憶えていないのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第12弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「離す気がないのは、君のほう。」の後の話です。
「……仕事に行って」
かすれた声でそう言うものの、ノインはゆるく首を横に振った。
「君のそばにいます」
「…………だいじょうぶだって」
ちょっと休んでいればいいのに。お医者様まで呼んでくれたし。
(単なる体調不良ってことだし)
ノインはオルガの手を優しく握る。
「いいんです。君のほうが大事です」
なにを言ってるんだろう、ホントに。
(私じゃなくて、仕事を優先してよ。だって、そういうものじゃない)
どうして。
「せっかくなので、お喋りたくさんしますか? 辛かったら、眠っててもいいですよ」
やさしい声。
なんでなの。
(…………私がノインを支えないといけないのに)
***
(気が緩んだのかな……)
熱でぼーっとする頭で考えてしまう。
「王都は冷えますしね」
そうかな……?
「人も多いですし、村と違ってうるさいですから」
……それは、確かに。
いや、あのね?
「ノイン……仕事は?」
てっきり行ったかと思ったのに。
ベッド脇に椅子を持ってきて腰掛けているノインは、「ん?」とこちらを見てくる。
いや、「ん?」じゃないって。
「心配しなくてもいいです」
「………………」
心配するでしょ。
どうしてこの幼馴染は……。
「はぁ……もう寝るね」
「はい」
……はい、じゃないって。
*
まっくら。
部屋の中が暗い。
視線を動かすけど、視界もぼやけてうまく見えない。
室内に差し込む光は細く、頼りない。もう夜か。
「大丈夫ですか?」
声に、そちらを見る。
足を組んでいるノインらしき影はこっちを見ているようだけど……部屋が暗すぎて認識できない。
ランプもつけずにいるなんて、おかしいから……これは夢。
「……夢にまでノインが出るなんて」
ノインに関してあれこれ考えすぎなのかもしれない。
「…………夢ねえ」
ぼそりと、ノインがぼやく。
「君の中のノインは、どういう人なんですか?」
「……夢の中なのに、やっぱり今のノインなんだね」
再会した彼がかなりインパクトが強いせいだろうか。
足を組み直して「へえ」と洩らす。
「昔のほうより、今のほうがいいでしょう?」
「今のノインは……私を困らせるから」
「困る?」
「……予想できないっていうか……。
正解がわからないっていうか……」
「…………正解」
「うん……。村にはノインみたいな人っていないから……」
言葉が続かない。
「不安なんですね」
「そ、そうなのかな……」
「夢なんですから。
それとも、俺には話せない?」
沈黙がしばらく落ちると、夢の中のノインが小さく笑った。
「まだ頼りない?」
「そ、そうじゃなくて……失望させる、かもしれないし」
ああ……でも、夢なら。
「あの、ね……私、ノインのことちゃんと支えられるかなって思ってて……。
もう十九歳だしね。私の年齢だと、みんな子ども産んでるものだし」
「…………欲しいんですか?」
「そりゃあ欲しいよ。でも、あのね」
「はい」
「できなかったらどうしよう……」
こわい。すごくこわい。
できるものだってみんな言う。
そういうものだって、みんな言う。
「ノインがっ、私のこと大事にしてくれてるの、わかってるから……こんなこと相談できないよ」
両手で顔を覆ってしまう。
「……俺を失望させるかもしれないから?」
問いかけに頷く。
「できなかったら、俺に見捨てられるかもとか、迷惑をかけるとか……思ってますか?」
頷く。
だってそういうものでしょ?
子どもを産めない女は、役立たず。
それは貴族だって同じ。
「……そんなことはないと思いますけど」
「でも、他の騎士の人たちは、そう思わない……家庭を持つのが、一人前の男だって、おじいちゃんも父さんも言ってる……」
「ほかの人に、俺がそう見られるのが嫌なんですね」
また、うなずく。
「私がまだ十六なら、良かったのに」
十九歳なんて、完全な行き遅れだ。せめて十八ならと思ってしまう。
兄はとっくに結婚してるし、妹はまだ適齢期ではないだけ。
「肩身が狭かったんですね」
「みんなそんなこと言わないけど……なんでだろう、って考えちゃった……」
「すみません。迎えに行けなくて」
「ううん。だってノインは、二十歳になってから迎えに来ようとしてたって……。
私も、こんなこと誰にも言えないから……恥ずかしいことだし」
自分だけ貰い手がないのだと思い込んでいた。
だから、結婚できると知った時は本気で浮かれてしまったのだ。
「ひどいよね……ノインは頑張ってるのに……」
「だから、率先して働こうとしてるんですか?」
「うん。ノインの給料だけだと、足りないでしょ?
私も働けば、もし子どもができても、少しは大丈夫かなって」
「それで貯金を使わないようにしてるんですか」
少しだけ、考えるような間がある。
「わかりました」
ぽつりと言ってから、ゆっくりと、やさしく笑う気配がする。
「ここだと手狭でしょうから、引っ越しをしようとは思っていたんです」
「……?」
涙を流し過ぎて、もう手をどけられない。
「元々、冬には家を買う算段はつけていたんですけど……前倒しにしますね」
「え……?」
「君は、騎士の俺を支えるつもりのようなので、買ってもいいでしょう。ここも狭くて、君と距離が近いから気に入ってはいるんですけど、独身用の借家ですから」
「ノイン……?」
指の隙間からうかがうけれど、部屋が暗くてよく見えない。
「村に帰ると言った時、てっきり村で生活するつもりなのかと焦りました」
「そんなこと、ないよ?
私、ノインががんばってきたこと、なくしたくないよ?」
「はい。君にとって、この王都が過ごしやすくなければいけないので……どうですか?
楽しいこと、ありましたか?」
「……………………うん」
村にいたら経験できないことばかりだ。
「楽しかったこと、教えてください」
「え、えっと……」
促されて、思い返す。
「あったかいお風呂に毎日入れる、でしょ? それから、市場が大きくて、目移りしちゃった。
綺麗なお嬢さんがたくさんいるし、本当に騎士っているんだなって……」
「村には騎士がいませんからね」
「うん……。ノインの騎士団で臨時のお仕事したでしょ? あれ、嬉しかったんだよね。
ちゃんとできて良かったって、思って」
「…………もう一度くらいは、行ってもいいですよ」
「えぇ? でもノインは嫌がるでしょう?」
ふっと小さく笑われる。
「君がここに残ると決めたなら、一度くらいは見逃します」
「なに言ってるの……」
本物のノインみたいなこと、言ってる。
ノインはこんなにお喋りじゃないのに。でも、家にいた父や祖父とは違って、食事中もたくさん会話してくれる。
「王都にはまだ楽しいことがたくさんあると思いますよ」
「……うん。そうだと思う。嫌なこともあると思うけど、慣れていけば……たぶん、大丈夫」
「他に、心配なことはありますか?」
「え、っと……ノインは、子どもできたら、どうするかなあ?」
「どう……?」
怪訝そうに言われたが、合点がいったのかまた小さく笑った。
「給料のことですか。では、小隊長までは行きます」
「いきます……?」
「それ以上の出世は、少し考えさせてください」
簡単なことみたいに言ってる……。
「ふ、ふふ……ノインみたい……」
「本物なら、こう言いそうですか?」
「うん……じゃあお給料はそんなに心配しないでおくね」
「はい。今だって、実はそんなに薄給ではないかもしれませんよ?」
「そうなのかな……」
「金貨一枚は確実に稼いでいると思いますけど」
それはさすがに、ない。
「想像の二倍は稼いでるってこと……? さすがにそれはないと思うな」
「本人に訊いてみてください。あっさりと教えてくれるはずですから」
そういえば、勝手に思い込んでいたけど……ノインははっきりとは金額を言っていない。
「君が不安になる要因は消しますよ。
ほかにはありますか?」
「…………あの、ね」
本人にはなかなか言えない、こと。
「読み書きができないから、頑張ってるんだけど」
「一人でやるには限界があると思いますから、言ってくれればつき合いますよ」
「でもノインは忙しいから、あんまり言いたくなくて…………自分の名前くらいはちゃんと書けるようにしたいんだよね」
「…………どうして?」
「婚姻誓約書を教会に出さなくちゃいけないでしょ? だ、だから……自分の名前くらいは書けるようにしたくって」
「…………そこは心配しなくていいと思いますが、書けるようになっていて損はないですから……。
では、こうしてはどうですか?」
「?」
「一緒に散策してる間に、看板の読み方を教えます。どうですか?
絵が描いてあるものが多いので、文字を何度も反芻するのに役立つと思います」
やさしいなぁ……。
「他にはありますか?」
「ほかは…………………………」
たくさん言うと、満足気に笑われた。
「いい気分です」
「?」
「君の特別になったみたいな勘違いをしそうです。
村にいた時、君は家族でさえも特別におもっていませんでしたから……。まあ」
低く、わらう声。
「特別になるための努力は一切惜しみません。これからも」
*****
翌日。
(よく寝たなあ。すっかり熱もさがったし、今日からまた頑張ろう!)
気合いを入れて居間に行くと、「おはようございます」とノインが朝食を用意していた。
「ま、また!」
「……体調を崩していたんですから、俺が負担するのは当然です」
「うっ」
そう言われてしまうと、強くは出られない。
いつもの位置に腰掛ける。すっかりこの椅子が、自分の場所のひとつになりつつある。
「わ、わかった。明日からは私が水汲みもやるからね?」
「はい」
「あ、あと、買い物行きたいんだけど、お休みの日につき合ってくれる?」
「もちろん」
「……………………」
なんか、笑顔を向けられるとむずむずする。
「今朝はまだ消化にいいものにしておきます」
「…………」
く……!
目の前に、料理を乗せた木皿が置かれる。
(おいしそう……! いい匂いがするし、だからなんで私より上手いの……!)
「今日の予定は?」
「えっ」
問いかけながら自分の場所に座るノインに、視線を遣る。
「いつも通りだよ? 午前中は家の掃除をして、洗濯物と、繕い物かな。
終わったら読み書きの練習するよ」
「……そうですか」
「な、なかなか上達しなくてごめんね?」
「謝ることではないです」
「……………………」
勝手にそう、感じているのかも。
意を決して、尋ねようと口を開く。
「あ、あのね? 昨日、私、なにか変なこと言ってなかった?
ほら、よくぺらぺらと喋るし、変なこと言っててもおかしくないでしょ? 熱が出ると、よくぼーっとしちゃって、その、余計なこと言ってるかもって」
「……………………いいえ?」
「そ、それならいいんだけど」
なんか変な間はあったけど。
(言ってないよね……? 鶏の卵が今日はぜんぜんないよーとか、桶が壊れちゃったとか……自分の失敗談とか、言ってないよね!?)
収穫物を運んでいた時に足を滑らせて盛大に転んだ話、とか。
(すっごく痛くて子どもみたいに泣いちゃったとか……言ってないよね!?)
でも。
(ノインのことだから、聞いてても黙っててくれそう……。わざと知らないふりしてくれるだろうし)
改めて考えると、嘘はつかないし、感情表現もはっきりしてくれるから……頼りになるし、理想の夫と言える。
手に持つ木匙を見下ろす。
「ノイン」
「なんですか?」
「……あのね、こんなこと訊くの、嫌かもって思うんだけど……騎士のお給料、どのくらい?
い、言いたくなかったらべつにいいからね!?」
踏み込んで欲しくない人もいるだろうし、まだちゃんと結婚してないんだから……。
ノインはちょっと考えてから薄く笑う。
「毎月金貨一枚は稼いでいます」
「そ、そうなの?」
「はい。正確には、金貨二枚近く、ですね」
…………。
ぼと、っと匙を落としてしまう。
(…………めちゃくちゃ稼いでる……)
想定していた金額の、約十倍……!
(え……じゃあ私がケチケチしてたの見て、なにしてるんだろって思われてたかもってこと?)
「給料が出たら全部オルガに渡しますね」
…………笑顔で言ってる……。
「え……あ、っと……?」
「俺の金は全部君のだって、言いましたよね」
…………どうしよう。顔が引きつりそう。
「俺は体力はあるほうなのですが」
突然そう言いだされて、オルガはきょとんとしてしまう。
「毎日頑張るつもりです」
「???」
なんの話だろう? 仕事のことかな?
「結婚したら、練習ではなく本番になりますから」
にっこり笑われる。
「?? 本番? なにが?」
「君が気絶するので」
「…………」
きぜつ……??
(……ん?)
んんんん!?
顔を真っ赤にさせ、視線を泳がせる。
「そ、それ、は」
「俺が一緒に寝ないからできないわけではないですよ」
「へぇっ!?」
やっぱり私、なにか言ったの!?
笑顔のノインはじーっとオルガを見ている。
「結婚するまでは清いほうがいいと思ったんですけど」
「えっ、きよ、清い!?」
ええっ!?
「同じベッドで寝ないからできない、ではなく、最後までしてないからですよオルガ」
「………………………………」
さいご???
「そんなに俺と一緒に眠りたかったんですか?」
小さく首を傾げて微笑まれ、オルガの頭が混乱してしまう。
「えっ、ちょちょ、ちっ、ちがっ、違わない、けど!? えっ!?」
なになになに!?
一緒に寝たら、で、できる、わけじゃないってこと!? ウソでしょ!? まさか寝惚けて言ったの!?
「俺はそれほど我慢強いほうではないので、ありがとうございます」
ありがとうございます!?
ていうか、なんでずっとにこにこしてるの!?
「君が望むなら頑張りますね」
「わあああああ! ち、違う違う、違うから! いや、ちが、違わないけど! け、結婚してから、でっ、いい、し」
「はい」
はい!?
「…………き、気絶するから、が、頑張ってくれてた……?」
いやなに言ってるの私は!?
ああああ、ちょっと待って、待ってってば!
「君は反応が素直なので、我慢するのが大変だったんですよ」
「わっ、いっ、ぎゃあああああああ!」
ノインになに言ったの!? 昨日の自分は――。
(一体なにしたの!? 全然憶えてないんだけど!)
ここまで読んでくださってありがとうございます。
二人とも、それぞれ一歩進みました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたらさらに嬉しいです。




