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果花

作者: 玉梓

 目の前に草原が広がっていた。腰ぐらいまで伸ばし放題の、しかし灰色に枯れた草たち。そこに立っていた。何処からか吹く潮の匂いを含んだ冷ややかな風に、身が震える。

 辺りは乾いた草原とそれらを広く囲む森のみ。唯一目に付くのは、その中心にそびえる石造りの建物。丸い城壁のような囲いが高さの異なる三本の塔が突き出る城のようなものを守る。建てられてから随分と時を経ているらしく、遠くから見ても風化で崩れ始めているのが解る。


 もう少し足を進めてみた。首を右に左に動かしながら歩く。ほのかに生臭い香りが嗅覚を刺激する。

 時々草の隙間から、白くて細長いものが見えた。太からず細からず、短いものもあれば少し長く感じるものもある。白いものの一部が、黒く染まっているものもあった。


 建物の正面に立ち、見上げ、ふと思う。何処かで見たことのあると。・・・そう、いつか読んだ外国の小説に、挿絵として描かれていた城の絵に似ていた。昔、ある戦いの舞台となった城と草原。幼馴染の恋人を残して戦地へ派遣された青年が、迫る敵を剣一本で戦ったという、青年の勇ましさ、紡がれなかった愛を綴った物語。結局味方は負けを喫し、「必ず帰る」という恋人との約束を果たせず、彼は力尽き、共に戦地で戦った、そして息絶えた友の隣で息を引き取った。

 どこかありふれた話だが、実際、親類やその戦場に居た者などの多くの証言に基づいて創られたノンフィクションだと、文の最後に書かれていた。

 あの絵よりは古めかしく感じるが、飾り気のない城壁、突き出る3本の塔、配置が似通っていた。


 もしやここは、あの小説で語られていた場所なのだろうか・・・。


 人々を城の地へと導く、城門を見つめる。朽ちて、原形が残っていない、アーチ型の門。その奥に一回り小さい、もう1つの門が見えた。門の中に、あの白いものが撒き散らされている。

 私は遠くに焦点を当てる。ぼやけていた白いものの輪郭がはっきりと見えてくる。そして「それ」が何なのか、気付いた瞬間、私の心臓が大きく鼓動を打った。

 白くて細い棒。その傍らに寄り添うように転がる・・・空ろな頭蓋骨たち。


 「白いもの」あれは全て、「骨」である。




 辺りの光景に硬直した。潮風が一層私を固める。

 そんな中、私は何かの温もりを求めた。そしてそれはあの門の奥に群がる骨の何処かにある気もした。残酷な光景に、足が躊躇う。


 ふと右頬にやわらかな風が触れた。見ると、隣を鳥が通り過ぎていた。真白く、長い尾の先が春の暖かな空色に染まった小鳥。何処か懐かしい気もした。

 私の正面で空中停止をする。小さく円らな目と目が合う。そして短く泣いた。小鳥は向きを反し、飛行していった。あの城の中へ。

 私がただその様子を眺めていると、小鳥は再び停止し、瞳をこちらに向けた。来い、ということらしい。戸惑ったが、しかししばらくして、ゆっくり足を踏み出してみた。それを見ると、小鳥は安心したように、また体を前へと動かす。

 空を翔る小鳥の尾が揺れる。灰色や茶色などの寒色に浮かぶ白い鳥は、何処か別の時空にいる様で、不思議だった。

 踏み出すたびに鳴る足元の乾いた音は、城の門をくぐると少し薄れた。骨と骨の間から、何本かの草が辛うじて生きようとしていた。小鳥が速度を上げる。私も足を速めた。小鳥は2つ目の門を潜ると、軽快に右へと向きを変え、壁の奥へと消えた。しばらくして追いつき、同じように門を潜って足を止めた。


 ―小鳥は姿を消していた。


 そこにはただ一層密度の増した骨が一面にあった。

 視界から城壁が取り払われ、晒された城は、思ったよりも小さかった。木造のドアや窓は腐食し、一部しか残っていない。下は枯れかかる、ツタのようなに大きな葉とツルに覆われていた。

 私は足を踏み出し、何か―誰かを探していた。何故だかは解らなかった。しかし1つ1つ頭蓋骨と見つめ合った。踏まないようには注意したが、時々骨を踏んでしまうときがあった。

 小鳥の消えた右側の壁を辿っていく。私はあるところで足を止めた。そこは壁の一部分である。足を骨に覆われた草々。その隙間から何かが見えた。私にとってとても大事なような、そんな気がした。草をそっと掻き分けると、すぐに折れて、それは姿を現す。

 文字、だった。何か尖ったもので浅く彫られた、とても崩れた文字。その周りには、黒く染まった血跡が残る。

『愛する人へ』

 見たことのない文字で書かれていた。その下も少し削れていたが、文字にはなっていなかった。私は触れた。浅すぎてか、壁のざらざらとした感触しか指先には伝わらない。しかし嬉しかった。

もう一度文字を見つめる。癖のついた文字。要らない横線を書いて。そう、よく怒られていた・・・。どうしてか、経験したはずのない、知らない記憶が頭をよぎった。


 その時だった。何かが私の体を覆った。後ろから、もたれるように、腕が私の首を包む。温かく、しかし冷たくもある。左頬に震えた吐息が触れる。唯一確認できる腕の青い衣は破れ、血に染まる肌が見えた。

「信じていた」

 左の耳元で男は呟いた。何かを怖れた、しかし安心した声色。それは、初めてなのに、久しぶりに聞く、暖かな懐かしい声。

「お前なら来てくれるって。だから待った。思った通りだ。お前はいつも俺を助けてくれる。弱虫な俺をよ・・・」

 今にも消えそうな声で、彼は笑う。懐かしい声と温もりと香。心を満たす喜び。甦る、私が産まれる前の私の記憶。彼ともう1人の少年、私。3人で過ごした、何百年も前の思い出・・・。

 私は振り向いた。誰もいなかった。開いた口に冷たい空気が入りこむ。そっと閉じた。体にはまだ彼の温もりが残っていた。制服の首もとは赤く染まり、左肩は少し濡れていた。

 足は近くの骨を踏んでいて、その近くにさっきまではなかった短剣があった。光沢をなくし、錆びきった剣だった。取って、握る。とても冷たかった。

 うつむいた私の口から、震えた音が漏れる。それは彼のように笑ったのか、彼のように泣いたのか、解らない。

 途端、風が凪ぎ、湿りを含んだ空気が全身を触れていく。しかしまた冷ややかな風が覆う。

 私はそっと呟く、誰にも聴こえない声で、しかし死者には届く思いで。


 壁の文字の下で規則正しく並ぶ2つの頭骸骨、片方が蠢いた。



 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。作者らしき玉梓さんでした。



 この作品は、別サイトで行われていた「覆面作家企画」で公開させていただいた作品です。

 云々の事情により、文字数が2000文字までという制限があり、まぁそれくらいでまとまるでしょ、と思っていた玉梓がアホでした。


 2000文字なめてた・・・


 と、いうわけで出来上がったのが2300文字くらいだったんですよね。これでまず「パンチ」を食らったわけです。

 その後に皆さんの作品が素晴らしすぎて、玉梓のだけ浮いてて「アッパー」食らい、その上1人だけ携帯小説の書き方にしていなくて、それで「ジャーマンスープレックス」を食らってK.O.ですよ。

 今回はその2000文字のためにきった分に、文字制限考えずにいろいろ付け足してみました。


 ちなみにこれのもともとは、玉梓が考えていた「花冠」という歌をモチーフにした作品の番外編みたいな感じなんです。機会があれば、そちらの方も完成させたいものです。

 そして、ぜひこの物語のエンディングに、「碧の香り」をかけてくれたら嬉しいです。創った後に気付いたんですが、意外と合ってます。


 というわけで、以上、玉梓でした。

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