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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドワーフに転生したので立派な鍛治師を目指します

作者: 結城明日嘩

「てめぇには才能がねぇ」


 父であり親方でもある男に告げられたのはそんな最後通牒だった。


「おさねぇ頃から仕込んだ技術は確かだ。造形も研ぎも申し分ねぇ。だがな、てめぇの打つ武器には魂がねぇ。根本的な問題だな。おめぇ、武器が怖いんだろう」


 その言葉に僕の脳裏に迫り来る斧の映像がフラッシュバックした。震える体を抑える事ができない。そんな僕へと親方は、いや父としてかポンポンと肩を叩き告げる。


「無理をする必要はねぇ。おつかれさん」



 どれくらい立ち尽くしていたのだろうか。親父はドワーフの中でも1、2を争う工房の親方で、物心つく前からつちの音を聞きながら育った僕は、そんな親父にずっと憧れてきた。

 小さい頃から槌を握り、鉄を打ちながら育った。回りからも『若には才能がありまさぁ』『オラァ若の頃にこんなに叩けんかった』と認められていたのだ。


 そんな僕に転機が訪れたのはナイフなどの身近な刃物から、戦闘に使う武器を打つという段階だった。

 殺傷能力のある刃物、剣や槍、そして特に斧を打とうとすると、体が萎縮する。最初は新たなステップに入って緊張したからだと思っていた。しかし、どれだけ繰り返そうとも体が震え、いつものように打てない。

 順風満帆にきていた人生が初めてのつまづきを迎えていた。


 伸び悩む日々を過ごすうちに、僕はある夢を見るようになった。夜の森の中、といって険しくもない下草なども刈られた管理された森。僕は一人でテントを張って休暇を楽しんでいた。森の中に入るのが休暇というのがよく分からなかったが、夢の中の僕は確かにそう感じていた。


 ガサガサッ……。


 夕食を済ませてまったりとした時間の後、そろそろ眠ろうかと思った時、茂みをかき分ける音が聞こえてきた。

 人の寄り付かない場所を選んだはずなのに、他の客が来てしまったのかと僕は何気なくそちらを見る。


 そこにいたのは半裸の大男。筋骨隆々で分厚い体、見上げるほどの長身。ブフーブフーと鼻息も荒く近づいてくる。

 その男はありえない異形だった。筋骨隆々の体に乗っている頭は、人のものではなく牛。そして男の長身を上回る様な長さの得物を手に持っていた。


 仮装かと考える僕もその姿がミノタウロスと呼ばれるものだとは思う。ただなんで人気ひとけのない場所で仮装などしているのか。客を驚かせるサービスか何かか。

 などと呑気な事を考えている夢の中の僕は、逃げることもなくその大男の接近を許してしまう。


 振り上げられた得物は長柄の斧。使い込まれたと言えば聞こえはいいが、手入れも満足にされず刃が潰れたそれはもう鉄塊としかいえない。

 刃物というよりは鈍器のソレが振りかぶられたと思うと、次の瞬間には自らに振り下ろされていた。


 夢の中なので激しい痛みまでは感じなかったが、体を壊される感触は妙に生々しく、鋭さを失った斧で何度も何度も殴られて、それでいて中々死ぬこともできない。

 手足を潰され、腰を砕かれ、腹が割かれ、胸が割られ、ようやく顔面へと斧が叩きつけられる所で夢が覚める。


 そんな夢が僕の体に武器への恐怖を植え付けていた。



 ドワーフという種族は鍛冶を生業として、外敵に対しては雄々しく戦う戦士にもなる。身長は人族などに比べてやや低く、150cmにも満たないが、厚みのある体でがっしりとした印象を与える。褐色の肌に低めの鼻、やや大きめの口に、顔の半分を占める髭を生やしている。

 エルフほどではないが、人族よりは長命で150年ほどを生き、頑強な体を持ち力もあるが手先も器用で、まさに鍛冶が天職とされていた。


 そんな鍛冶師に向かないドワーフの仕事となると、村を出て戦士として生きるか、鉱山で鉱石を掘り続ける鉱夫として生きるかくらいだ。

 武器そのものに恐怖する僕は、戦士になんてなれるはずもなく、鉱夫となるしか道はない。


 鉱夫というのも立派な仕事だ。新たな鉱脈を見つければ大きな功績として称えられるし、高品質の鉱石を掘り出せば一攫千金も転がり込む。

 しかし、その分命がけの仕事でもあった。

 どれだけ気をつけていても崩落に巻き込まれる事もあるし、洞窟に住み着いた魔物に襲われる事もある。

 大抵の者は寿命を迎えることはなく、10年、20年で一生を終えるのだ。


『おつかれさん』


 親父の言葉が重くのしかかってきた。



「ガルクッ」


 いつの間にか膝をつき、頭を抱えて震えていた僕に駆け寄ってくる少女がいた。幼馴染のミリアだ。工房の鍛冶師の娘で、幼い頃から一緒に過ごしてきた。

 彼女はドワーフなのに髭が生えず、周囲からは不美人の扱いを受けている。僕からしたら、丸顔で目鼻の形も良く、丸みのある頬などが見えるのがとても愛らしいと感じるのだが、大人からみるとずっと子供のままで女ではないとみなされるらしい。

 そんな不利な容姿を補うように、工房の食堂でよく働いていたのだが、どうしようもなく扱いは悪かった。


「ミリア……ダメだったよ」

「いいのよ、ガルク。村の価値観なんてクソ喰らえだわ」


 彼女は小柄な体躯を精一杯反らしながら言った。


「こんな村、一緒に出ましょ。人族の町なら偏見もなく、暮らせるわ」

「で、でも……僕は……」

「ガルクの腕は確かなんだから、人族の町で鍛冶屋をやればいいの。武器なんて打てなくても、ナイフや鎌を作るのも立派な仕事だよ」


 身の回りの刃物を作るのは子供の仕事。立派な武具を作るための修行の手習い。ずっと子供扱いのまま、そんなドワーフの常識が僕をためらわせた。


「村に不要な子供同士、それでも2人なら、あたしはガルクとならやっていけると信じてる」


 彼女の強い眼差しが、僕を常識のどん底から引っ張り上げて、背中を押してくれた。



 ドワーフの村から人族の町は徒歩で10日ほどはかかる。山を降りて森を抜け、平野部を渡ってようやくたどり着く距離だ。

 そこを成人したとはいえ、村から出たこともない2人が旅をする。定期的に武器を買いに来る商人が通るために最低限の道があるのは幸いだった。


 食堂で働いていたミリアのおかげで道中の食事も心配する必要はない。貯めていた小遣いで買い込んだ干し肉と、道中で採取した野草などで立派な食事ができていた。


 問題があるとするなら道中の安全、魔物の襲撃だった。街道に出ることは稀だが素人2人と見てさまよい出てきたのか草むらをかき分けて小柄な人影が出てきた。ゴブリンだ。くすんだ褐色の肌に並びの悪い歯、アーモンド型のギョロリとした目に少し尖った耳。体毛は少なく、かろうじて腰に布切れを巻いただけの半裸。

 僕はミリアをかばうように前へ出て、幼い頃から使ってきたハンマーを手にする。金属を叩くためのハンマーだが、生身相手に振るえば武器として使えなくもない。

 対するゴブリンは右手に錆びついたナイフを持っていた。刃渡り10cmほどで殺傷能力は低い。それでも武器だ、と認識してしまい体が震える。


「キシャシャシャシャーッ」


 奇声を発しながら襲いかかってくるゴブリン。僕は震えながらもハンマーを振るう。しかし、握りが甘く腕を払われた拍子にスッポ抜けて飛んでいってしまう。

 ゴブリンがナイフを振ってくるが、身を守ろうと上げた左腕に浅い傷を付けただけでやはり殺傷能力はない。

 しかしゴブリンは思わぬ力強さで僕を押し倒し、顔を掴むようにしながら後頭部を地面へと叩きつけてきた。視界に火花が散るような衝撃、思わずがはっと息が漏れる。


「ガルクッ」


 ミリアの声にゴブリンの意識が僕から逸れる。ミリアを見てニヤリと嗤うと、僕を捨て置いてミリアへと襲いかかった。

 僕はゴブリンの習性を思い出す。他種族であろうがメスと見れば襲いかかり、子を孕ませるというおぞましい生殖能力。


「きゃあああっ」


 手にした鍋で向かい打とうとしていたミリアだったが、恐怖のためか体が萎縮し、そのまま押し倒される。ゴブリンはニヤケながらよだれを垂らし、手にしたナイフでミリアの衣服を裂こうとし始める。

 僕はその様子に我を忘れ、手近にあった石を拾うとゴブリンへと殴り掛かる。ゴブリンもそれに気づいて振り返り、石を持つ手を払おうと腕を伸ばしてきた。

 前腕にゴブリンの腕が当たり、外へと弾かれそうになるが、長年槌を振るってきた僕にはそれなりの筋力がついていて、振り払われる事はなかった。

 僕は両手で石を掴むとためらいなく、ゴブリンの頭部へと叩きつける。何度も、何度も。何度も、何度も。夢のミノタウロスの様に、抵抗できなくなったゴブリンが動かなくなるまで、手の石が割れてしまった後は、拳で叩き続けた。



「気がついた?」

「僕は……」


 目を開けるとミリアが僕を覗き込んでいた。後頭部には柔らかく温かな感触がある。


「ゴブリンを倒した後、そのまま倒れちゃったのよ。どうしようかと思ったわ」


 そういうミリアの目は赤く充血していた。心配して泣いてくれたのだろうか。


「でも、助けてくれてありがと。かっこ良かったよ」

「僕がしっかりしてたら、ミリアが襲われる事もなかったのに……」

「ううん、十分よ。ガルクは強くてかっこいいんだから」


 そう言って微笑むミリアに僕の緊張も緩んだ。その途端、激しい頭痛が襲ってきた。眼の前が涙ににじみ、嗚咽が喉から溢れてくる。


「ガルクッ、どうしたの、ガルクッ」


 ミリアの心配する声を聞きながら、僕は再び意識を失った。それから僕は長い夢を見た。全く違う世界の全く違う文化の中で育つある男の一生。ソロキャンプ中に、見たことのない大男に斧で殴り殺されて終わる夢を。



「お、ようやく目が覚めたかい?」


 ガタゴトと揺れる視界の中、男が覗き込んできた。見覚えのある男だ。村にやってくる商人。40過ぎの柔和な表情が印象的な人族の男だ。


「ゴブリンに襲われるとは災難だったねぇ」

「ぼ、僕は……ミリアは!?」

「ああ、嬢ちゃんはそこだよ。ずっと看病してたんだが、糸が切れたみたいに気を失っちゃってね」


 商人の指差す先には毛布を掛けられたミリアの姿があった。そして改めて周囲を見れば、僕は荷馬車に乗せられていた。

 そして馬車の周囲は森ではなく、草原が広がっている。前を向くと遠くに町の城壁が見えていた。



 商人が僕達の身元を証言してくれたので、門番に止められる事なく町へと入れた。僕はゴブリンに襲われて頭を強く打ち、錆びたナイフで傷ついたためかかなり発熱していたらしい。

 そんな僕を看病してくれていたミリアの側を商人が通りかかり、僕達を乗せて町まで運んでくれたのだ。


「お代は出世払いでいいよ。君ならこの町でやっていけるさ」

「ありがとうございます」


 工房主の息子として商人とも面識はあった。僕が作ったナイフや鎌も買ってくれて、小遣いには多い額を払ってくれていた。

 その当時から先行投資だと言ってくれてたな。

 人がいいだけじゃ商人は勤まらない。僕が作った物にはそれなりの価値があり、人族の町なら僕に支払った以上の価格で売れたのだろう。

 その腕があればこの先も商売になる。そう考えての先行投資という訳だ。


「命の恩人だね」

「うん、一生頭が上がらないかも」


 あのまま街道にいたら、更に襲われた可能性もある。馬車で拾ってくれなければ、少なくとも僕は終わっていただろう。ミリアも逃げられたかどうか分からない。


「恩を返すためにもしっかり働かないと」

「そうだね」


 働き口についても商人からアドバイスを受けていた。生活雑貨を扱う鍛冶屋と酒場の給仕職、それぞれに紹介状を書いてくれている。

 まずはそこで生活の基盤を作って、商人へと恩返ししていくのが目標だ。


「ドワーフの村じゃダメだったけど、やっぱり僕は鍛冶師になりたい」

「うん、ガルクならなれるよ、立派な鍛冶師に」


 そして僕には更なる財産が生まれていた。長い夢で見た知識だ。この世界にはない様々な物に関する知識が浮かぶ。これらを形にできれば、商人への恩返しに十分な品となるだろう。


「僕が鍛冶師として独り立ちできるまで、その、待っててね」

「うーん、どうだろう。酒場っていろいろな人と出会えるらしいよ」

「そ、そんなぁ」

「だから早く立派になってよね」

「が、頑張るよ」


 僕は幼馴染に発破をかけられつつ新たな生活を始めるのだった。

あまりドワーフが主人公というのを見ないので、思いつきで導入部を書いてみました。

前世の記憶チートで、生活雑貨から成り上がる鍛冶師という下地になります。

連載を複数抱えるのは作者の技量的に無理なので、短編として公開。

現在の連載が終われば続きを書くかもですが、もし私に代わって続きを書きたいという人があれば、ネタとして拾って頂いて構いません。

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