リリー、パーフェクトフレンド
スカートのポケットから青い錠剤を取り出して洗面台の蛇口を捻り手で水を掬って一緒に飲み込んだ。
落ち着け、落ち着け、すぐ効くはずだ、お願い、今のうちにはやく来て。私はおまじないを唱える。私はさっき教室から逃げてきたところだ。私の前で何人かのクラスメイトが私を笑ったのだ。
私は何もしていないのに私の些細な行動が気に入らない、気に入らないのが先に来て、それに合うように私の行動を取り上げているのだ。幼馴染みが割って入ってくれたけど、彼女達は無視して私を笑っていた。深く息をする。ガチャと個室が開いた音がした。
「大丈夫?」
鏡越しに彼女と目が合う。私が振り返る。
「リリー」
最高のタイミングだ。
「ちょっと酷い顔してるね」
前髪が切り揃えられた彼女は困ったような、笑っているような複雑な顔をしていた。
「大丈夫、じゃないよね」
リリーが真っ直ぐに見つめてくる。
「またいつもの奴ら? 本当懲りないね」
リリーは私の代わりに両手を腰に当てて、大げさな身振りで怒ってみせた。
「外の空気吸いに行こうか」
「屋上? でも」
こないだ事故があって屋上へのドアは封鎖されたはずだ。
「カギ、私持ってるんだ」
リリーは右手でカギを見せてくれた。
「行こう」
リリーに手を引かれ廊下を歩く。さっきまで教室にいたメガネをかけた幼馴染みが廊下で私を見つける。
「どうした、真っ青だよ。保健室行った方がいいんじゃない?」
「うん、ちょっとリリーと一緒にいるから」
「え、どこに?」
「屋上で涼んでくる」
「屋上はダメだよ!」
彼女から目をそらして私とリリーはドア前まで来た。私はリリーからカギを受け取ってドアを開ける。勢いよく風が吹き込んできた。
「端まで行こう」
リリーは私を引っ張って屋上の端まで移動してフェンスに寄りかかった。私もならって横に並ぶ。
「全く、あいつら」
リリーが言った。
「でも、悪気はないかもしれないから」
「そんなのどうでもいいじゃない。あなたが不快に思ったのなら、それがすべてだよ」
「そう、かな」
「そうそう、あなたは何も悪くない」
「うん」
「私がガツンと言ってやればいいんだけど」
「うん、そう思ってくれるだけで嬉しい」
リリーは私と同じ教室ではないから彼女達の前には現れない。それは仕方のないことだ。教室で他に私をかばってくれるのは一人だけだけど、物言いがキツいのか彼女達に相手にされていないし、私も少しだけ苦手意識がある。
「あいつは当てにならないからね」
「そうだけど、心配はしてくれるから」
「うーん、どうしたらいいか」
リリーは自身の口元に指を当てた。
「なるべく、我慢する」
「そういうのよくないと思うけど」
「うん」
「私はあなたの考えを尊重するよ。あなたがそう言うなら強くは言わないから」
リリーはいつだって私を肯定してくれる。
「そうだ」
リリーが思いついたように私の手を引いた。
「え、え」
リリーに引っ張られて連れていかれる。その先にはフェンスが破れている。何重にも張られたビニールテープをリリーは無造作に剥がしていく。
「ここって」
誰かが飛び降りた、屋上が閉鎖された原因となった場所だ。
「リリー……」
「こうなったらもう全部やめてさ、私と永遠になろうよ」
縁に立って空を背にしてリリーが右手を差し出した。
「あなたを理解してあげられるのは私だけ。それなら怖くないでしょ?」
有無を言わせずリリーが私の手を掴んだ。身体がぐらつく。それでも、まあ、いいか。私は身体をリリーに任せる。
『リリー』と名付けられたその薬物は少女達の間で静かに、そして瞬く間に広まった。リリーは精神を落ち着かせる即効性とともに、一つの幻覚を見せる効果があった。服薬者の前に現れるのは同年代の少女であり、容姿は様々であるものの、おしなべて彼女達を肯定し、寄り添う態度を取る『最高の友達』として振る舞った。彼女自身も『リリー』と呼ばれ、その効果のため極めて強い精神依存性を持った。しかし、最初こそ良好な関係を築くも、次第に服薬者に共感するという形でもって行動をコントロールするようになり、最終的に致命的な決断を迫る。
「馬鹿!」
身体がぐるんと半回転をした。
「あんた大丈夫!?」
襟首を掴まれて倒された私にメガネをした彼女がのぞき込む。さっきすれ違った、教室で私をかばってくれた幼馴染みだ。
「何してんの!」
「私は、リリーに言われて……」
「何言ってるの、そんなやつどこにもいないじゃない」
「あ、あ、うん」
「もしかして、あんたもあの馬鹿げた薬飲んでたの?」
「だって、だって」
「追いかけてきてよかった。あんたの事情はわかるし、私がどうにかできないのは申し訳なく思うけど、薬でできた友達なんて本当の友達じゃない。優しいだけの友達なんて、友達とは言わないんだよ」
「うん」
「あんたには私がいるじゃない、何が不満なの」
「友達?」
彼女が口元を歪ませた。
「呆れた。そりゃ私はキツいこと言うかもしれないけど、あんたとはずっといたじゃない。友達に決まってる。少なくとも私はそう思ってる。それも言われなきゃわからないの?」
「でも、私は言われないとわかんないよお」
涙で顔がぐしゃぐしゃになるけど、痺れて手が上がらない。彼女も同じように涙ぐんでいるように見えた。
「そうだね、あんたはそういうタイプだったね。私も悪かった。私はあんたの友達だよ。そうでしょ?」
「うん」
「わかればいい」
彼女は満足そうに言った。少しだけ安心する。いつもの見慣れた……
「あれ、あなたって……」
誰だっけ?
幼馴染みで、昔からそばにいる、あれ、名前が出てこない。
「ふふ」
彼女がメガネの奥で微かに笑う。見覚えがある笑みだ。
「私? 私はあなたの親友、あなたにとって完璧な」
ああ、そうか、と私は理解する。
優しくて、親身になってくれて、私を肯定してくれて、それでもこれってときにはきちんと叱ってくれる、私が望む、私にとって都合の良い最高の友達。
「これでもうずっと一緒だね」
彼女が存在しないメガネを外す。視界が赤く霞む。私はとっくに落ちていたのだ。
彼女が微笑む。
「私はリリーよ」




