五分三十二秒
なんだったんだろう、あれは……。
今まで光輝は私のものを盗んでいたって事?
なんのために?
……訳が分からない。
「優奈ー? どうした?」
「あ、ごめん。ちょっとボーっとしちゃってた。何の話だっけ?」
隣の光輝に笑いながら誤魔化しながらも、私の頭はあの部屋の事でいっぱい。
あれを発見してから約一週間。
幸い、光輝にもバレていなくてなんとかやっている。
「んでさ、先週俺風邪引いたじゃん? 俺が寝てる間に優奈何してたの?」
!!
バレて……ないよね?
「んっとね、部屋を少し整理したり、あと携帯いじってたかな!」
ハハハ、と苦笑いで答える私。
まさか『あの部屋に入っていました』なんて言えるわけがない。
「あ、そうなんだ! 部屋ありがとうね」
「そんな! 全然平気だよ!」
誤魔化すために部屋整理しておいて良かったー。
……ん?
「優奈の?」
「みたい。ちょっと待ってて」
あまり鳴らない電話の着信音。
しかもお姉ちゃんからで、少し嫌な予感が頭をよぎった。
「もしもし?」
『あ! 優奈、大変なの! お父さんが倒れちゃって……。運良く命に別状はなかったけど重い後遺症が残るみたいなんだ……』
「……え?」
どういうこと?
お父さんが、倒れた?
後遺症?
聞きなれない言葉に私の頭はどんどん混乱していく。
『あたしは仕事で帰るの遅いから介護はできないし、お母さん一人じゃ無理なんだよね。あんた学校通いながら出来ない?』
「え、ちょっと待ってよ」
意味が分からない。
実家から学校なんてかなり遠いから通学だって大変だし、なにしろ介護なんてやったことないし。
『ごめん、無理言ってるのは分かってるんだけど、あんたしかいないんだよ』
「…………」
もし……。
もしも介護をするってなったら大学を辞めなきゃいけなくなる。
新幹線代とかばかにならないし、介護が必要ならこれからお金とかもたくさんかかる……。
大学か、お父さんか……。
「……わかった。やるよ。その代わり大学は辞めて行く」
『……本当にごめん。あたしも出来るだけ助けるから』
「うん」
『じゃあ……』
急いでいるのか、通話を切ったお姉ちゃん。
画面には『五分三十二秒』の文字が。
私、たった五分半で人生の大きな選択しちゃったのか……。
ショックや、やりきれなさ、そしてこれからの不安がどっと押し寄せてきて、近くにあった椅子に座りこむ。
「……優奈?」
遅いと思ったのか、光輝が来てくれたけど私は無反応。
なんか答える気力すら奪われてしまったみたいだ。
「優奈、大丈夫? 何があった?」
心配そうに覗き込む光輝に、簡単に事情を話すと、そっか。と言って優しく頭を撫でてくれた。
ついさっきまではいろんなことを考えていたけど、今はその優しさにすがりたくて自然と涙を流した――。