生きる為に
「ーーうわっ!何時っ!じゃない!寝てた!?」
どれ程寝ていた!?慌てて辺りを見回すも、動いている物は無かった。
気配も感じないし、「叫び声」も聞こえない、ひとまずは大丈夫、か?
ーーあれから、あの場所からとにかく離れようと、痛む身体を引きずって見つけた、岩壁のちょっとした窪み。
途中で拾った黒い布にくるまって、窪みの中で体を休めていたら、いつの間にか眠ってしまった。
しかし、ひと眠りしたおかげで頭はスッキリとした。
生きる為に、殺す、殺さなければ、死ぬという事実も‥‥ひとまず飲み込めそうだ。
体中の痛みも引いて来た。
「よく、ちぎられなかったな‥」
歯形に傷ついた腕をさする。今は血も止まって、傷も塞がりかけている、異常な治癒速度だ。
あの時。
腕に食い付かれて、歯が食い込み、肉の千切れる感覚が確かにあった。
激痛だった。アドレナリンとか、エンドルフィンとかの脳内麻薬なんて全くお話にならない、痛みと、腕の無くなる恐怖。
食い付いたバケモノを必死に引き剥がし、腕の状態も見られないまま、その腕で殴り付ける。
ーーずっと、そんな事を繰り返し、繰り返しいくうちに、段々と、受ける歯形の傷が浅くなっていった。食い付かれる事も減っていった。
レベルアップ、とか、そんな感じなのか?
「ステータスオープン」
‥やっぱり何も出てこない。
だけど、邪神ディアマンテイーテが開いたという、俺の【部屋】それが影響しているのは確かだろう。
「意志こそが力、魔素を部屋に呼び込み、意思に答えて形をなす、か」
あの時ハスが言った言葉。そして【魔素】とは。
ーー結局、その先の話は聞く事が出来なかった。
おそらくは、【魔素】という物がこの世界には存在して、それを取り込み、強くなる。
そんな感じなんだと思う。
今までにあった、何かが自分のどこかに流れ込んでくる感覚、なんなら、今も吸い込んでいる気がする。
「だけど、それだけじゃない気がするんだよな」
ハスについて行けていたら、教えてもらえたのだろうか。
‥いや、ハスはもう居ないんだ。
考えてもしょうがない、それよりも問題がある。
‥グ〜キュルル
「腹減った‥」
起きてから自覚した、猛烈に腹が減っている。
肉が食べたい‥‥
駅前のとんかつ専門店の「ヒレカツ定食」ライス特盛。
まずはセットの豚汁を一口すすった後、ヒレカツにレモンを絞って、最初の一切れは岩塩で。
サクッとした歯応えの後の、塩味と適度な弾力のヒレ肉がもう‥‥!
‥グ〜キュルル
‥やめよう、切り替えないと。
食べなくても1週間は生きられるというが、その前に動けなくなるだろう。
動けなくなれば、死。
水分の方が緊急なのだろうが、とにかく今は、この空腹感を満たす食べ物が食べたい。
「探さないと‥」
レベルアップ?の影響で、感じとれる様になった【生き物の気配】その感覚を頼りに、食糧探しに出かける事にする。
相棒の木の棒を両手に一本ずつ、黒い布を首元でマントの様に結んで。
これじゃ、森を探検する小学生のスタイルだなと、少し笑えた。
ーーやばすぎる‥
そして今、必死に気配を押し殺している。
わかりやすく大きな気配のする方向へ向かった所、出くわしてしまった、あまりにも大きい、バケモノ。
高層ビルみたいな太い足だけが、暗い宙空へ向かってそびえている、その先がどうなっているのかは、闇に隠れて全く見えない。
その足を2本、交互に動かして、前方を左から右へ歩いている。
やばいのは、地面に足がついた時の地面の揺れ、音が何も無いのだ。
リアルなのに、まるで無音の映像を見ている様な違和感。
過ぎ去ってからも、しばらく動けなかった。
ーーどこかで、あの地獄を乗り越えた自分に、自信を持ってしまっていた。
自分は魔境の事など何も分かっていない、新参者。
もっと注意深く、慎重に動かないと、死はすぐそこにある。
俺が感じる様になったのは、大きい気配なら、遠くからでも感じる、小さい気配は近づかないと感じない、そんな感覚。
そして狙うなら、小さい気配だ。
結局は、注意深く周囲を観察しながら進むしか無い。
ーー先ほどの様な、わかりやすく大きな気配を避けて、慎重に歩く。
土の地面と、所々に岩という景色。その影に何か潜んでいないか、上からも何もこないか、神経を尖らせて進む。
ーー進んで、進んで、大きな気配を避けて、不意に岩に隠れて、進んで。
神経をすり減らし、いよいよ耐えがたい空腹感を抱え、本当に、小さい気配を感じる事なんてあるのか、自分に疑問を抱いた頃。
ーーいる。
目の前、岩の向こうに感じる、小さな気配が複数。
それの群れが岩陰から出てきた。
地面を這って進む、クマネズミみたいなサイズ、形の生き物、鼻をひくつかせる様子はまさにそれだ。
ーーこれを、捕まえるしか無い!
木の棒をそっと置き、息をとめ、静かに後ろから近づく、気づかれない様に、そっとーー
「キキィ!」
気づかれた!一目散にかけて行くそいつらを、見失わない様必死に追いかける!
まるで1匹の魚の様に、一糸乱れず群れで固まって動く!右へ、左へ追いかけ回す!
1匹でもいい!捕まえないと!
ーー狙い目のやつがいる!
群れの後ろの方、少し反応が遅いのがいる、どんくさそうなやつだ。あれなら!
ーー必死に追いかける事しばし、ついにそいつは、群れと曲がる方向を間違えた!こいつを、確実に捕まえる!
俺は狙いをそいつ1匹に定め、追いかけ回す!どんくさそうに思えたのに、意外に素早い!だが、決して逃がさない!
どれだけ走り回ったのか、やがてそいつの走りにも疲れが見えた頃、俺は残りの力を振り絞って、全力でスライディング、ついに。
「捕まえた‥!」
決して逃さない様、両手でそいつを掴み上げた!
動かない様にしっかりと掴んで、改めて思う、ひくつく鼻、ヒゲ、4本足、本当にネズミそっくりだ。
そしてつぶらな黒目、そいつと目が合った気がして。
そして分かった。
こいつは、わざとだ。
わざと、どんくさいふりをして、狙いを絞らせて。
そして、群れを生かす為に、自らは囮となって。
そして、捕まっている。
それが、こいつの生きるという事。
こいつは、戦ったんだ。
俺という脅威から、群れを生かす為に。
手を通して、こいつの震えが伝わってくる。
変わらずこちらを見つめてくる、黒い目。
「ああ‥」
俺は。
その目を隠す様に、頭を包んで。
ポキッ「キュッ」
そいつの命を摘み取った。
ーーそうして、首をもいで。
「あ、そうだ、血抜きを‥‥」
流れる血を見て思った所で、電流が走った。
違う!これは、水分だ!
俺は、その首の無い体を両手で掲げ上げ、流れ落ちる血を‥‥飲み下す。
暖かく、どろっとした物が喉を通り抜ける。
なぜか、涙が出た。
ーー喉を潤せた、次は、解体だ。
爪で皮を剥ぎ、にわかの知識を頼りに、まだ暖かい肉をバラす、切り分けるのに、爪が大いに役に立った。
「どうなってるんだ、俺の体は‥」
今更か。
そうして出来た、いくつかの不揃いな肉の塊り。
加熱できるものなんて無いので、当然生だ。
血の滴るそれを、そのまま‥食べる!
噛む、噛んで更に細かく。
味なんて考えるな。
これは、肉だ。
飲み込め。
俺は、この肉を食って、生きる。
生きる為に、食べる。
ーーそして、しばらくの後。
俺は、猛烈な腹痛に襲われていた。




