第六話 ランチタイム
詰め詰めでキツキツだった午前中のガイダンスをなんとか乗り越えて、ホッと一息の昼食タイム。
普通の高校だったら、教室でお弁当を広げたり、購買部でパンを買ってきたり、学食へ行ったり、近所のラーメン屋から出前を取ったり、持ち寄った具材で鍋パーティーしてみたり、と色々な選択肢があるだろう。
しかし、ここはあいにく山奥の全寮制高校。
早起きして弁当を作ってくれるオカンもいなければ、熱々の焼きたてを届けてくれるピザ屋もないし、最寄りのコンビニまで徒歩三十分という有り様だ。
というわけだから、選択肢は学食の一択。
もちろん、昼食だけじゃなくて、朝食も夕食も学食の一択だ。イェイ。
学食はカフェテリア形式で、なかなか美味しくて品数も豊富なのがせめてもの救いだ。
いくらネットが繋がるとはいえ、こんな娯楽が何もない山奥に隔離された三年間。
メシまで不味かったら確実に暴動が起きる。
生徒たちは三々五々に別れて昼食を取る。
僕たちは六人掛けのテーブルで四人で食べることになった。
メンバーは、瀬能さん、北島さん、僕、柴田。
瀬能さんと北島さんが二人でいるところに僕らが声を掛けたかたちだ。
瀬能さんマジ天使はこういう誘いを無下にする人じゃないと分かっていたんだけど、
「柴田くん、きみサイコー。それに広田くんはうさみんとオナ中なんだって? おっけーおっけー、一緒にランチしましょー」
と意外にもノリノリだったのが北島さんだ。
柴田は褒められたと勘違いして気を良くしているし、瀬能さんは「やめてよ、その呼び方」と小声で抗議してるし、僕はオナ中って言葉にちょっとドキッとしたけど、同じ中学出身って意味だよね、知ってた。
北島さんは小柄で細身な女の子だ。肩幅なんか柴田の半分くらいしかないんじゃないかな。
切れ長のキリッとした眼に通った鼻筋、シャープな顎のライン。髪型はポニーテールだ。
引き篭もってゲームばかりしているせいか、肌は透き通るように白い。
柴田が「貴様は剣士か?」と尋ねていたが、確かに第一印象はそんなイメージだ。
でも、実際に接してみると表情豊かで明るく社交的。
ストイックな女剣士というイメージからは程遠い。
後、一番大事なポイントについて明言は避けるけど、「北島さんのはステータスだ! 稀少価値だ!」とだけ言っておこう。
ちなみに、柴田の問いに北島さんは「剣士じゃないよー、ネトゲ廃人だよー」と自信満々に答えていた……。
僕・柴田と同じように、瀬能さんと北島さんも寮で同室だそうだ。
入学手続き時の書類の中に同室希望者を申請する欄があったので、もともと仲の良い友達同士は同室になってケースが多いらしい。
学校側も少しでも人間関係がうまくいくように配慮したつもりらしいんだが、三人組の友達とかどうすんだろ?
むしろ、逆に亀裂が入りそうだ。
僕は知り合いがいなかったので、同室希望者の欄には「カワイイ女の子」って書いておいたけど、何事もなかったかのようにスルーされた。
「選から漏れた多数の該当者たちが可哀相」という配慮ゆえだろうからしょうがない。
瀬能さんと北島さんも申請して同室になったとのこと。
ぼっち二人組でくっついた僕たちとは大違いだ。
二人とも廃人仕様で有名なMMORPG、マサカー・オンライン、通称マサオン、で有名な大手ギルド血肉の祭典に所属していたそうだ。
しかも、北島さんがギルマスで瀬能さんがその右腕的存在だとか。
マサオンもダンクエと同じようなファンタジー系のゲームだが、あっちはギルド戦争がメインのプレイヤー同士で殺し合う血なまぐさいゲームだ。
PK上等で、「気軽にそこら辺を歩いてたら、即殺されて身ぐるみ剥がされる」っていうヨ○ネスブルグも真っ青な世界だ。
一般人のヌルゲーマーが軽い気持ちで手を出せるものじゃない。
僕もちょっと齧っただけだ。
そんなおっかないゲームで最強のひとつと名高いギルドをこの二人が率いていたとは……。
「それにしても、すごいネーミングだよね、血肉の祭典って」
厨二の夏全開って感じで、って続けたいところだけど、本人が気に入ってる名前だったらマズいと思い控えておいた。
「わたしじゃないよー。先代よ、先代ー。わたしは二代目のギルマスだよー」
「えっ、そうなの?」
「当たり前でしょー。マサオンが始まったのも、血肉の祭典が出来たのも十年前だよー。わたしまだ五歳だよー」
とは言え、その二代目を九歳で継いだらしいから、恐るべきネトゲ英才教育。
それで良いのか、北島父母?
「たしか、魂魄の収奪者と罪深き人狼だよね?」
血肉の祭典のギルマス、魂魄の収奪者ヲリヲリ。そして、その右腕といわれる、罪深き人狼セサミ。
僕はゲーム内では出会ったことはないけど、ネットに上がっているプレイ動画で二人をよく見かけた。
「攻撃は最大の防御」とばかりに、無茶苦茶な手数で敵の攻撃を防ぎきるタンク役のセサミに、強力な大規模魔法を切れ間なく連発して敵を根こそぎ刈り取っていくヲリヲリ。
たった二人相手に何十人もの敵プレイヤーたちが蹂躙される様はまさに圧巻だった。
中の人は絶対に引きこもり廃人のおっさんだと思っていたし、目の前の二人がその当人たちだとは今でも信じられないくらいだ。
「そのフザケた二つ名も先代たちがつけたんだよー」
なにも知らない子どもに対して、タチの悪い人たちだよねー。
恥ずかしながら、当時は本当にカッコいいと思ってたんだよー。
そう愚痴る北島さん。
「私もやめて欲しかったんだけど、何度言ってもやめてくれなかったんだよね」
瀬能さんも恥ずかしそうにそう言い、北島さんが「うんうん」と頷く。
その後しばらくマサオンの話で盛り上がった。未プレイだった柴田はおいてきぼりだったけど。
その話の流れで、「柴田はどんなゲームやってたの?」と北島さんが問い掛けた。
「いや、オレは生まれてこの方、剣を振るってきただけだ。ゲームなぞやったこともない」
「うわー、かっこいー(棒読み)」
「凄いね…………」
「じゃあなんでこの学校に来たんだよ?」
「人を斬れると聞いたからだ」
「「「……………………」」」
柴田の実家は江戸時代から連綿と続く剣術道場らしい。
しかも、多くの道場が竹刀と防具を用いた安全な剣道へと移行していく江戸後期においても、「如何に人を殺すか」のみに拘り続けたバリバリの本格派とのこと。
もちろんそんなアブない所に人が集まるわけもなく、門下生もだんだん減少し、祖父の代からは家族だけしか門人がいない、開店休業状態の道場だと。
そんな状況でも当の柴田家一家は本気も本気、未だに開祖の掲げた「如何に人を殺すか」を追求し続けているそうだ。
「ご両親は反対しなかったの?」
「オヤジもジジイも強く反対した。だが、曽祖父の一声でな」
反対する二人に対して、柴田の曽祖父が「人を斬ったこともないぬしらは黙っとれ」と一喝したそうだ。
いくら人斬り剣術道場の名を掲げているとはいえ、戦後生まれの柴田の父と祖父は本当に人を斬ったことはないそうだ。もちろん、柴田本人もだ、と思う……大丈夫だよね?
だが、曽祖父は戦時中に鬼神の如く敵兵を切り倒して勲章まで貰ったそうで、酒に酔う度に、「ご開祖さまはやはり正しかった」としみじみ述懐するらしい。
そんな曽祖父なので、「人斬りの機宜を選ばずして、なにが柴田流じゃ」と二人をボコボコに打ち据え、柴田のダン高入学を認めさせたらしい。
御年百五歳の柴田の曽祖父がVRとかフルダイヴとかちゃんと理解しているのか、はなはだ疑問だけど……。
その後、話は「なんでダン高に入学したか?」という話題へ。
「んー、まともな高校に行くには出席日数も成績も全然足りなかったからだよー」
さらっと言う北島さん。
ネトゲ廃人だ……。
「ダン高はゲームやってれば出席になるからいいよねー。生まれて初めて皆勤賞取れそうだよー」
とニコニコ顔だ。
「瀬能さんはてっきり南沢高校に行くんだと思っていたよ」
と瀬能さんに振ってみる。
僕自身すごく気になっていたことだ。
「南沢高校とダン高のどっちに行くかギリギリまで迷ったんだけどね。やっぱりダン高が諦めきれなくて」
「そうそう。わたしも色々と相談に乗ったんだよ。ねー、うさみん」
「う、うん」
ちょっと動揺してるような瀬能さん。
しっかり者の瀬能さんだから、相談に乗ってもらったことが照れ臭いのかな。
他人に頼らなくても、自分でなんでも決められそうだから、そういうことにあまり慣れてないのかも。
ちなみに、僕の受験エピソード(瀬能さんと同じ高校を目指してたっていう部分は割愛)を話したら、北島さんは爆笑して「ひろひろもサイコーだねー」って言ってたし、柴田は「剣を振って身体を鍛えろ」という全くありがたくないアドバイスをくれた。
てゆうか、いつの間にか北島さんの中で僕の呼び名が「ひろひろ」で定着したらしい。あまりにも自然すぎて直ぐには気づけなかった。
瀬能さんは特に口を挟まずに僕の話に耳を傾けていたが、最後にポツリと「でも、こうやってまた一緒になったんだから縁って不思議だよね」と洩らした。
あ、洩らしたって言っても、言葉をだからね、液体をじゃないよ。アイドルはお○っこしません!
瀬能さんのその言葉を聞いた北島さんが瀬能さんを見つめてニヤニヤしていたのが気にかかった。
なにか二人だけが知っている事情でもあるんだろうか?
そして、話題は先ほどのホームルームの一件へ。
「このオレが勝てない相手は今まで二人いた。理佳先生は三人目だ」
「へえー、その二人って誰なのかなー?」
「曽祖父と宮本武蔵だ」
「へっ!? ひいじいちゃんは分かるけど、宮本武蔵と戦ったことあるのかよ」
「いや、それはないが」
僕の言葉に、「なに言ってんだ、こいつバカか?」みたいな態度で柴田が答える。
知ってるよ、誰もお前が武蔵と戦ったなんて思ってねーよ。反語的用法だよ。
憤慨している僕を気にも止めずに柴田が続ける。
「バ○ボンドで武蔵の剣を知った。頭の中で武蔵との闘いをシミュレートしてみたが、何度やっても勝てなかった」
「「………」」
「じゃあ理佳先生はそんな歴史上の剣豪と同じくらい強いの?」
予想の斜め上を行く柴田の言葉に、僕と北島さんは思わず絶句。
武蔵を語るなら、せめて吉○英治先生の作品も押さえておけよ。
しかし、瀬能さんは何事もなかったのように話を進める。スルースキル高すぎだよね。
「ああ。先生がほんの少し殺気を洩らした時に分かった。先生は武蔵やオレの曽祖父より遥かに強い。先生は間違いなく史上最強の剣士だ」
三人で目線を交わして頷き合う。
間違いなくみんな確信した。
『『『こいつアホの子だ』』』
でも、そんな柴田が北島さんのツボにハマったらしく、僕たち四人でパーティーを組むことになった。
瀬能さんは北島さんの決定にはあまり口を挟まないらしいし、柴田は「人さえ斬れるならそれでよい」となにも考えていないみたいだ。
もちろん僕だって、瀬能さんと北島さんのカワイイ子が二人もいるパーティーに反対する理由なんかこれっぽっちもない。