第五話 ガイダンス
休み時間になり、早速瀬能さんに声をかけようとしたところで、僕は柴田剣剛に捕まった。
先ほど理佳先生と二人の世界を作り出し、クラス中をドン引きさせた男だ。
「いい女だな。理佳先生は」
ダン高の男子寮は二人部屋で、柴田は僕のルームメイトだ。
昨日が入寮日だったからまだ打ち解けてるって程じゃないが、今のところ校内で瀬能さん以外の唯一の知り合いだ。
だから、「知り合ったばかりで邪険にするのもどうかな」と思い話に付き合ったのが失敗だった。
休み時間中、理佳先生のどこが素晴らしいか延々と聞かされる羽目になった。
何度も話を打ち切ろうとしたんだけど、その度に柴田が無駄に引き伸ばしてきて、結局瀬能さんに話しかけるタイミングを失ってしまった。
昨日の様子では、もう少し落ち着いたやつだと思っていたんだけど、プロポーズの後で興奮しているのか、やけにテンション高めなのがちょっとアレだった。
だいたい、同意を求められても困る。
さっきのホームルームを受けた後で、理佳先生に粉をかけようなどと思うのはこいつくらいだろう。
僕もストライクゾーンは広いつもりだけど、あえて難しい変化球を打ちに行こうとは思わない。
なにせ周りにクラスメートのカワイイ女の子がいっぱい居るんだ。
柴田にそれとなく振ってみたら、
「乳臭い小娘には興味がない」
とばっさり切り捨てられた。
しかも、高め狙いか。狙い絞りすぎだろ。
そう言えば、「揺りかごから墓場まで」って言葉を初めて聞いた時は、全年齢対象なものすごくストライクゾーンが広い人のことかと思った。
「さすが、世の中は広いなあ。変態番付に挙がっている人とか僕でもついていけないからなあ」と感慨深かっただけど、後から本当の意味を知った。
うん、ペドは良くないよね。
昨日軽く話した限りでは、柴田がここまでかっ飛んだ奴だとは気付かなかった。
ほら、出会ったばかりの相手との会話って、お互い相手を探りながらの無難な話題を選ぶじゃん。
僕ってわりと人見知りだし。
いきなり、「女の子の脇ってセクシーだよね? ペロペロしたくなるよね? 柴田は毛があったほうが良い派? それともない方が良い派?」とか、さすがに聞けないじゃん。
それにしても、どうして僕の周りに集まってくる男子ってのはこう濃い奴ばっかりなんだろう。
まあ、競争相手が一人減ったのは良い事だ。
理佳先生攻略はこいつに任せて、僕の方はクラスメートハーレムルートを目指して行こう。
もちろん、メインヒロインは瀬能さんだ。
その瀬能さんだけど、休み時間中は右隣の席の女子と楽しそうに話し込んでいた。
たしか、北島しおりさんかな、マサカー・オンラインというMMORPGで大手ギルドのギルマスをやってたと自己紹介で言ってた子だ。
自己紹介で瀬能さんもマサカー・オンラインをやってたと言ってたし、知り合いだったのかな?
でも、瀬能さんがネトゲをやってたのは意外だった。
中学の時はそんな話まったく聞かなかったし、そんなイメージも全くなかった。
まあ、ダン高に来るくらいだから、ゲーム好きなんだろう。
瀬能さんの新たな一面を知ることが出来て嬉しかった。
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午前中は、教室での理佳先生による説明と白い部屋でのAI理佳先生によるチュートリアルとを交互に繰り返し、学校生活とダンクエに関するガイダンスに終始した。
まず、ダンクエについて。
新設校であるダン高にあるのは一年生の三クラスだけで、ダンクエはクラスごとに用意されたサーバでプレイするMORPGだ。
つまり、生徒が全員が同じダンクエというゲームをプレイするのだが、同じ構成の世界が三つあって、クラスメイト同士は一緒の世界でプレイするが、違うクラスの生徒は別の世界に居るのでゲーム内で出会うことがない、ということだ。
瀬能さんと同じクラスでほんと良かった。
下手したら、同じ学校なのに接点ゼロっていう焦らしプレイになるところだった。
あぶないあぶない。
次に、卒業要件について。
ダン高の卒業要件はシンプルで「ダンクエのメインダンジョンをクリアすること」だ。
この条件は、クラスごとに課されたものだ。
つまり、クラスの誰かがメインダンジョンのクリアフラグを立てたら、そのクラスの全員が卒業できる、ってことだ。
だから、クラスで協力し合いながら攻略していく必要があり、場合によっては役割分担も要求される。
そして、各クラスの攻略がどこまで進んでいるかは学内ネットで公表され、クラス間で攻略を競い合うようになっている。
となると、やっぱりみんな他のクラスに勝ちたくなるわけで。
「今学期の攻略で他のクラスに勝てたら膝枕してあげる」とか、「うちのクラスが最初にクリアしたら私の一番大切なものあげるね」とか、瀬能さんが約束してくれたりするってことだ。
大切だよね、インセンティブ。
次に、成績評価に関して。
今までに何度も言われてきたけど、本当に「ダンクエを攻略する」ことが成績評価の規準だ。
もちろん、英語や数学といった一般の高校と同じ普通科目もある。
これら普通科目では単元ごとのオンデマンド形式の教材が提供されている。
各単元ごとに授業動画とテストがセットに成っていて、テストで合格点を取ればその単元を修了したことになる。
そして、各科目についてその科目の必要単元を修了すれば、その科目を履修したことになる。
極言すれば、単元ごとのテストをクリアできるならば、別に授業動画をみる必要はないってことだ。
「ぶっちゃけ、普通科目は文科省の目を欺くための形式的措置だ」ってAI理佳先生が言ってた。
「そんなこと先生が言っていいんだろうか」と僕は思ったけど、「あくまでもAIの個人的発言で、学校側の公式見解じゃないから問題ない」そうだ。
それに、「仮想空間でのやり取りは適当にログを編集して文科省に提出するから全然オッケー」だそうだ。
やっぱりフリーダムすぎる。
「文科省の木っ端役人なんか、適当に接待しつつIT用語を多用した書類で煙に巻いておけばいくらでも誤魔化せる」とのAI理佳先生の言葉。
しかも、これは後になって分かったんだけど、普通科目の単元テストの解答はゲーム内でアイテムとして入手可能になっていた。
つまり、学校側が公式カンペを用意しているわけだ。
普通科目の勉強に時間を割く必要は全くない。
ダンクエ攻略に専念せよ。
これが学校側の真意だ。
あらためて凄い学校だなあ。
次に、ダンクエ攻略について。
成績評価はダンクエの攻略で決まると言ったが、これにはちょっと注意が必要だ。
もちろん、普通にゲームを進めていき、クエストをこなしたり、ダンジョンのボスを倒したり、ってのも成績評価対象になる。
でも、成績評価のうち大きなウェイトを占めるのが、「攻略情報をまとめてみんなに公開し、他人の攻略を助ける」行為だ。
その中でもメインになるのが、攻略情報をレポートにして提出することだ。
ダンクエでは、ゲームに関する情報が事前にはほとんど与えられていない。
AI理佳先生のチュートリアルで基本的なことは教わったが、教えてくれたのは本当に基本的なことだけだ。
たとえば、キャラクター情報なんかでもとても多くのパラメータがあって、「このAGIってなんですか?」って尋ねてみても、
「キャラクター情報の詳しい見方はポータルサイトで自分で調べるかゲーム内でNPCに尋ねろ」
と突っ返される。
潔いまでの投げっぱなしぶりなんだけど、自分で情報を集めて整理することもダンクエの大切な目的らしい。
ゲームを通じて情報処理能力を高めろってことだ。
そういうわけで、ゲーム内で出てくるアイテムやモンスターに関しても、ごく序盤のもの以外はまったく情報が与えられていない。
そういう情報、たとえば、
「〇〇の剣を作成するにはどんな素材が必要で、それらはどこでどうすれば入手可能か」
「〇〇の森で採取可能な素材や出現するモンスターたちの弱点やドロップアイテム」
などといったものをレポートにして提出すると評価されるわけだ。
僕としては、
「カワイイNPC攻略ルート(CG100%回収済み)」
というレポートを提出できるように頑張って行きたいところだ。
最後に、さっきちょっと出てきたポータルサイトについて。
ダン高には、生徒たちが利用可能な学内ネットがある。
学内ネットは学校から貸与されたタブレットを使って、教室や寮からアクセスできる他、ゲーム内の特定の場所からもアクセスが可能だ。
学内ネットでは、学校側からの連絡事項を見たり、生徒間でメールしたりできるが、その目玉はポータルサイトだ。
ポータルサイトには主に三つの機能がある。
ひとつ目は公開アーカイヴだ。
生徒が提出したレポートはここで公開されて誰でも閲覧可能になっている。
レポートは提出後にすぐに公開されるわけではない。
発見者の利益を確保し、提出を促すためにタイムラグが設けられているのだ。
ゲーム内で得られた有益な情報、たとえばレア素材の入手法などは、公開しないで独占した方がメリットが大きい。
かと言って、情報を公開しないでいると他人に先に公開されてしまうおそれがある。
情報独占のメリットとすっぱ抜かれるリスクを計算して、いつ情報を公開するかを自分で判断しなければならないのだ。
それに、提出されたレポートに間違いが含まれている可能性もある。
レポートに間違いがないか教師側で確認する時間が必要というのもタイムラグが設けられている理由のひとつだ。
タイムラグは原則として、同じクラスの生徒のレポートとなら三日間、違うクラスの生徒のなら一週間になっている。
また、公開アーカイヴにはレポート以外にも生徒たちの公開ディスカッションの記録がある。
たとえば、大人数で挑まなければ倒せないボスを攻略するための作戦会議を行うような場合、発言のログを取っておいて公開することが可能だ。
こういうディスカッションでの発言も成績評価に影響する。
「日本人はディスカッションが苦手だ」とよく言われる。
でも、僕はそんな苦手意識とは無縁だ。
むしろ、ディスカッションが好きすぎて困るくらいだ。
だてにファミレスでドリンクバー片手に、「第三十二回、嫁にするならどっち? ピ○チ姫vsゼ○ダ姫」や「原点回帰!! メイドvs巫女」や「今日こそ歴史に決着が!? 二十四時間耐久、ブレザーvsセーラー服」などの激しい論戦を乗り越えてきたわけじゃない。
店員さんの視線は氷点下だったけどね。
特に最後のとか絶対に営業妨害だよね。
ふたつ目は、ダンクエ攻略情報のまとめ、いわゆる攻略ウィキだ。
攻略ウィキはゲーム開始前の現時点では、マニュアル以外はほとんど何もない状態だ。
アイテムやモンスターの項目は生徒たちで編集していかなければならない。
攻略ウィキは誰が編集したかが分かるようになっていて、ウィキ編集も成績評価対象に含まれる。
攻略ウィキはクラスごとのもので、他のクラスのウィキも一週間遅れのものをみることが出来る。
最後のみっつ目は掲示板だ。
某匿名掲示板のようなスレッド形式の掲示板だが、こちらは完全に実名制で、誰が発言したか分かるようになっている。
それに掲示板でのやり取りも成績に加味される。
だから、誹謗中傷やセクハラ発言は迂闊に出来ない。
「おっぱいの最適カップサイズ」や「今期アニメの俺の嫁」について議論するなど以ての外だ。
また、掲示板にはクラスごとの掲示板と全クラス共通の掲示板がある。
他のクラスの掲示板は書き込みだけでなく、閲覧も不可だ。
他クラスにバレたくない攻略の相談とかはそっちでやれってことだ。
このポータルサイトのあり方からも分かるように、自力でダンクエを攻略する行為だけではなく、他人の攻略を助ける行為も成績評価対象で、むしろ学校側としては後者の方をより重要視しているということだ。
要するに、たとえ攻略の中心人物という花形のポジションでなくても、攻略情報を整理してクラスメイトをサポートすることで良い成績を収めることが可能になっているわけだ。
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最初に聞いた時はゲームクリアで卒業ってふざけ過ぎだろ、って思っていたけど、こういうふうにちゃんと説明されたら、なんか納得できる気もする。
言われてみれば、ゲームの攻略って勉強に似てるかも。
歴史の年号覚えるかわりに、アイテムの性能値やモンスターの能力値覚えたり、数学の問題を解くみたいにパズルを問いたり。
「未知のものに秩序を与えていくことだ。勉強よりも研究により近い」って理佳先生も言っていた。
クラスのみんなで協力して攻略していくってのも、チームでプロジェクトに挑む感じだし。
ただ座って授業受けているだけよりも、より実践的というか、社会に出てから役に立ちそうだとすら思えてきた。
そんな感じで色々と新しい情報をつめ込まれ、頭が沸騰しかけてきた所でようやく午前中の授業が終了した。