってしまったようだ。
キャラメイクといっても、出来るのは力や素早さといった基礎能力に数値を振り分けることだけだ。
普通のゲームみたいに外見や種族を選ぶことは出来ず、キャラクターの外見は現実の僕と同じ姿をしている。
だから、本来ならそんなに時間がかからないはずなんだけど、僕はこういうパラメータ振り分けってなんか無駄に拘ってしまうタイプなので、あれやこれやとやっているうちに結構時間を食ってしまった。
一番最初に来たのは北島さん。こういうのはカンで分かるらしく、パパパッと振り分けて十秒くらいで終わったらしい。
次に来たのが柴田。なにも考えずに力、素早さ、持久力に三等分したらしい。さすが脳筋。
そして三番目が瀬能さん。彼女も結構悩むタイプらしく、僕のちょっと前に来たばかりだった。
ちなみに基礎能力は力、素早さ、持久力、知性、精神、感性の六項目。
ダンクエは種族や職業がないので、キャラクターの基本性能はこの性能で決まる。
最初のキャラメイクで方向性を決めて、あとはレベルアップする度に得られるポイントを伸ばしたい能力に割り振っていくという成長システムだ。
キャラが強くなるも弱くなるも最初の能力設定次第、失敗したらとんでもない地雷キャラになってしまう、というわけで結構気合入れて悩んだんだけど……。
「レベル5になる時に再設定できるってー」
なにそれ!?
そんなことヘルプのどこにも書いてなかったと思うけど。
どうやら、待っている間にNPCの冒険者から仕入れた情報らしい。
広場の隅のテーブルにいたのも、人の集まりを自然に避けるというぼっち的習性じゃなくて、NPCキャラが隅っこにいるという理由からだった。
さらに、「他にも色々情報もらえたよー」とのこと。
さすが元ギルマス、社交力ぱないっす。
「じゃあ、予定通りまずは道場に行こっかー」
うん、僕らのリーダーはもうすでに北島さんに決定してるね。
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――しばし遡って、昼休みの学食。
自己紹介しながらの食事も終わり、僕たちは「取りあえず四人でパーティーを組もう」ってことになった。
「じゃあ、作戦会議はじめー。スタートダッシュが肝心だからねー」
嬉しそうに笑う北島さんの言葉で作戦会議が始まった。
ゲーム開始直後にどう行動するかを決める話し合いだ。
とはいえ、僕らはAI理佳先生の投げっぱなしチュートリアルを受けただけで、まともな攻略情報はなにも知らない。
なので、まず十分の時間をとり、各自でポータルサイトのマニュアルと攻略ウィキに目を通す。その後に話し合い、という流れになった。
それでは早速とタブレットで学内ネットを開いた矢先、
「これどうやって使うんだ?」
柴田が僕にタブレットを差し出してきた。
……そこからですか?
――十分後。
「うーん、情報が足りないなあ。やっぱり最初は村人に話を聞いて情報収集かなあ」
どうしたらいいか、僕はいまいち絞りきれず、中途半端で無難な意見しか言えなかった。
普通のゲームだったら、まずは装備を整えて、クエストを受けて、狩りに行く、っていうのが鉄板だと思う。
どんな装備がオススメか、どのクエストを受けるべきか、どこの狩場が効率いいか、そういう情報はネットの攻略サイトで調べれば良い。
大抵の場合、先行プレイヤーたちが必要な情報をまとめてくれている。
今までの僕はそういった人の後を追うプレイしかやったことがなかった。
でも、今回は違う。
僕たちが最初のプレイヤーなんだ。
新作ゲームのαテストやβテストでスタートダッシュする場合と同じだ。
限られた情報をもとに自分たちで攻略法を組み立てていかなきゃいけないんだ。
スタート地点のプリンキ村について、攻略ウィキに載っていたのは村で利用可能な施設の簡単な説明だけだった。
プリンキ村にある施設は、魔法陣、広場、村長の家、商店、ライブラリー、道場、魔法ギルド、生産ギルドだ。
商店といっても一軒の店舗ではなく、武器屋や道具屋など取扱品によっていくつかの店舗があるらしい(色々なお店があるみたいだから、春を売っているお店とか、大人のお風呂屋さんとか、あったらいいな)。
各商店で売っているアイテムについては、名前と価格が書いてあるだけで説明は全くなし。
それぞれの施設がどんな役割を果たすのかは大体想像がつく。
でも、「その中でどこに最初に行くべきか」となると僕には決めかねた。
そんな中、瀬能さんが口を開いた。
「最初は道場か武器屋に行くべき」
「やっぱりその二択だよねー」
「でも、多分道場が当たりだと思う」
「根拠はー?」
「店売り装備品の名前。それに店売りの消費アイテムと装備品の価格差が大きすぎることかな」
「なるほどー。一理あるねー」
瀬能さんと北島さんの二人だけで会話が進んでいく。
隣を見てみると、柴田は我関せずと腕を組んで瞑想中。
頼りにならない柴田の代わりに、ここは僕がビシッと言って存在感をアピールしておかなければ。
「すみません。全然わからないので説明していただけませんか?」
二人はバカにすることもなく、サルでも分かるように丁寧に説明してくれた。
そのおかげでさっきの二人の会話の流れも分かったし、柴田がサル未満だってことも分かった。
二人の基本方針は「まずは最低限の準備でいち早く狩りに出る」ことだ。「スタートダッシュのためには混雑する前に狩場へ」という訳だ。
そのための最低限の準備も午前中のチュートリアルから判断できたそうだ。
白い部屋でのAI理佳先生とのチュートリアルで模擬戦闘は経験済みだ。
それを通じて分かったことが三つある。
ひとつ目は、ゲームの中での身体能力は現実離れして高いこと。
ふたつ目は、痛みはほとんど感じないこと。
みっつ目は、スキル攻撃がとても強力なこと。
これらから、「初期武器を入手して攻撃スキルを覚えれば、最初のうちは狩りをするのに十分」、それが二人の意見だった。
二人とも午前中の時点で、すでにここまでは至っていたらしい。
だから、残された問題となる「初期武器と攻撃スキルをどうやったら入手できるか」、この点のみに絞ってポータルサイトを調べたそうだ。
ここまででやっと二人の会話のスタート地点。
ここから先は瀬能さんの考察で、その見事さに僕はいたく感心した。
この手のゲームで初期武器の入手方法は主に二つ。
NPCから武器を直接貰えるか、NPCからお金を貰って自分で武器を買うかだ。
瀬能さんは前者だと踏んだ。
その根拠が、「店売り装備品の名前。それに店売りの消費アイテムと装備品の価格差が大きすぎること」だ。
ポータルサイトの攻略ウィキには商店で扱っているものの名前と価格のリストが載っていた。
例として、武器屋で売られている片手剣は【鉄の長剣】で1200G(ゴールドがダンクエの貨幣単位だ)、道具屋では【体力回復薬(小)】が10Gで売られている。
この情報から、武器屋で売られている【鉄の長剣】は初期武器ではない、と瀬能さんは判断した。
初期武器が鉄製であるとは思えない。普通なら、ただの長剣、または、銅製か青銅製あたりが初期武器として妥当だ。
もちろん、これだけでは根拠として十分とは言えない。それを補強する根拠が【鉄の長剣】と【体力回復薬(小)】の価格差だ。初期武器が回復アイテムの120倍の値段というのはまずあり得ない、瀬能さんはそう説明してくれた。
だから、「武器を貰える可能性が一番高そうな道場こそ最初に行くべき場所」と結論したそうだ。
もちろん、以上の考察はあくまでも確率の話だ。間違っているかもしれない。
でも、瀬能さんは、限られた情報の中からきちんと筋道を立てて推論し、もっともらしい解答に辿り着いた。
同じ情報を前にしながら中途半端にお茶を濁した僕とは大違いだ。
それに北島さんも瀬能さんと対等なレベルで会話出来ている。
学校の成績云々じゃなくて、本当に頭が良いっていうのは、こういう事を指すのだろう。まさに、一を聞いて十を知る、って感じ。
僕は凄腕ゲーマーの二人との差を思い知らされた。