入室、出会い
空腹を満たしてからしばらくーー
俺は、猛烈な腹痛に襲われていた。
遡ること少し、強烈な飢えから一時解放され、さすがに食べる事の出来なかった内臓、頭を、土を掘って埋め、手を合わせた所だった。
「いただきました‥」
これで、また少し生きられる。
安堵し、気の緩んだひととき、不意に腹に違和感を感じた直後。
「っ!ぐううううう!」
すさまじい腹の痛み!
まるで腹の中で何かが暴れている様だ!
食中毒?血か?やはり加熱しなかったのがまずかったのか!?
「ぐああああ!」
痛い!まだかじられていた方がマシだ!中からの痛みなんて!
腹を押さえてうずくまり、耐えがたい痛みを受け続ける、異物?拒否反応?毒?呪い?
だめだ、痛みで頭が埋め尽くされる‥!
「くそおおおお!」
がんばってくれえぇ!
俺のお腹ぁ!大腸!小腸!腸内、細菌んんん!
願いに答えて強くなるなら、今!頼む!お腹!
強くなってくれ‥‥!がんばってくれ‥‥!
体が痛みで震える、頭から血の気が引いていく感じ、そのままの体制で、気を失った。
ーーーーーーーー
ーーあれ、ここは‥‥
暗い夜の空、空と同じ色の床、思い出した
ここは俺の部屋の中だ
あっちのほうか‥
林立する柱を避けて、そのわきに積み上がっている素材から、良さげな物を掴み、部屋の真ん中へ。
そこには籠に入った金色の蝶がいた。
良かった、こないだより元気そうだ。
屈んで声をかける。
ーーこんにちは、聖女さん、体調はいかがですか?
『アズマくん、こんにちは、おかげさまで大分良くなったわ』
ーーそれは良かった、またごはん用意しておきますね
持って来た素材を両手で、やさしく、丁寧に絞っていく、不純物を混ぜない様に。
決して焦らず、ゆっくりと行うのがコツだ。
なぜ絞れるのかは知らない。
じわりと手から滲んできた、透明な液体。
それを籠の中のトレーに垂らしていく。
そうして、絞り終えた素材は柱に投げてくっつける。
『ありがとう、アズマくん、もうこれで充分、大丈夫だよ、‥その搾り終えた物は良くない物だから、やっぱり、使わない方が良いと思うよ』
ーー大丈夫です、聖女さんも助けてくれたし、お互い様です、早く帰れる様、元気になって下さいね
『ありがとう、アズマくん、‥そうだね、‥アズマくんも、今大変なんでしょう?』
ーーあ、そうだった
積み上がった素材へ向かい、抱えて運ぶ。
ーーこの辺かな
素材をこねて、積み上げる、無くなれば、また素材を取り、こねて、積み上げる。今回はお腹を丈夫にする、願いを込めて。
そうして、柱を作っていく。
なぜ柱を作るのかは知らない、けどこれが俺の性に合っている。
『アズマくん‥私はもう守れないけど‥死なないでね』
ーー話をしてくれるだけで充分です、起きたら忘れてしまうんですけどね
『部屋が定まれば、記憶も段々と残ってくるよ、アズマくんは、生まれたての赤ちゃんみたいな物だから』
ーーそうですね、それまで、死なない様、がんばります
そろそろ時間かな。
ーーそれでは、また
『またね、アズマくん』
ーーーーーーーーーーー
ーー痛みで気絶していたのか。
あの猛烈な腹痛はおさまり、鈍い痛みの余韻だけが残っている。
俺のお腹!痛みの原因に打ち勝ってくれたのか!
「よくやった‥‥!ありがとう‥!」
お腹をさすり、ねぎらう。
そしてくる便意。
岩の影で隠れる様にして用を足す。
‥ピーピーだった、今まで嗅いだ事のない強烈な臭いのするそれに、土をかけて埋める。
ようやく、身体に平穏が戻ってきた‥
此処で生きていく為、今後も食べるのだろうけど、次はこうならない気がする。
俺のお腹は試練を乗り越え、レベルアップ出来た、そう思いたい。
土をかけた方と反対の、少し盛り上がった土を見やる。
そこに埋まっているのは、俺が食べた、あいつの残骸。
ーーあいつが逃した、あのネズミ達を、俺はまた探して食べるのだろうか。
でも、食べるか、食べずに死ぬか、選ぶなら‥俺は食べる事を選ぶ、感情を挟む余地など、そこには無い。
喰うか、喰われるかなんだ。
そう自分に言い聞かせる。
「さてと‥」
身体が落ち着いてきた所で立ち上がり、新たな食糧、そして水源は無いか探しに行く事にする。
両手に相棒の木の棒をもち、首元に黒布を結んだマント姿の、なじみの探検スタイルだ。
ーーこの黒布のお陰かな
首元の結び目を確かめながら思うのは、叫ぶ肉との殺し合いの後、偶然見つけた「黒布」について。
その後、眠ってしまった時。
食糧を求めて歩き回っている時。
さっき気絶した時。
意識の無い、致命的なはずの時間をやり過ごし、バケモノに見つかる事なく探索出来たのは、この黒布が、俺の「気配」を隠してくれたからなんじゃないか、そんな気がしてならない。
気配を消すマント。
ーー小さい頃、そんな設定の布を付けて遊んでいたのを思い出す、ちょうど、こんな感じの木の棒も持っていたし‥‥っ!
気配が現れた!近づいてくる!くそっ黒布の効果は気のせいなのか!?
そうして、身構える俺の前に闇の中から現れたのは
ハス‥‥?
いや、違う、シルエットは似ているけど小さいし、黒い、狼‥‥体、怪我しているのか!?
『‥‥よかった、ようやく探し出せました』
会話、できる!?
「おまえ、一体誰だ!?それ以上近づくなよ!」
『‥‥私は、ハス、様のしもべです‥‥お迎えにあがりました』
っ!ハスを知っている!しもべ!?ハスが探してくれていたのか!?
『‥‥ハス様の指示で探しておりました、ご案内します、こちらへ』
「‥‥どうやってここへ来たんだ?」
『‥‥‥‥ルゥアに攫われ、穴に落ちた貴方を探す為、ハス様は我々沢山のしもべを此処へ送り込みました、私もその1体です、強烈な臭いがしたのでもしやと思い辿った所、お会い出来ました』
「あっ、そんなに強烈なのか‥‥」
『‥‥さあ、こちらへ、急ぎましょう、この臭いにつられて他のバケモノが来てしまいます』
「その、怪我はどうしたんだ?」
『‥‥ここのバケモノは、我々の手に負えないので。逃げ隠れてはいるものの、ご覧の通りです』
信じて良いのか?危険を冒して探してくれていたのか?
『‥‥死にたくなければ、ついてきてください』
その言葉、ハスと同じ‥‥
「‥‥分かった」
都合の良すぎる展開。
信じきる事は出来ないものの、ハスを知っており、会話の内容も、その場にいた俺とハスしか知り得ないものだ。
警戒はするものの、ついて行く事にする。
『‥‥よかった‥ご案内します』
正直、会話が出来る存在と会えて、かなり救われている。
会話はやはり大事だ、この短いやりとりで、絆、繋がりすら感じてしまう。
「よろしく、改めて、俺の名前はアズマ、君の名前は?」
『‥‥テン、とお呼びください、アズマ様‥気配隠しで覆います、離れず、お静かに、ついてきてください』
「わかった、よろしく、テン」
俺とテンの周囲を、黒い膜がカーテンの様に覆っていく、そんな感覚があった。
スキルとか、魔法とかいった感じだろうか、やはりそういった物があるんだ!テンション上がってしまうな、ぜひ覚えたい!
ーーバケモノの気配を避ける様にして、深淵の地を、テンの後について歩く。
土の地面、岩、時折遠くで響く何かの音。
やがて巨大な柱がまばらに聳え立つ、そんな景色に変わってきた、柱の根本は、根っこの様に地面が盛り上がっていて。
これは「木」なのか‥!?
遠目に見た、あのバケモノの足と変わらない太さで、まっすぐ暗闇の宙空に向かって伸びている。
「どこまで伸びてるんだ‥‥?あっ」
『‥‥声も多少は大丈夫です、ここまで来れば、もうすぐですよ』
「もうすぐ?いや、そこまでは進んでいないと思うけど?」
『‥‥特殊な道があるのです‥‥我々もそこを通って来ました』
「そうなのか?でも、距離からするとまだ全然では?」
『‥‥大丈夫です、信じてください』
そうだな、ここまで来て、繋がりのできたテンを疑うなんて。
自分の違和感、ピリピリした感じ、それは気の迷いだ。
テンを信じないと
ーーでも、本当に、そうか‥‥?
足を止めてしまった俺に、テンが優しく語りかける
『‥‥大丈夫ですよ、信じてください、‥‥‥‥‥‥拠点では、ヒレカツ定食もご用意しておりますよ』
ーーーーーっ!!
瞬間、自分に繋がっていた何かを弾いた気がした。
その勢いのまま、全力でテンを殴りつける。
ぐにゃりと、テンの頭は粘土の様にへこんだ
『ナゼ?キヅイタ?』
頭のへこんだテンが喋りかける
「おまえ、思考とか、記憶とか読み取るバケモノなんだろう‥‥!ヒレカツ定食とか、ありえねえんだよ!どこに連れてくつもりだったんだ!」
『ソウカ、ザンネン』
テンだった物はそのまま形を崩し、跡形も無く消えてしまった。
ーーおそらく、あれは本体が操作する何かだったんだろう。警戒を続けていたが、その後現れる事は無かった。
あんなのもいるのか‥‥
思考も段々誘導されていた気がする、あのままついて行った先に何があったのか。
暗闇の先は何も見えない。
だが、食糧と、水。
探さないと。
動かなければ、やってくるのは
「死」だけだ。




