第45話:アルトは、右脚を振り上げた。
お久しぶりでございます。夜来です。
4月ってこんなに忙しい物だっけと考えてます。
――Side ヨライ――
サタナー・エリアの大悪魔、ハーセは焦っていた。
何度攻撃しても立ち上がる人間の4人。そして、2日ほど眠り続けるはずの魔法針を刺された少年、アルト=シューバの早すぎる復活。アルトの強さを双頭龍との戦いを見ていて理解しているハーセとしては、この復活は脅威でしかない。
「――――ブ、ブレイタ! 魔法針の効果は、2日眠り続けるはずではなかったのですかッ!?」
「《そのはずです! 眠っている時など、無意識内では絶対に解除できないはずなのですが……》」
気が動転するあまり、思わず唾が飛ぶ問い。ハーセにしか聞こえない思念話で返す、今は刀身が真っ黒な長剣になっているブレイタ・ディアリス。壊剣の名を持つ彼も、アルトの復活にはハーセと同じように驚いているようだった。
2人の会話を聞くアルトにはハーセの声しか聞こえないのだが、大方何を話しているか理解はしたようで。何時もの笑み――本当にアルトが日常の中で出すような笑顔を浮かべると、口を開く。
「あー……まぁ俺でも説明は出来ないし、したくないけどさ……現に俺はこうやって復活してんだ。そんなに焦る必要、無いんじゃねぇか?」
「……くっ……大体ッ! 私の《貫け、闇の陽光線》を拳1発で……本当に人間なのですか、貴方は……!」
……《貫け、闇の陽光線》。
これはハーセが扱う闇魔法の内、状況によっては最大の破壊力を持つカウンター技だった。
相手の攻撃を黒い半透明のドームで吸収し、その分を相手に返す単純かつ凶悪な技だ。何分、今回はダントの《聖礫槍》、リスニルの《突き抜ける大地》、そしてエイナの《伸長》で威力が増幅された大剣と、高威力の攻撃が3つも向かってくる。相手を1発で倒すには、まさにもってこいの技だった。
そう、そのはずだった。
「失礼な、俺はれっきとした人間だぜ? ……まぁ、さっきのは練習になったぜ? 《闇魔法》を試すには、な」
ハーセはそこで気付いた。なぜアルトが《貫け、闇の陽光線》を消すことが出来たのかを。
……闇属性魔法は『闇』という黒い粒子で他の魔法を再現する。聖属性魔法の『聖』とほぼ同じ要領。そして、闇属性と聖属性は互いに強めあい、同じ属性同士では弱めあう。つまりアルトは、拳に『闇』を宿し、《貫け、闇の陽光線》にぶち当てたのだ。ハーセの魔法よりも強い『闇』を纏ったアルトの拳は、まるでガラスを叩き割ったかのように黒いドームを打ち消した。あたかも、XCM決勝戦を、そのまま反転させたかのように。
「闇魔法だと……? 貴様、闇魔法は元来、サタナーの魔人……それかその肉を喰った者しか使えない魔法だぞ……」
アルトの口から飛び出す、《闇魔法》という言葉。XCMの当事者であり、ハーセとの戦いで膝をつくダント=サスティーフは、その発言に驚きを隠せない。
しかもダントが言う闇魔法が使える者の後者、サタナーの魔人の肉を食った者はその体を瘴気に侵され、狂人と化してしまう。故にサタナーの魔人を狩り、その肉を喰おうとする者は居ない。だが、アルトは見る限りその様子は無い。……とすると、可能性は1つ。
「……【創造主】……その【チカラ】は闇魔法でさえ、創り出せるというのか……」
これは、エクシル魔法学園1年次でダントに次ぐ第2位という位を持つリスニルの言葉。呆然としたその顔は、今自分の目の前で何が起こっているのか、途切れ途切れにしかわからない。そんな顔だった。
「ま、そんなとこ。……俺もちょっと驚いたけど」
「――――――!! ブレイタッ!! 本気で行きますよ!! ……あの少年は、私の名に掛けて必ず殺します!」
「《はい、ハーセ様ッ!!》」
もう耐え切れないとばかりにハーセは叫び、それに長剣は何時もと同じように元気良く答える。ハーセの体からは黒いオーラ……多すぎる『闇』の粒子が大気中に流れ出し、具現化したものが溢れ出し、それを見る者に威圧感と畏怖を与える。……尤も、アルトには効果が無いのだが。
駆け出したハーセ。地面を1踏みするだけで、その体は楽々アルトのすぐそば……長剣の射程圏内まで届く。エイナの大剣を使い物にならなくした間接的な原因となるそれは、『闇』を地面に噴出させてその反動で動くという、ジェットエンジンのような技。勿論加速度は噴出すものが多ければ多いほど強くなり、『闇』がオーラ化するまでに量を多く持つハーセだからこそこれは威力を発揮する物だった。
そして、神速の速さ……アルトが感知できないほどに早く近づければ、後は長剣を振るだけ。ヒットした部位の組織は『壊れ』、大きくダメージを与えられるはずだった。
実際、アルトはハーセが長剣を振るまで、何らアクションを起さなかった。そして、振ってから起したアクションは1つだけ、右腕を上げただけ。その剣を、ガードでもする様に。
剣と腕が直接ぶつかり合ったとは思えない、とても鋭い、金属的な音が鳴り響く。アルトの手前、ハーセは驚愕を顔に浮かべる。……それは、「Nameless」の4人とて同じだった。大上段から一気に振り下ろした剣が、なぜ生身だろう腕に止められるのか。そして長剣の『壊す』力が、何故発動しないのか。
そんな考えを頭以外に表す前に、アルトは呟く。
「……そんなで斬られてるぐらいじゃなぁ……」
ハーセが硬直した一瞬の内に無傷の右腕を捻り、剣を体の外へ逃がすと同時に、ハーセが剣を持つ両手を握る。その力は、ハーセが振りほどけないほど、強く。
何故ハーセの手を握ったか。理由は単純、逃げられなくする為である。
それによってもう一度固まったハーセが、ヒュマン・エリアで言う転移を実行する前に……アルトは左拳を握った。顔は、歯軋りこそしているものの、笑顔。
「――――――今頃、俺は死んでんだよォッ!!!!!!」
軽く体を沈み込ませてから放たれた拳は、元の世界で言う「アッパー」だろうか。それがハーセの腹、もっと言えば鳩尾に直撃した瞬間、握っていた右手を離すアルト。当然、ハーセはアルトの捕縛から離れることとなる。普通なら数十cm飛ばされるだけで済むだろうが、何分、相手はアルトだ。
鈍いパンチが当たった音がした後、ハーセの体が浮いた。「ハーセの体」という威力を分散させる要素が有っても尚、ハーセの体を2mほど吹っ飛ばすアルトの拳。……当てられた方も、タダでは済んでいない。
「……ゴ……ハッ……」
「(……何という威力……これは……肋骨が折れましたか……!?)」
肺から空気が押し出され、空中を舞う中で思わず呻いてしまうハーセ。大悪魔といえども、アルトの拳を無傷で受けきるというのは無理だったようだ。……ハーセが瞬時に考えるのは、着地してからの攻撃。あの拳を受けないようにと算段するも、アルトは着地すら許さない。
着地の態勢を整える前にちらりと横目でアルトを見たハーセは、思わず息を呑む。その時既に、アルトは右拳を握っていたのだから。
「――――――!! 《闇消し》!!」
アルトの放った、龍でさえ血溜りに沈むほどの強烈な拳。高威力&低反発に設定し、そのまま連打を叩きこもうと画策していたのだが……ハーセが片手を突き出して《闇消し》……《転移》のような魔術を発動し遠くへ逃げたのは同時。拳は、魔術の残滓である宙に浮かぶ黒い物質を突き破るに留まった。
アルトが顔を上げたとき、丁度ハーセが黒いベールのような物から出てくるときだった。その距離は、およそ200mほどだろうか。転移の魔術は、1度に転移できる距離によってその魔術師のランクが決まるといっても過言ではない。通常の魔術師は50m。出来ても100mほどだろうことから、人間と比べると極めて優秀な魔術の使い手ということが分かる。
――――――なのだが。アルトが見える範囲に転移したということは即ち何を意味するか、まだハーセはわかっていなかった。
「――――――ッ……」
遠くに逃げたことで、ある程度の精神的余裕が出来たハーセ。だが、このままうかうかしているとまたやられてしまうと、負傷しているとはいえ確りとこの事を考えることが出来るのは流石大悪魔といった所か。回復をしても間に合わない、高火力で押し切るのが得策……。そう考えたハーセはキッとした目つきで、今頃此方へ向かっている少年を見ようと首を回し、少年は居なかった。
しかしながら、自分の真上に影はあった。右脚を大きく上げ、踵落しをするように。
「――――――――ァ……」
声は出ず、ただただ自分に掛かる少年の影に口をあけて惚けるばかり。……少し、体が傾いた。
その隙をアルトが見逃すはずもなく、アルトの右脚が、風のように早く、ハーセの頭に向かって一直線に、振り下ろされた。
「ォォォォオラアアァァァァァァ!!!」
アルトは、ハーセのように転移をしたわけではなかった。ただ、早く走っただけ。勿論、到底身体強化魔法で出せる速度ではなく……それに耐えられるほど人間の体は丈夫では無いだろう。そして、繰り出した踵落しは、それこそ人間の体を引き裂いてもおかしくないほど威力を上げていた。どちらも、【創造主】で作り出したものであることは、言うまでも無い。
壮絶な衝撃音と周りが一瞬霞むほどの砂埃とともに、深さ数十cmのクレーターが出来た。10秒ほど経った後、靄が晴れた頃。中心には、黒いドレスを纏った麗人が倒れていた。肩から上は、何かの刃物でばっさりとやられたかのように切り裂かれ、一直線に逆方向の腰にまで達している。人間と同じ、赤黒い液体が流れ、黄土色の大地に吸い込まれている。
「――――――……が……ぁ……」
「相手が悪かったな。俺が言うのも何だけど」
相変わらず口と目を大きく広げて驚愕の表情を浮かべているハーセ。アルトは、そんな大悪魔をクレーターの外から見つめるアルトは、そこまで嘲りや喜びを表情に出しているわけではなかった。むしろ友達に話しているような、いたって普通の表情。口数も、あまり多くは無い。
声を出すのも辛いといった顔でアルトを睨むハーセ。―――――だが、このまま勝てるはずが無いというのは、当事者であるハーセが1番良く分かっていたらしい。「それ」を悟られぬよう、ハーセは口を動かす。
「……強い……ですね……」
「……そりゃ俺だからな。大悪魔とか敵じゃないから」
ストレートに物を言うアルトに、ハーセは敵ながら少し笑ってしまう。自分の力を超越したこの少年には、魔王にだけ抱くべき敬意まで払ってしまいそうで……ごちゃ混ぜになった感情を全て売り飛ばすように。
「……でも、私には敵いませんよ。《弾け飛べ、闇の眷属》」
アルトが、それを魔術の呪文だと判断するずっと前に、ハーセの体は丸ごと爆弾と化していた。そのまま、爆弾は着火され、周囲一体、勿論、1番近くに居たアルトの体をも巻き込むような勢いで。
炸裂した。