第二話 ニーチェは言いました
第二話は第一話に輪をかけて下らない話です。
第一話を読んで、つまらん、時間のムダだ、作者は病気、と思った方は、
そっとブラウザを閉じるか、後書きのあらすじだけ目を通すことをおすすめします。
友人たちのおかげで気持ちも切り替えて。
体調も元通りに戻ってきて。
今日になってやっと中学を訪れることができて。
三日遅れの卒業証書を一人受け取って。
進路指導室で担任にこれからのことについて相談して。
再び、僕は絶望した。
受験失敗はもう済んだことだから気にしない。
前を向いて今選べる中で一番良い選択肢を選んでいけばいい。
でも、その選択肢がヌマコーの一択とは。
このままじゃいけない。
ヌマコー行きになったら、僕の人生設計が台無しだ。
僕は高校生になったら明るく楽しいラブコメ生活を送るって決めてたんだ。
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瀬能さんをメインヒロインとしながらも、大人びた先輩からちょっとエッチな誘惑をされてみたり、通学途中の電車の中で他校の女子からラブレター貰ったり、後輩の女の子に「おにいちゃん」って呼ばれてみたり、ちょっと気になる同級生の子と放課後に二人っきりの教室で他愛もない会話していて、だんだん夕日が沈んできて、お互いなんか意識しちゃって、だんだん会話が途切れがちになってきて、彼女が「ねえ、キスしよっか」とか言い出して、そのまま流れに身を任せたい気持ちと瀬能さんへの気持ちとの板挟みになったり、幼稚園の頃に「おとなになったらケッコンしようね」って約束したまま親の転勤で離ればなれになっちゃった幼なじみが転校生としてやってきて再会して、それで「あの時の約束覚えてる?」ってちょっと恥じらいながら言われてドギマギしたり、色んな女の子たちとキャッキャウフフな、そんな古式ゆかしき王道のハーレムライフを過ごす予定だったのに。
それがヌマコーに行ったら、盗んだバイクで走り出したり、放課後には金属バットや鉄パイプをもった他校の不良集団が校門前でお出迎えしてくれたり、刺したり刺されたり、拉致ったり拉致られたり、本職の方にスカウトされてみたり、そんな岸○田少年愚連隊も真っ青なアウトローライフになっちゃうじゃないか。
某バスケ漫画じゃあるまいし、最初に用意していた本筋がダメだったらヤンキー漫画に路線変更で問題なし、みたいな準備を僕はまったくしていない。
「安○先生……!! ラブコメがしたいです……」
そもそも、水○洋平みたいな渋い脇役の友人が僕にはいないじゃないか。
僕の周囲にいるのは、クラスの女子全員のスリーサイズ予想表をつくってみたり、その正しい数値を入手するために身体測定の後に職員室に忍び込もうとして見つかって廊下に並んで正座させられてたり、女性の膝の裏とくるぶしのどっちの方がより性的魅力を感じるかとファミレスで二時間真剣に討論したり(ちなみに僕はくるぶし派です)、どうやったら「アイドルはおしっこしない」説を矛盾なく証明できるか考えていたり、悪い奴らじゃないんだけど、童貞力の高いちょっと残念な感じがただようそんな奴らだけだ――。
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ヌマコー行きだけはどうしても避けなければと、なんとか気を取り直してみる。
前回から長々と回想やら妄想やらしていたけど、実際は死刑宣告を受けてから一分もたったいない。
童貞の想像力を舐めたらいけない。「若い頃から女にモテてきた男の想像力は犬以下である」ってニーチェも言っていることだしね。
でも、そんなのとも高校生になったらお別れだ。
そのためにも、ちゃんとした進学先を探さなきゃ。
大人の階段を昇らせてくれる素敵なあの子と出逢える高校を早く見つけなくちゃ。
「先生、他にどこかないんですか?」
「うーん、そうは言ってもなあ……」
資料を繰り続ける担任の顔に困惑が浮かんでいる。僕は必死に食い下がった。
「ヌマコー以外だったら、どこでもいいですから」
「気持ちはよく分かるけどなあ……」
「なんだったら、女子校でも構いませんよ。ヌマコー行かなくて済むんなら、女装くらい屁でもないですよ」
セーラー服を身に纏う自分を思い浮かべて軽く吐きそうになったが、我慢して想像を続ける。
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麗らかな春の早朝。高校に入学してから一週間後。着慣れぬ新しい制服に違和感を覚えながらも、新鮮な気持ちで高校へと通学する僕。その途で、知り合ったばかりの同級生たちと挨拶を交わす。
「お早うございます」
校則通りにきっちりと着こなした制服、丁寧に編み込まれた三つ編み、そして、メジャーで測ったような等間隔の歩幅。
赤いフレームの眼鏡をかけているクラス委員長の高山さんだ。
ほっそりとした身体つきながらも、実は隠れ巨乳。
凡人の目は誤魔化せても僕にはお見通しだ。制服の上からでもはっきりと分かる。
清楚さとのギャップが最高の組み合わせだよね。
文庫本の小説を読みながら、ずり下がってきた眼鏡を直す仕草だけでご飯三杯はいけるよね。
「おはよう」
高い位置から声を掛けてくる彼女はバレー部の下柳さんだ。
ポニーテールを揺らしながら、広い歩幅で颯爽と歩いて行く。
長身スレンダーで手足が長い。
でも、モデルみたいに痩せぎすなわけじゃなくて、スポーツ選手らしくしっかりと筋肉が付いているバランスの良い体型。
そして、それに釣り合うように凛々しく引き締まった表情。
端正な顔つきをしているせいもあって、とてもカッコいい。
絶対、後輩の女の子からラブレターもらってるよね。お姉さまとか呼ばれてそう。
ああ、スパイクされてえええ。
「ごきげんよう」
ピシっとした背筋で姿勢正しく歩きながら礼儀正しく頭を下げるのは茶道部の山下さん。
サラサラの黒髪ロングストレートに透き通るような白い肌。
和服を着て髪をアップにした姿がとても似合いそう。
彼女は手がとても綺麗だ。
白くほっそりとした指先と女性ならでは柔らかさを持つ手のひら。しとやかで上品で、彼女のたおやかさを象徴している。
こういうタイプが意外と二人きりになるとゴロニャンとか甘えてきたりするから侮れない。
和服で正座とか、うなじとか、正直たまんないよね。
「おはよっ!!!」
急ぎ足で駆け寄って来て元気に挨拶するのはショートカットが似合うボーイッシュなソフトボール部の武田さん。
小麦色に日焼けした肌とキラリと輝く前歯がとても健康的だ。
クリクリとよく動く瞳はとても表情豊かだ。
まさに、目は口ほどにモノを言う。朝から全開な彼女を見ていると、こっちまで元気になってくる。
女の子の日焼けしている部分としていない部分の境い目にはノスタルジーが詰まっていると感じるのは僕だけだろうか。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………そして、僕は真理に辿り着いた。
「女子校に通えば、周りにいるのはみんな女の子だ」
女子。女子。女子。女子。女子。女子。女子。女子。女子。女子。女子。女子。女子。女子。女子。
パノラマ全開で三百六十度で女子。
どうしてこんな簡単な事に今まで気付かなかったんだろう。
やっぱり童貞をこじらせるとろくなことないな。
周りにアホな男子がいる生活していたら僕までどんどんアホになってしまう。
よしこんな生活とはもうお別れだ――。
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「先生、僕女子校に決めました。女子校です。女子校に行きます。春から僕も女子高生です」
「……」
「今まで男子校か共学校しか調べてなかっですよね? 女子校なら今から間に合うところあるんじゃないですか?」
「…………」
「いやあ、最高だな女子校。この世の天国じゃないか」
「………………」
「ああそうだ、将来は女子校の先生やるのもいいかもなあ」
「……………………」
「そう言えば、先生。なんでこんなところで教師してるんですか?」
「…………………………」
「せっかく教員免許があるというのに女子校で教えないとか人生ナメてるんですか?」
「………………………………広田」
「はい?」
「オレが間違ってたわ」
「先生もやっと真理に気づいてくれたんですね。先生も僕と一緒に四月から女子校で頑張っていきましょう」
「おまえはやればできる奴かと見直したけど、できるようになってもアホはアホのままなんだなあ」
アホの子に対する残念そうな表情で担任が僕を見る。
さっきまでの親身になって同情してくれていた態度は微塵もない。
ですよね。「僕女子校に決めました」とかあり得ないですよね。
真面目に相談にのっている生徒がいきなりそんなこと言い出したら、いくら温厚な僕でも助走つけて殴るレベルだ。
「とにかく、県内の私学は北沼高校以外もう全て募集を締め切っている。女子校を含めてもだ」
「そんな……」
「後は、定時制や通信制の高校か、寮がある県外の学校くらいだな」
ヌマコー送りになるくらいだったら定時制高校の方が百倍ましなんだろうけど、できれば全日制の方がいい。
それに寮生活ってのもなんか楽しそうだ。
だって女の子たちがすぐそばでお風呂入ったりトイレ行ったりしてるんだよ、二十四時間体制で。
しかも、何十人、何百人っていう十代の女の子たちが。
これ大人だったら、とんでもない大金積まないとできないプレイじゃん。
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仲の良いクラスメイトの女の子がお風呂上がりで濡れた髪に火照った肌で僕の部屋にやって来て、「あっつー」とか言いながらゆったりとしたTシャツをパタパタさせて、緩く開いた胸元や無防備なおへそがチラリズム。堪らんでしょ?
あ、でも、ピッチリとしたTシャツが濡れた肌に張り付いちゃって、ボディラインがくっきりと見えちゃって、「こうやって見るとこいつも結構胸が大きいんだな」とか思っちゃって、「もう、どこをジロジロ見てるのよ。このスケベ」っていう展開も捨てがたい。
うーん、難問だ。
本来なら、両者をもっと詳細に検討して、どっちがより優れているのかを厳密に論ずるべきだ。ただ、それをここに記すには余白が狭すぎる。
いずれにしろ、そんな彼女が「喉乾いたなー、それ頂戴」って、僕の飲みかけのペットボトルに手を伸ばし、返事を待たずにグビグビっと。それで一息おいてから、「えへへ、間接キスだね」って、照れたように微笑む――。
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完璧だろ。
もう悩むことはなにもない。
むしろ今までなにを悩んでいたのか不思議なレベル。(作者注:高校の寮は普通は男女別なので、実際には上記のようなことは起こりえません)。
「決めました。四月から寮生活始めます!」
「ただ、そういう学校は入居準備とかもあるし、まともなところはもうとっくに締め切ってると思うぞ」
僕の決断は二秒で撃沈された。がっくりと肩を落とす。
「ああ、そうだ。お前向きのとっておきが一つあった」
「どこですかっ?」
最後に与えられた一筋の希望に、僕は食い気味に尋ねた。
僕に向いてるってことはきっとカワイイ女の子がいっぱいいる学校に違いない。
「戸○ヨットスクール」
「全力でお断りします!!」
「北沼の締め切りは三日後だ。親御さんともよく話し合って、それまでにどうするか決めてこい」
第二話 あらすじ
担任曰く、「県内一のバカ高校が嫌だったら、定時制・通信制か県外の全寮制の学校でも探せば。無理だろうけどな、親不孝の屑野郎」