第36話:アルトは、腕を左に薙いだ。
お久しぶりです。
gdgdしてたらもう12日、死にたい。
というわけで、VS双頭龍戦、決着です。
――Side ヨライ――
『《始まりの砂刃嵐》ッ!!!』
双頭龍から発せられる、人語の詠唱。
長い2つの首の内、右方に構える茶色の頭……グランは、思慮深そうな、重厚な声。
左方に有る薄緑の頭……ウィンは、やけに「今風の若者!」といった軽々しい声。
2つの声は、自らが領域に設定した広大なローカルド大平原一帯を、砂嵐で覆い尽くした。
その龍に立ち向かっている人間6人。エクシル魔法学園生徒で構成された、チーム「Nameless」はいきなりの砂嵐に驚愕を隠せない。
「なっ、砂嵐……ッ! 平原で砂嵐だと……!?」
チームリーダー、ウェスレイ・リスニルもその1人だった。いつも冷静なリスニルも、さすがに驚いたようで。
「クソ……ッ! 前が見えない……」
視界は、自分が手を伸ばして辛うじて見える程度。つまり、1mも無い。
というより、大量の砂によってまともに目が開けていられない。今は咄嗟に腕で防御しているが、剣を振り回すとなればそうはいかない。
即ちこれは、この砂嵐を操っているのだろう敵の龍にとっては非常に有利であり、こちら側にとっては非常に……そして非情に―――不利だ。
「皆、防御だッ!! 敵はどこから来るか分からないッ!! 全方位に気をつけろッ!」
砂が少々口に入るのを無視して、リスニルは叫ぶ。勿論、同じチームのメンバーへと。
ゴオオォォォ……と、砂を孕んだ風が空気を切り裂く音が断続的に聞こえ、最早その叫びが通じたのかさえリスニルには判断不能だった。
遠くから「わかった……」と小さく聞こえた気がするが、それが誰なのか、そもそも本当に聞こえたのかすら分からない。
視界が閉ざされた時―――――そんな時には如何すれば良いか。
幼少期から剣術と共に騎士の精神、戦法を父から学んできたリスニルの記憶の中にあったその解決策は、防御一辺倒。
目が潰された時、攻撃するのはまず論外である。敵を早く倒そうと焦り、あらぬ方向に攻撃が飛んで味方に当たるのは本末転倒でしかない。
そもそも「目が潰される時」というのは「失明した時」と「相手により視界が遮られた時」位であり、最悪、大規模魔術を使わなければ解決できない。
そして、今がその「最悪」であり、少しでもダメージを減らそうと防御に転じ、過ぎるのを待つ……。それが理だと、記憶は語る。
彼女は手に持った『クラッカー』を横に構え、防御に入る。
だが、あれほどの攻撃力を持つ龍が、ただ単に目潰しをするだろうか?
そんな疑問が浮かんできたリスニルだったが、もう遅かった。
ヒュンッ。小さく聞こえたそんな音に、リスニルは「何だ?」と頭の中で疑問符を浮かべる。
それが分かるのは、それから数秒後。
「グッ!? アァァァァッッ!?」
ヒュンヒュンヒュンッッッ!!!! と、先ほどの音が連続して、一斉にリスニルの鼓膜の中を通り抜ける。
風を切り裂く、刀剣類で素振りをする音に良く似ていた。
そして、それがリスニルが認識する辺り、100以上は聞こえる。しかも、全方向から、一斉に。
動こうと脳に信号を送るのさえ、出来なかった。
気づいた時には、痛みに耐え切れず叫んでいた。剣を構えていた前面以外の全方向から、鋭利なナイフで切り裂かれたような、そんな痛みを感じる。
いや、違う。切り裂いた後、無理やりその傷口を抉られるような。それがほぼ全方向から。
彼女がこの遮られた視界の中で、ましてや絶叫する痛みの中で知るよりも無いのだが、彼女の体は、小さな切り傷で覆われていた。
顔や腹などの前面は守られた物の、ダメージを負った方が広い。
一つ一つの傷は小さいが、それが大量に在るなら話は別だ。むしろ、ダメージ的には此方の方が大きいだろうか。
脚や背中のダメージは甚大すぎる。腹に斬撃を加えられるのとほぼ同意義なのだ。
膝を突いた。それからさほど時間も掛けず、リスニルの体は倒れた。
最後に、リスニルは視界の端に白い光のような物を捉えた。しかし、アレはなんだろうかと考える暇もなく、意識が飛んだ。
――――
そして、「Nameless」の他のメンバーにとっても、それは予測できない攻撃だった。
全方向からランダムに飛来し、鋭いだけではなく、その後傷口を抉られるかのような刃物。それが100本以上も、自分を狙うのだ。
ソフィの《晶壁》や、エイナの《伸長》による超長刀身の大剣、ラウスの《巨人》系の【チカラ】は、悉く突破された。
3人は直接身を守るのではなく、持った武器や【チカラ】で一方向だけを守っていた。故に、全方位からの攻撃に対応できなかったのだ。
そんな中、エクシル魔法学園、1年最高位のダント・サスティーフまでもが倒れていた。
砂嵐が発生した直後、ダントは即座に《聖域》を発動し、死角からやってくる龍の攻撃に構えようとした。
今まで《聖域》はアルトだけが唱えていたが、元々ダントは【「聖」を操るチカラ】の持ち主であり、《聖域》を使えない道理は無い。
そして、その《聖域》は聖属性最上級防御魔法。幾ら龍にしろ、その壁は突破できない。彼は、そう思っていた。
その予測は当たっていた。《龍焔》では、いや、そのほかの攻撃にしても、《聖域》は破れない。その予測は。
だから、微かに彼は慢心し、《聖域》のドーム内に入った砂嵐の砂に、全く気を置いていなかった。
龍の奥の手が発動した。
リスニル他4人を傷つけたその刃物は、《聖域》を発動しているはずのダントにまで襲い掛かる。
最初に、脇腹に刃物が突き刺さった。途中まですんなり突き刺さったそれは、途中からザラザラと、まるで傷口の肉をを鑢で削るかのように突き進んだ。
「グアアアァァァァァァッッ!?」
絶叫。その表現が正しいダントの叫びだった。傷はそれだけではなく、右足に2本、左足に1本、そして、背中に2本ほど、突き刺さる。紅い液体が、吹き出、滴る。
砂嵐が吹き荒れているのにも関わらず、《聖域》が解除された。つまりそれは、ダントが意識を手放したということ。
ダントも、視界の端にチカッと光る物を認識しながらも、考える暇はなく。ゆっくりと体を地に沈めながら、闇へと堕ちていった。
――――
――― 一方。砂嵐が吹き荒れるローカルド大平原に1箇所だけ、台風の目のように何時もと変わらない地点があった。
そこは半径10mほどの円形で、先ほどまでリスニル達が戦っていた場所の近くだった。そしてその中心点には、巨大な影が有った。
『ギャハッハッハッハッッ!!! グランよぉぉぉッ! 何時見てもこの光景は楽しいなぁぁぁっ!!』
何かに毒されたかのように興奮し、茶色い砂が駆け回る様子を楽しげに見つめる薄緑の首。
『唯一の欠点は、人間共が刃に斬られ、突き刺され、倒れる様子を見られないということじゃがな……』
落ち着き払った様子で、少し悔しげな顔で辺りを見つめる茶色の首。
双頭龍のウィンとグランは、彼らの最終兵器「《始まりの砂刃嵐》」で相手が全滅する時を待っていた。
龍が元々体内に宿す、人間にしてみれば多すぎる魔力を存分に使って放つ、殲滅魔法。
この魔法を受け、立った人間や魔獣は居ない。昔この龍に挑んだギルダーズも、この魔法でほぼ壊滅状態になったのだ。
『……しっかし、グランよぉ。アイツ、一体何物だったんだ? 無詠唱なんて、聞いたこと無ぇぞ』
大きな首を相棒に向け、尋ねるウィン。その声には、若干の怒りが込められている。
風で形作られた槍を、自らの風で超加速させ放つ、《風槍》。ウィンの十八番だったりする。
人間の魔法、《風針》よりも速いそれを知恵で「解いた」あの少年を、未だに根に持っているようだ。
対して、茶首のグランはあっさりと言う。
『……わからん。じゃが、とんでもないヤツじゃという事はわかった』
『だが、此処ではくたばってるだろうなぁ!! いかに詠唱無しで魔法を唱えられるとはいえ、これを避けられるとは思えねぇもんなァッ!』
『……』
嘲るように笑うウィン。しかし、グランはどこか合点がいかないといった様子で、俯く。
『どうしたよ、グラン。あいつ等はじきに死ぬ。あの黒髪が可愛かったから助けたいとか、人でもねぇのに人情味に溢れた事、言うんじゃねぇだろうなぁ?』
『阿呆が。言うわけ無かろう。……その少年じゃが……、やはり納得いかん」
軽口を叩くウィンは、それをあっさりと流されたことにもイラッとしつつ、その内容を尋ねた。
『……何がだよ』
『……魔法を無詠唱で放てるほどの人間が、あっさりとこれでやられた事じゃ。
……忘れたか? あの時の人間達を。……1人だけ、この砂嵐に打ち勝った人間が居た事をな』
『……っ!! ……その話は止めようぜ、グランよぉ……。アレで死に掛けたんだぜぇ? 俺は……』
グランが語る過去に、顔を顰めるウィン。
そう、昔の出来事。ある人間の一団が、ローカルド大平原にやってきた時の事。
《始まりの砂刃嵐》でチームのほぼ全員を沈めたウィンとグランだったが、たった一人、それを打ち破った人間がいた。
結局その人間も戦いで死んだが、ウィンの額には、今も残る十字の切り傷が入ったのだ。
『……そうじゃな。あの男が使った戦法は多大な魔力を要する。あの少年には出来ぬじゃろう』
『だなっ! さて、もう砂嵐を解いても良いんじゃ……』
ウィンが何かを察知した。言葉が止まる。
「――――ソイツがどんな事をしたのは知らねぇけどよ」
そこで突然聞こえる、あの少年の声。どこからかは分からない。
ウィンもグランも、耳を疑った。
「あの砂嵐を掻い潜れる訳が無いとか、多大な魔力を要するとか」
『……嘘だろ?』
『……』
「そういう『常識』なんざ――――俺には通じねぇよ」
瞬間。パシュッという気の抜けた音と共に、砂嵐が「消えた」。
一瞬で、何事も無かったかのように晴れ渡るローカルド大平原。
「皆気絶しちゃったからよ……翼、頂くぜ? 双頭龍……」
『風龍焔ッッ!!』
その言葉を言い終わる前に、ウィンが動いた。風属性の《龍焔》……直撃すれば鎌鼬でミンチになること必死のそれに、少年はというと。
「《聖域》」……と、一言呟くだけ。
それだけで、緑色の炎は少年を覆うように現れたドームに阻まれ、四散する。
「なわけだ。それじゃ」
少年は、手を右から左に薙ぐ。
突如龍の横に、ちょうど首を刈る様に現れた巨大な刃は、「少年の手と連動している」と嫌でも直感的に分かるだろう。
無詠唱された魔法の名前は、無属性上級攻撃魔法《断罪の落下刃》。
鈍く光るその刃は、無属性で攻撃力が高く、並大抵の壁なら一振りで斬ることができる。
何をするでもなかった。
ただその状況を受け入れなければいけなかった。
刃が動く。まず最初に、1つ首が飛んだ。
『(……ふぅ。案外、あっけなかったのぅ……)』
そんなことを思い、目を薄く開けたグラン。
首に何か当たったと感じたときには、既に視界は、大きく大きく傾いていた。
そして、頭が何かに当たった時には、もう「感じる」事すらも出来なくなっていた。
今回は意味も無く作者視点にして、ちょっと息抜きしてみました。
ホントに訳は無いんです。いやホント。