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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

憶えていないのは、君のほう。

掲載日:2026/02/21

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第12弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「離す気がないのは、君のほう。」の後の話です。



「……仕事に行って」


 かすれた声でそう言うものの、ノインはゆるく首を横に振った。


「君のそばにいます」

「…………だいじょうぶだって」


 ちょっと休んでいればいいのに。お医者様まで呼んでくれたし。


(単なる体調不良ってことだし)


 ノインはオルガの手を優しく握る。


「いいんです。君のほうが大事です」


 なにを言ってるんだろう、ホントに。


(私じゃなくて、仕事を優先してよ。だって、そういうものじゃない)


 どうして。


「せっかくなので、お喋りたくさんしますか? 辛かったら、眠っててもいいですよ」


 やさしい声。


 なんでなの。


(…………私がノインを支えないといけないのに)


***


(気が緩んだのかな……)


 熱でぼーっとする頭で考えてしまう。


王都(こっち)は冷えますしね」


 そうかな……?


「人も多いですし、村と違ってうるさいですから」


 ……それは、確かに。


 いや、あのね?


「ノイン……仕事は?」


 てっきり行ったかと思ったのに。


 ベッド脇に椅子を持ってきて腰掛けているノインは、「ん?」とこちらを見てくる。


 いや、「ん?」じゃないって。


「心配しなくてもいいです」

「………………」


 心配するでしょ。

 どうしてこの幼馴染は……。


「はぁ……もう寝るね」

「はい」


 ……はい、じゃないって。



 まっくら。


 部屋の中が暗い。

 視線を動かすけど、視界もぼやけてうまく見えない。


 室内に差し込む光は細く、頼りない。もう夜か。


「大丈夫ですか?」


 声に、そちらを見る。


 足を組んでいるノインらしき影はこっちを見ているようだけど……部屋が暗すぎて認識できない。


 ランプもつけずにいるなんて、おかしいから……これは夢。


「……夢にまでノインが出るなんて」


 ノインに関してあれこれ考えすぎなのかもしれない。


「…………夢ねえ」


 ぼそりと、ノインがぼやく。


「君の中のノインは、どういう人なんですか?」

「……夢の中なのに、やっぱり今のノインなんだね」


 再会した彼がかなりインパクトが強いせいだろうか。


 足を組み直して「へえ」と洩らす。


「昔のほうより、今のほうがいいでしょう?」

「今のノインは……私を困らせるから」

「困る?」

「……予想できないっていうか……。

 正解がわからないっていうか……」

「…………正解」

「うん……。村にはノインみたいな人っていないから……」


 言葉が続かない。


「不安なんですね」

「そ、そうなのかな……」

「夢なんですから。

 それとも、俺には話せない?」


 沈黙がしばらく落ちると、夢の中のノインが小さく笑った。


「まだ頼りない?」

「そ、そうじゃなくて……失望させる、かもしれないし」


 ああ……でも、夢なら。


「あの、ね……私、ノインのことちゃんと支えられるかなって思ってて……。

 もう十九歳だしね。私の年齢だと、みんな子ども産んでるものだし」

「…………欲しいんですか?」

「そりゃあ欲しいよ。でも、あのね」

「はい」

「できなかったらどうしよう……」


 こわい。すごくこわい。


 できるものだってみんな言う。

 そういうものだって、みんな言う。


「ノインがっ、私のこと大事にしてくれてるの、わかってるから……こんなこと相談できないよ」


 両手で顔を覆ってしまう。


「……俺を失望させるかもしれないから?」


 問いかけに頷く。


「できなかったら、俺に見捨てられるかもとか、迷惑をかけるとか……思ってますか?」


 頷く。


 だってそういうものでしょ?


 子どもを産めない女は、役立たず。

 それは貴族だって同じ。


「……そんなことはないと思いますけど」

「でも、他の騎士の人たちは、そう思わない……家庭を持つのが、一人前の男だって、おじいちゃんも父さんも言ってる……」

「ほかの人に、俺がそう見られるのが嫌なんですね」


 また、うなずく。


「私がまだ十六なら、良かったのに」


 十九歳なんて、完全な行き遅れだ。せめて十八ならと思ってしまう。

 兄はとっくに結婚してるし、妹はまだ適齢期ではないだけ。


「肩身が狭かったんですね」

「みんなそんなこと言わないけど……なんでだろう、って考えちゃった……」

「すみません。迎えに行けなくて」

「ううん。だってノインは、二十歳になってから迎えに来ようとしてたって……。

 私も、こんなこと誰にも言えないから……恥ずかしいことだし」


 自分だけ貰い手がないのだと思い込んでいた。

 だから、結婚できると知った時は本気で浮かれてしまったのだ。


「ひどいよね……ノインは頑張ってるのに……」

「だから、率先して働こうとしてるんですか?」

「うん。ノインの給料だけだと、足りないでしょ?

 私も働けば、もし子どもができても、少しは大丈夫かなって」

「それで貯金を使わないようにしてるんですか」


 少しだけ、考えるような間がある。


「わかりました」


 ぽつりと言ってから、ゆっくりと、やさしく笑う気配がする。


「ここだと手狭でしょうから、引っ越しをしようとは思っていたんです」

「……?」


 涙を流し過ぎて、もう手をどけられない。


「元々、冬には家を買う算段はつけていたんですけど……前倒しにしますね」

「え……?」

「君は、騎士の俺を支えるつもりのようなので、買ってもいいでしょう。ここも狭くて、君と距離が近いから気に入ってはいるんですけど、独身用の借家ですから」

「ノイン……?」


 指の隙間からうかがうけれど、部屋が暗くてよく見えない。


「村に帰ると言った時、てっきり(そちら)で生活するつもりなのかと焦りました」

「そんなこと、ないよ?

 私、ノインががんばってきたこと、なくしたくないよ?」

「はい。君にとって、この王都が過ごしやすくなければいけないので……どうですか?

 楽しいこと、ありましたか?」

「……………………うん」


 村にいたら経験できないことばかりだ。


「楽しかったこと、教えてください」

「え、えっと……」


 促されて、思い返す。


「あったかいお風呂に毎日入れる、でしょ? それから、市場が大きくて、目移りしちゃった。

 綺麗なお嬢さんがたくさんいるし、本当に騎士っているんだなって……」

「村には騎士がいませんからね」

「うん……。ノインの騎士団で臨時のお仕事したでしょ? あれ、嬉しかったんだよね。

 ちゃんとできて良かったって、思って」

「…………もう一度くらいは、行ってもいいですよ」

「えぇ? でもノインは嫌がるでしょう?」


 ふっと小さく笑われる。


「君がここに残ると決めたなら、一度くらいは見逃します」

「なに言ってるの……」


 本物のノインみたいなこと、言ってる。


 ノインはこんなにお喋りじゃないのに。でも、家にいた父や祖父とは違って、食事中もたくさん会話してくれる。


「王都にはまだ楽しいことがたくさんあると思いますよ」

「……うん。そうだと思う。嫌なこともあると思うけど、慣れていけば……たぶん、大丈夫」

「他に、心配なことはありますか?」

「え、っと……ノインは、子どもできたら、どうするかなあ?」

「どう……?」


 怪訝そうに言われたが、合点がいったのかまた小さく笑った。


「給料のことですか。では、小隊長までは行きます」

「いきます……?」

「それ以上の出世は、少し考えさせてください」


 簡単なことみたいに言ってる……。


「ふ、ふふ……ノインみたい……」

「本物なら、こう言いそうですか?」

「うん……じゃあお給料はそんなに心配しないでおくね」

「はい。今だって、実はそんなに薄給ではないかもしれませんよ?」

「そうなのかな……」

「金貨一枚は確実に稼いでいると思いますけど」


 それはさすがに、ない。


「想像の二倍は稼いでるってこと……? さすがにそれはないと思うな」

「本人に訊いてみてください。あっさりと教えてくれるはずですから」


 そういえば、勝手に思い込んでいたけど……ノインははっきりとは金額を言っていない。


「君が不安になる要因は消しますよ。

 ほかにはありますか?」

「…………あの、ね」


 本人にはなかなか言えない、こと。


「読み書きができないから、頑張ってるんだけど」

「一人でやるには限界があると思いますから、言ってくれればつき合いますよ」

「でもノインは忙しいから、あんまり言いたくなくて…………自分の名前くらいはちゃんと書けるようにしたいんだよね」

「…………どうして?」

「婚姻誓約書を教会に出さなくちゃいけないでしょ? だ、だから……自分の名前くらいは書けるようにしたくって」

「…………そこは心配しなくていいと思いますが、書けるようになっていて損はないですから……。

 では、こうしてはどうですか?」

「?」

「一緒に散策してる間に、看板の読み方を教えます。どうですか?

 絵が描いてあるものが多いので、文字を何度も反芻するのに役立つと思います」


 やさしいなぁ……。


「他にはありますか?」

「ほかは…………………………」


 たくさん言うと、満足気に笑われた。


「いい気分です」

「?」

「君の特別になったみたいな勘違いをしそうです。

 村にいた時、君は家族でさえも特別におもっていませんでしたから……。まあ」


 低く、わらう声。


「特別になるための努力は一切惜しみません。これからも」


*****


 翌日。


(よく寝たなあ。すっかり熱もさがったし、今日からまた頑張ろう!)


 気合いを入れて居間に行くと、「おはようございます」とノインが朝食を用意していた。


「ま、また!」

「……体調を崩していたんですから、俺が負担するのは当然です」

「うっ」


 そう言われてしまうと、強くは出られない。


 いつもの位置に腰掛ける。すっかりこの椅子が、自分の場所のひとつになりつつある。


「わ、わかった。明日からは私が水汲みもやるからね?」

「はい」

「あ、あと、買い物行きたいんだけど、お休みの日につき合ってくれる?」

「もちろん」

「……………………」


 なんか、笑顔を向けられるとむずむずする。


「今朝はまだ消化にいいものにしておきます」

「…………」


 く……!


 目の前に、料理を乗せた木皿が置かれる。


(おいしそう……! いい匂いがするし、だからなんで私より上手いの……!)


「今日の予定は?」

「えっ」


 問いかけながら自分の場所に座るノインに、視線を遣る。


「いつも通りだよ? 午前中は家の掃除をして、洗濯物と、繕い物かな。

 終わったら読み書きの練習するよ」

「……そうですか」

「な、なかなか上達しなくてごめんね?」

「謝ることではないです」

「……………………」


 勝手にそう、感じているのかも。


 意を決して、尋ねようと口を開く。


「あ、あのね? 昨日、私、なにか変なこと言ってなかった?

 ほら、よくぺらぺらと喋るし、変なこと言っててもおかしくないでしょ? 熱が出ると、よくぼーっとしちゃって、その、余計なこと言ってるかもって」

「……………………いいえ?」

「そ、それならいいんだけど」


 なんか変な間はあったけど。


(言ってないよね……? 鶏の卵が今日はぜんぜんないよーとか、桶が壊れちゃったとか……自分の失敗談とか、言ってないよね!?)


 収穫物を運んでいた時に足を滑らせて盛大に転んだ話、とか。


(すっごく痛くて子どもみたいに泣いちゃったとか……言ってないよね!?)


 でも。


(ノインのことだから、聞いてても黙っててくれそう……。わざと知らないふりしてくれるだろうし)


 改めて考えると、嘘はつかないし、感情表現もはっきりしてくれるから……頼りになるし、理想の夫と言える。


 手に持つ木匙(スプーン)を見下ろす。


「ノイン」

「なんですか?」

「……あのね、こんなこと訊くの、嫌かもって思うんだけど……騎士のお給料、どのくらい?

 い、言いたくなかったらべつにいいからね!?」


 踏み込んで欲しくない人もいるだろうし、まだちゃんと結婚してないんだから……。


 ノインはちょっと考えてから薄く笑う。


「毎月金貨一枚は稼いでいます」

「そ、そうなの?」

「はい。正確には、金貨二枚近く、ですね」


 …………。


 ぼと、っと匙を落としてしまう。


(…………めちゃくちゃ稼いでる……)


 想定していた金額の、約十倍……!


(え……じゃあ私がケチケチしてたの見て、なにしてるんだろって思われてたかもってこと?)


「給料が出たら全部オルガに渡しますね」


 …………笑顔で言ってる……。


「え……あ、っと……?」

「俺の金は全部君のだって、言いましたよね」


 …………どうしよう。顔が引きつりそう。


「俺は体力はあるほうなのですが」


 突然そう言いだされて、オルガはきょとんとしてしまう。


「毎日頑張るつもりです」

「???」


 なんの話だろう? 仕事のことかな?


「結婚したら、練習ではなく本番になりますから」


 にっこり笑われる。


「?? 本番? なにが?」

「君が気絶するので」

「…………」


 きぜつ……??


(……ん?)


 んんんん!?


 顔を真っ赤にさせ、視線を泳がせる。


「そ、それ、は」

「俺が一緒に寝ないからできないわけではないですよ」

「へぇっ!?」


 やっぱり私、なにか言ったの!?


 笑顔のノインはじーっとオルガを見ている。


「結婚するまでは清いほうがいいと思ったんですけど」

「えっ、きよ、清い!?」


 ええっ!?


「同じベッドで寝ないからできない、ではなく、最後までしてないからですよオルガ」

「………………………………」


 さいご???


「そんなに俺と一緒に眠りたかったんですか?」


 小さく首を傾げて微笑まれ、オルガの頭が混乱してしまう。


「えっ、ちょちょ、ちっ、ちがっ、違わない、けど!? えっ!?」


 なになになに!?


 一緒に寝たら、で、できる、わけじゃないってこと!? ウソでしょ!? まさか寝惚けて言ったの!?


「俺はそれほど我慢強いほうではないので、ありがとうございます」


 ありがとうございます!?


 ていうか、なんでずっとにこにこしてるの!?


「君が望むなら頑張りますね」

「わあああああ! ち、違う違う、違うから! いや、ちが、違わないけど! け、結婚してから、でっ、いい、し」

「はい」


 はい!?


「…………き、気絶するから、が、頑張ってくれてた……?」


 いやなに言ってるの私は!?


 ああああ、ちょっと待って、待ってってば!


「君は反応が素直なので、我慢するのが大変だったんですよ」

「わっ、いっ、ぎゃあああああああ!」


 ノインになに言ったの!? 昨日の自分は――。


(一体なにしたの!? 全然憶えてないんだけど!)


ここまで読んでくださってありがとうございます。

二人とも、それぞれ一歩進みました。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたらさらに嬉しいです。

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