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天国か地獄

作者: 伊阪証

今回はかるーい作品です。特に伏線とかもないのでゼリーみたいに飲み込んでください。ちゅるっと。



深い森は黒と緑に満たされ、闇に落ちていく。

その中を歩くのは、とても怖い。

その先に何かがあると思っていく事が一つ希望の灯火として生きている。


仕事の魂を癒す場所、自分は最初、もっと物騒なものを想像した。善も悪も報復、その様なものだと。

死は辛い、だが、同じ程度に生も辛いものだ。

どうかこの話を聞けた君は喜ぶべきだ、君の思う地獄は存在しないが、だが努力はした方が良いと同時に否定する。

「ようこそ、診断所へ。私はクリス、ここの主治医だ。」

ここには、人体が様々な破壊をされた人間も混じっているが、全員が死を笑い合っている。特に戦争で亡くなった敵同士は、仲が良い。

『どうして俺達はあんなバカに忠誠を誓ったんだろうな?』

『借金返済の脅しだな、俺は日本に行こうとした際に突っぱねられたが100万円の借金が残っちまってなぁ。返済を条件に雇ってくれたのさ。』

『そっちはマトモな理由だったかぁ、俺は親が遊ぶ金欲しさに未成年だってのも誤魔化して入れたってさ。』

『お前も大変そうだなぁ。』

『忠誠心なんてそんなものだ、戦争で大事なのは勝つこともそうだが、その軍隊や国の資質を見せる事も、だから負けた所を折れるまで破壊する。街ごと焼いちまうのさ。』

『親は焼けたのか?』

『そりゃあもうこんがりと!』

『嬉しそうだな、この上なく。』

『地獄行きが決定したらしい!』

『お前も落されない様に、な?』

割と和気藹々している。割と。

自分は死んだかどうかも分かっていないが、多分闇に飲まれて死んだのだろう。だが、受付に向かった際に言われた。

「貴方は生者です、ここから先は行けませんが・・・臨死体験コースはそちらです。」

なんとびっくり、自分は生きていたそうだ。朦朧とした意識は混濁しているから起きたものだ。

ガラス戸越しに自分は彼等を見た。死者の身体は徐々に治され、その上で告げている。

「君の生前の行いに合わせ、割り当てれるのは・・・うん、問題無い。地獄行きだ。」

医者の様だが、スーツや白衣という割と見掛ける格好。衛生的な衣服だ。

その人物が自分の脇腹に指を刺し、血を相手に塗り込む。不思議な行動だが、どうやらそれで治ったらしい。

自分も出来たら良いなぁ、とも思う。日頃の傷は絶えない、綿花の収穫作業なら尚更必要だ。

「そう悲しむ事はない、君は死んだ、罰を望むなら罰を、快楽を望むなら快楽を。体裁を繕わずとも結構だ。隠した方が辛い目に会うぞ。」

魂は摩耗する、その消耗を満たして死後は安らぎに満ちる。罪と罰、それは前時代的だ、今の人々は罪に満ちているが、悪には満ちていない。罪に落とされるのだ。

「君は地獄行き・・・だから後ろの彼女に着いて行きなさい、彼女が望むものを与えてくれるだろう。」

カルテを書き込む。内容は・・・。

「彼は幼い頃の家庭内暴力、児童虐待により精神的な歪み、価値観の差異がある。信心深くあったが・・・大分前に再発行もしたんだがなぁ、ウケが悪かったか。」

傷口は多い上、半分程度は戦時中のものではない。ストレス性の発作だろう。幼児時代から傷付けられていたと思われる。

「悲しむ事はない、安らぎを与える為の場所だ、罰を望むなら罰もあるが、必ず善に生きれる世界を作ってやれなかったこっちの責任だ。だからその報いとして君に与えられる限りを与えよう。」

どうもクリスという人物は苦労しているらしく、目に見えて疲弊している。目に見えて。

此方を向いて言った。

「マジックミラー越しだがそこでいいかな、臨死体験コースへようこそ。滅多に無いから楽しんでいくと良い。」

「あ、はい。」

「最近は結構あるけどね、それだけ死から戻れてるって事実は嬉しいとも。稀に本当に死んでしまう人も居るがその若さなら大丈夫だろう。」

自分はその事実を飲み込めてはいない、もう死んだのか、とも思うが大した衝撃ではない。

「すまない、次の患者だ。・・・これは酷い。聞くまでもない、いや、先ず聞けやしない。」

溶けかけたバラ肉の様な何かが出てきた。

「田舎の農家の子供、豚に食われた、か。」

豚は雑食、子供に行方不明原因が豚だという事も多い。近所で農家が行方不明になっていたら畜産寄りの人かどうかを調べて豚なら食われたと考えてもいい。生きていたら食わないだろう・・・が、死んだり寝たりすると食われる。

「良し、治療完了。君は天国行きだ。特に悪くはなかった。良い子だ。・・・え?死体が壊れたら天には行けないって?・・・ああ、イギリスで多発したんだよ、遺体が後から破損するとか。だから見逃す様にした。地獄でも罰せれないって昔はトラブルが多発してね。だからそうならない様にした。」

泣きじゃくった女の子が抱き着くが、軽くあしらって天使に渡す。

「君にどうか幸せが訪れます様に。」

そう一言付け足した。

「えーと臨死体験の君の名前は?」

「分からない。先ずなんで話せているかも。」

「ジェネシス・・・でいいかな。」

「ジェネシス・・・はい。」

少し長めにカルテを書き込んで、そして終わらせた後にこちらを向く。

「午前の部は終わりだ、午後までに昼飯を食っとけ。こっちは臨死体験患者の対応だ。」

声を僅かに荒らげ、部屋越しに伝える。そして座る。

「さぁて、新しい聖書を出したのはつい最近だが・・・地上ではもっと経過しているだろうが、取り敢えず知名度が低い事は分かった。せめて売上部数中央値までは行って欲しいが・・・。」

幾つかの紙を挟んだフォルダーを持って先に進んだ。扉を開けて此方に来た。

「先ずは説明だ。ここの説明をする。」

「ここ・・・診断所とやらの?」

「ああ。」

廊下を歩き、階段を上り、そして扉を開ける。

ここはあの世、天国と地獄。地下から空まで届く場所。門を通れば安らぎが待っている。

天国はプラトニックな愛や、無欲で優しい人に合ったテーマの癒しが揃っている。地獄はハードでもソフトでも、個人に合わせたシチュエーションのプレイを楽しめる。そんな場所だ。さぁ、ここには君の望んだパートナーと世界がある。

肉体を失えど、魂には願望が宿る。

「・・・という感じだ、地獄が維持出来る程倫理や道徳は正気なものではなくなった。だからこうなったのさ。」

取り敢えず聖職者と弁護士と医者と政治家は地獄送り、なんて事はないらしい。

「地獄の方が質が悪いぞ、上客にしか良い物は提供出来ない。地獄にも独自の階級があるから一概にも言えない。」

悪魔の悪は邪悪ではなく劣悪という意味らしい。が、性質的に向いていたり、堕天使というものもいるそうだ。そもそも地獄を支配しているのも堕天使らしい。

「さぁ、ここでは以上だ。次は未割り当ての天使と悪魔を連れて現場を見てくるといい。」

二人を呼び、もう片方が先に行き、一人が待った。多分こちらが天使だ。クリスに近い匂いがする。

「覚えている事も、思いを馳せるのも良い。だが一個だけ我慢して欲しいものがある。」

目を細めず、前を見て言う。

「生きた者には秘密にしておいてくれ。彼等へのとっておきのサプライズだからな。」

そう聖人は笑った。

そして自分は天使に着いていく中、彼は気付かない程度にボヤく。

「別に話して貰っても構わない、臨死体験は死にかける様な事をされた不幸な出生の人間が与えられた奇跡。だからこれをダシに稼いでしまえばいい。そうすれば少しは幸せになれるだろう。」

・・・大して成功しないだろうし、新版聖書が受け入れられない様な連中だ。変わらないとしても、あの子の手助けになれば良い。これから死後を見て・・・あの子はどう生きるのか。どう死ぬのか、ここで見るのが楽しみだ。



天使が案内をしたものの、最初は地獄からだった。優しい顔をして、特に牙もない悪魔が出迎えてくれた。

「地獄からですか?」

「そうした方が良いでしょう、彼は天国か地獄どちらに進むかまだ分からないでしょうし。」

「成程・・・じゃあ、私がご案内しますので、ここで合流しましょう。」

「時間が違うから私を呼んでくださいね。」

「はい!」

上下貴賤はなく、仲良くはあるがしかし尊重が理由で少し遠い会話をしている。

自分は早速地獄へ向かう、罪と罰の場所とだけは知っているが、実際の所どうなのだろうか、クリスから話自体は聞いているが・・・美しいとは思えないだろう。


紅蓮と黒の街、汚れて壊れて、暗い場所。ホテルの様に部屋があったり、街が再現されていたり・・・セントレアとか、大江戸温泉物語の様な建物内に街並みがある、というのが一番近いだろう。一つ違うのはゲームセンターの代わりに賭博場があったり、温泉の代わりに鎌があったり、位か。

地獄は風俗系の店が多い、クリスに言われた事だが、天使と悪魔は一部以外互いを知らない為話すなと言われている。互いを尊重し、凄いと思っている。そこの侮蔑は無い。

地獄は王者『輝ける明星』ルキフェルを中心に成立し、彼/彼女が頑張っているそうだが・・・現在は不在との事だ。クリスも父は不在と言っていたし、割と問題があるのかもしれない。

「(うるさい・・・。)」

本当にこの街はうるさい、耳が壊れそうだ。クラブ風俗クラブ風俗キャバクラ居酒屋クラブ風俗薬局裁判所学校教会公民館軍事基地国会議事堂、どこもうるさい事この上ない。後半に向かう程鼾がうるさい。

「失礼しますね。」

嬌声と叫びが聞こえる中、それの大半が消え去る。

「ヘッドホン?」

「イエス!近いです。音声をダイレクトに伝えるので私の声を聞いていてくださいね?」

本物を初めて見た。自分はそういうものには縁がないし、空想のものかと思われたが・・・そうではなかった様だ。

・・・ある建物に向かう、ホテルだ。そこには色々な人間がいる・・・それも不幸な、との事だ。

クリス曰く・・・悪魔は天使と比べると下手とか、癖があるとか、向いているとか。天国と比較すると客もキャストもその様な場所らしいが・・・その悪魔が同じ様な意見を言う、つまり客は相当ヤバい。記憶から消す覚悟をした上で挑むつもりだ。

「監視用にまたマジックミラーで出来ていますので・・・此方の廊下からですね。」

裏口から開き、先に進む。

「君の名前は?」

「私ですか?・・・それは死後のお楽しみですね。相手次第で名前も変えなければいけないですし。」

「そうなんだ。」

「パートナー、コンパニオン、なんでも良いですよ、一つ決めて呼んで下さい。」

廊下の奥を見て言った。

「体験していかれます?」

「結構です・・・。」

それぞれの部屋にはそれぞれの地獄がある。人生の選択を見誤り、地獄に落ちた人々がいる。

先ず一つ目をガラス越しに眺める。さながら博物館の様に。・・・展示台は安くても一個20万円、校長室にある盾やトロフィーを保管する棚は最低400万円だそうだ。

「彼は軍人です、軍は上下関係と罰則があり、それに酔いしれた。彼はついには理解出来なかった。」

罰は無意味である程良い。上官であれば周知の事実でなくてはならない程度の基礎だ。というのも罰に意義を持たせるとそれは別の目的を持たせたものになってしまう。本来の意図とは別の物になるのだ。

故に彼は悪魔が作り出した幻影を罰し、高笑いを続ける。

彼は罰に生を見出してしまった。生に意味が無いという事実を忘れ去る為に、義務感と罰を結び付けた。自分に残された最後の価値を使い続け、そして死んだ後でも満たす為に続ける。

それが正しいと盲信し続け、埋まらぬ穴に流し続ける。擦り切れたその日が、彼の魂を埋める日だ。

次の部屋を見た。

「彼女は魔女として殺された人物です。原因は不倫の隠蔽、彼女は何も知らなかったものの、金の為に探らずに都合が良い人間でいた。」

中世欧州では田舎娘=処女じゃないというのが一般的であった。今では逆まであるが、昔の場合娯楽が無かったとか、ネットが無いからマウンティングとして錯覚していたかがある。シャルロット・コルデは外見こそ良いが田舎娘だからどうせやってる・・・と思われたが、処刑後の司法解剖処女であると分かってから人気が更に増えた。・・・きっと彼女の足りなかったのは、かぐや姫の精神か、Vtuber精神か、コルデの様な運が足りなかったのだろう。

彼女自体が悪いかと問われると、まぁ悪い。その周りがそれ以上に悪かったが、その悪辣度合いで負けたのが決定打だ。

「性病を振り撒いて死因にしましたけどね。」

それが救いかどうかは分からないが、彼女は復讐を果たした。そして同時に真なる魔女と化した。

縛られて、繋がれて、しかし何もされない。それが彼女の願いだ。少しでもマシになりたい、その願いしか考えれなくなったのだ。

次の部屋を見た。

「あれは逆に嫁の浮気を察して証拠を明かしたら銃で撃たれた人です。彼は自分の本性を隠して生き続け、そしてここで遂に明せたのです。」

彼と彼女はお似合いだったらしい、性癖的に。だが、彼はそれを隠し続けた。

その結果、不幸になった。倫理や道徳が彼等を縛った。片方は我慢をし、もう片方は我慢を止めた。互いに明せば幸せだったものを。

浮気とは、結局誰も喜びはしないものだ。破綻したものから享受しようなんて考えはよした方が良い、と。

正義とは何か、同時に罪とは何か・・・それは『価値観とそれの維持力』が共通している。天国に逝った一心不乱に正しさを信じた人々、そこから囁かれ落ちていったり、また別の価値観の影響を受けたり、或いは衝動的にそうしてしまった。

・・・それが正義と罪だ。人はそれを忘れる。人が人を好くには理由等要らない、だが、それを許容出来る程本能を失った人間は地球上にそう多くないだろう。百分率でも表し難い程に。

人が人を嫌うのに理由は要らない、後付けでどんどん納得するだろう。臭いでもそれは成立する。例えそれが僅かでも。

だから人は地獄に落ちる、本能を失わずに生きたからこそ、その理解し難い快楽に襲われ、人を傷付ける。それが命を奪うものであっても正しいと信じれる。

仕方無い事だと済ませて地獄に落ちるのも良い、だが、それが数多の犠牲の上で起きていると理解した上で扱うべきだ。本能とは所詮自分の為でしかない機能、倫理と道徳においてそれは悪となる。

あの年の差カップルは・・・。

「本物ではありません、向こう側には愛情なんて無かったようですから。あったとしてもそうはなりませんけど。体目当てでしょうね。」

また同じか、と隣を見た時に彼女が言った。

「逆にあちら側はありましたよ、周囲は非難して金目当てだと言ったのでストレスで直面出来ない。」

若い女の側は違った、彼女は検診的に支えたものの、死ぬ迄非難され、死んだ後に漸く人々は美談だと語り継ごうと言い始めた。・・・多分、金になるからだ。他所様に口を出しておいて、悲劇を生み出して、ハッピーエンドだねと笑う。その流れが同じ人間から行われていると考えると、反吐が出る上に吐き気がする。

「愛情は希少です、深く重い物は、何をも超えるが故に差となる。その差が時の差であれば、苦痛の素となる。」

その部屋の壁は厚くない、だが、どちらも盲目下にあった。光を忘れて望みを叶える。

「だから、互いが触れ合わない事は幸せにもなり得るのです。」

癖がある、それは薄氷の中、僅かに遠い部分があった。その差は埋まらず、空白の中。

「まだまだ居ますけど、どうします?」

正直な所は嫌だが、自分が向き合うべき問題でもある。

「・・・見ます。」

覚悟の声は確かに響いた、それを然と聞き、受け止めた。

「地下は人喰い鬼のフロア、殺人を犯した人間の住処です。」

鍵を開け、出来るだけ早く進む。流血が遮る中でも中は見える。部屋の隙間は無い。

「あれは母親、腹の子を殴り流産を意図的に起こした人物です。金が無いのに騙されて子を孕まされた人間です。」

水商売、それも管理されていない時代の。よくある事故だったが当時はメディアも発達しておらず、それはそれは、世界一の不幸だと嘆いていた。

「あれは軍人、無謀な突撃を止める為に指揮官を殺した人です。しかしより酷い指揮官が割り当てられ、結果としては全滅になりました。」

偽物の軍を率いて戦い続ける、相手も偽物である。いつまで戦うが、その犠牲は取り返せないものだ。自分は戦わなくてはならないという妄執が縛り続ける。いつまでも、いつまでも。

「あれは政治家、賄賂を受け取らなかったが為にメディアにも攻撃され、企業は攻撃し続けて排除された人です。暗殺したが為に国は転覆、政府も無くなりました。彼は死に際に暗殺者を道連れに、革命の原因はそれに心が打たれたのが原因だそうです。」

裁判の光景だった、だが、毎回結果は変わる。有罪で絞首、無罪放免、有罪でもデモ隊が裁判を破壊する・・・様々なパターンがあった。

このホテルにいたのは、大半が善人だ。なのに地獄へ落ちている。真面目に生きてもその限界が来る。

「・・・これで、一旦終わりましょう。これ以上は気分を悪くするでしょうし。」

その奥はまだ長いが、先よりも血が酷い、それ所か赤ですらない何かで染め上げられている。緑と黒は不気味で、先ず見る事すら出来ない。

「・・・まぁ悪い所はこの程度で抑えましょう。見ていても面白くないですし。」

「言われた人の気持ちを考えてやれ。」

「やだなぁ、死人に口なしですよぉ。」

「死人に口出しだよ。」

「上手い事言いますね。」

「上手い以前に不味いんだよ。」

ホテルの外で缶ジュースを貰う、アルコール入りではないので安心してと言われ、グッと飲む。

「地獄の意義。」

「・・・?」

「我々は生者を救えない、だから、詫びとしてせめて死後を満たす。」

そうでもなければ彼等は報われない。その為に地獄は存在する。

自分もそうなるかもしれない、だから向きを直して彼女を見る。

「鬱は魂にも響きますから、治さねば。自分は悪魔として理解しなければいけない、嘗て死者を閉じ込めた牢獄の監視者として。」

臨死体験、恐らくは死にかけ。若い人間の死因は大体が自殺・・・というのも、それ以外の死因が少ないから相対的に増えてしまう。だから自殺や自傷による昏睡状態の可能性が高い。今のまま地獄に行けば、罰はなくとも彼等の様になると教えた。

「地獄は、あなたには相応しくない。」

「・・・どうして?」

「責任感に囚われる様に覚悟したでしょう?」

「・・・。」

「先ずは自分を救いなさい、悪魔の教える地獄に落ちる方法にして地獄に落ちない方法です。」

自分は悪魔に教えを受けた、現世では得られない経験だ。悪いと言われていた存在が、こうも美しいとなれば、こうも素晴らしいとなれば。

「・・・正しく生きないと罰されずとも辛い事になる、それが私の教える事ですが・・・正直、どうしようもない時生を選択する理由にならないんですよね。天使さんの役割だとは思いますが・・・ああ見えて結構苦労しているので、私が私なりに生きるというのを話したいのです。」

自分は知識も無い人間だ、聞いた話程度のものしかない。だが、彼女は自分の何かを見てくれている。本質を把握している。

「彼等は正しく生きた、正しく生きたから間違えた。正しくあろうというのは人間の道徳においては当然ですが、生物としてそれは履行出来ない。どこかで破綻する。それが彼等です。」

自分はその本質、それを知った所で活かせるだろうかと固唾を飲んだ。彼女との会話は恐怖だった。それが責任感なのか、分かるようで分からない。

「生物という枠組みにある以上、それは変化します、この教えも変化します、頑張って変えてはいますが結果は乏しい。」

悲しげに目を逸らした。それを見つめ続けるとすぐに目を戻す。彼女は優しい人だ。だから自分にそう言い切れる。

「悲しい結末を報いる為、それではあの教えに意味が無い。悲しい結末を起こさない為に作り、それでも救いきれなかった時に我々がいる。」

その目は蕩けている様な穏やかだが、熱さはない眼差しをしていた。

「あなたは苦しんだ、あなたは善人だ、知識があるかはさておき、賢明だ。」

それは悲しみだろうか、慈悲だろうか。少なくとも、自分には縁の無い感情だった。

「だから同じ人の手で導いて欲しい。地獄はいつか耐えられなくなり、この魂を満たす場所もいつか無くなる。」

その言葉を聞いた時、ハッとする。意識を取り戻す様に、朧気な心に焼きを入れる。言葉に重みがある筈だった。だが、自分は平然と受け入れていた。

「その時は、地獄にいる罪を避けられなかった善人達も罰を受ける事になる・・・。」

自分がどうなかったのか、ジェネシスには分からなかった。どうしてこうなるのかも分からない。

「助けたいから、生きて欲しい。語り継いで生きて欲しい。・・・私の我儘ですが、どうか忘れないよう。」

その言葉に対しての自分の答えはこうだった。

「僕は、伝える様に生きるよ。」

「良い責任感ですね。」

「そうかな?張り切り過ぎて疲れるからいつもダラダラしてるけど・・・。」

豆知識の様に、立ち上がって彼女は話す。歩調が少し上がっている。気楽な足取りだ。

「責任感って記憶力に意外と連動しているんですよ? サボり癖も。」

「え?」

「一日にまとめてやると満足して印象付くんですよ、例えば勉強を一日に集中させたりとか、一日の休みが恋しかったりとか、一日五善なんかした日には一週間サボってマイナスになりますよ。地獄に落ちた人あるあるです。」

「へぇ、あるあるなんだ。気付かなさそうなものなのに。」

「だから、満足しない為にも、逆に満足する為にも『習慣』と『一気』を使い分けて責任感を緩め、自分を壊さない様に、誑かさない様に器用に使うのです。」

天国に向かう中で、自分は生き方を教わる。自分が起きた時に役に立てば良いが、それが出来るかは分からない。自分は裕福な生まれではないし、家も無い、明日生きる為に何かをして生き延びる必要がある。その中でその選択が出来るだろうか。

「それがせめてものコツでしょう、ね。」

今考えると・・・この女、これの為だけに会話したのではないか、とも思った。やはり本質は悪魔、騙し漬け入る。・・・だが、悪い気はしなかった。優しさは確かに身に染みた。出来る限りはしなければ、彼女に嫌われると思って努力する。下卑たものだが、それが真に下卑たものであるかは彼次第である。



診断所を出た所で、天使に受け渡される。

「ご苦労様、まだお昼時だから食べてらっしゃいな。一つ冷蔵庫に取っておいてあげたから。」

「わぁ!ありがとうございます!其方は大丈夫ですか?」

「大丈夫、もう食べた。」

「デザートは!」

「ありますよ!」

本当に仲が良さそうな二人だ。

自分は彼女に心配される様な事をしたのは確かだ、だから次も同じ様な事を言われるだろう。心配されるか、厳しくされるか、それは分からない。だが、少なくとも自分の為にはなる筈だ。

「行きましょうか、ジェネシス。」

「はい。」

天国はうるさい事に変わりはないが、少し経過すると静かになる。秩序的に物も物事も動いている。

白と青の眩しい光が僅かに漂う。

近くのラジオが『アメイジング・グレイス』を奏でた。ヘッドホンは返したが、先のような圧はない、良い曲ではあったが、自分には理解し得ない・・・圧迫感があった、責められる様な・・・。

「そういえば、あなたの周りには変に奇跡が起きる人物とか、居ました?」

「・・・多分、居ないよ。」

「彼に出会ったら、戻る様に言って下さい。こればかりは我々でもどうしようもないので。」

「はい。」

先から油断をすると絆される、相手の愛嬌もあるが、悪魔の囁きがどうも心に刻まれる。自分の今までの生き方には無かった点が現れ、そこに導かれる。得体の知れない恐怖だった。

「天国では基本的なものは揃って居ます。地獄に様に天使が割り当てられて・・・向こうだと閉じ込められている事が多いですが、此方は自由な事が多いです。しかし下品なものであったりは厳禁の為、彼女等の様な苦労はありません。」

悪魔は性的奉仕が多い、それ所か幻覚を頑張ったり、実際に刺されたりするなんて事もある。ジェネシスの見たのは一部、本当の闇は見なかったし、見る価値もない。

・・・此方はアウトレットパークに近い、忙しく、気疲れする場所だ。明るいし、眩しい、だが、慣れてしまえばスケートリンクの様に心地良い。

硝子張りの様な床を踏む、青の冷たさがあるのに、不安はどこにもない。不思議だ、不思議この上ない。

「天国に住まう人は、大体が常人ではありません。」

彼女が唐突に始めた。街中で堂々。しかし誰も聞き留めない、聞こえない様にチューニングしてあるのだ。

「善を一心不乱に信じ、奪われようが貫いた人々。」

目は緩まない、善に拘泥・・・いや、固定されている。意地でもそうして、それ以外を認めない。

自然な善は希少だ、彼等の様な忘れ去った物があり、暖かい優しさがある。

「私の手を、離れてしまうと戻れませんよ。」

「・・・。」

握られた手は縛られる様に硬かった、動かないし、離せない。怒りがある訳ではないが・・・興奮だろうか。

臨死体験の目的は彼女等にとっては生きる希望を持たせる事だ。失意にあるかどうか、探る事なく満たそうとする。

「大丈夫だよ。」

「どうかしました?」

覚えていないから、嘘かどうかも分からない事を伝えられなかった。自分がどうしてここにいるかも、過去の記憶すら曖昧だ。何かしたのかもしれない、とは思う。それ以外に分かるものはない。

遠い陽射しに目が眩む、歩いている筈だが、止まっている様に錯覚する。気を緩めず前に進む。

「えーと、カルテの分析結果通りに行くと・・・ここですね、珍しい。」

「?」

「学校ですね。」

「・・・これが・・・学校。」

「もしかして行ったことも・・・。」

「無い。」

天使の目が一瞬冷ややかになった、すぐに直す所か自身の頬を叩いていた。

「すみません・・・と言うと身長差があるせいで姉弟って感じですね。」

「きょうだい・・・?」

「家族。」

「私がお姉さんって事です。」

「ああ、そういう。」

妙に引っ掛かったが、自分の表現を受けなかった、だから日常的に使いうるが出てこなかったと思われる。一応その形で納得したが・・・そうだろうか、と詰まる。

羽も仕舞い、そして服を変えて出て来た彼女に手を引かれる。廊下を歩き、教室に入る。

「学校って、どんなイメージがありますか?」

「楽しそうに通っている人達を見る・・・位かなぁ。」

学校に行った事も、その金も籍も無い。先ず警察も居ない。自分の故郷はそういう場所だった。

そして同時に、ここは人間の悪さを全て詰め込んだ場所だ。悪徳と隠蔽、権力と腐敗、情欲と混沌・・・その全てが孤立し、混在し、そして機能する。

そこでの傷は一生、そこでの名誉は僅か。故に命を懸けて身を守る。

「大体の人間は、ここで悪に堕ちて地獄行きになります。隠蔽、殺傷、窃盗、大体の罪はここで起こしていきますからね。」

自分には当然分からない事だ、自分の夢の様な場所ではないと理解した上で、机越しに向き合う。

「善があり、悪がある。裁きがあり、罰があり、導きがある。」

それが学校だ。

「失敗があり、修正がある。」

それが学校だ。

「・・・それだけで十分だろう。」

「・・・本当に?」

自分は続ける。

「学校は善悪の区別とその都合を含めて知る場所だ。」

許容すべき範囲があり、それを逸脱する問題は社会に偏在する。それ等はやり易いから横行するだけだ。

施設に必要なのは目的の達成、生物としての成長に関する話を彼女としたのだから、答えはとっくに出ている。

「生物としての養成が行われ、それに後から倫理や道徳が加わった。」

道徳は時間と共に強化され、倫理も厳しくなる。それは憧れでもあるし、都合でもある。道徳が無い人間程生物的には強い、個人レベルだとそうでもないが、集団であれば話は別。老いた人間程その乖離が都合の良いものだと考える。何故なら有利な状況に置けるから。

「学校は、悪を通して道徳を知る機能を残した。」

この言葉、凡ゆる立場が別の意味で受け取れる。正しさか悪さかは分からないが、一つ言えるのは『自然とそうなった結果』だという事だ。

「善と悪がある中でこの点が発生し、今はその摂理が悪へ傾けている。」

倫理が根付いた時、その悪は錆び付くだろう。だから答えは一つ。

「天国に学校があるのは一心不乱に善を果たし続けた人間の後悔から生まれたものだ。それが何よりもその悪を否定する材料となる。」

悪の温床を否定した。なりやすくはある、閉鎖的コミュニティは例外無くそうだ。

「聞いた通り、良い子で、賢いですね。学校に行かずとも十分生きていけますよ。」

手を再び強く握り、眩しい焼けを見に行った。明るく、眩く、眩む様な・・・恩恵が。

彼女は屋上で風を押し退けながら言った。

「自分の思っている事があるから差異があり、それが疑問になり、漸く心配という形になる。この順序で人は他者を思いやるとすれば利己的な性質が少しは無いと成立しないでしょう?」

確かにそうだ、いきなり心配から入る・・・というのはあまりにも変換やペースが早いだけで一段階は必ず自分の話になる。それが彼女の思う『善人の不完全性』だという。

「ぶっきらぼうとか、嫌味がましいとか、大半が駄目でしょうけど稀に思いやってくれる人がいるのはそういう仕組みです。他にもあるでしょうけど、理論的に考えるならこうでしょう。」

悪の教典を語る、どうやって出来るのか、どうやって起きるのか、全ては筋道通りに進む。先人の知る傾向と同じ様な結果を示しながら。

「只、あなたは悪に触れずに生きれば良い。難しくはありますが、一番はこれしかない。」

学校に行く、そして天国に行く。その為の条件はそれであった。だが、それがどれだけ難しいか。

「もし、あなたが旅を望むなら覚悟するべきでしょう、それは何を見るか分からない、それは何が起きるか分からない。」

風に従い、戻る。其の儘降りて元の格好の状態で扉を開ける。覚悟を決めた、扉を開ける音はけたたましい、いや、けたたましく聞こえる程に集中していた。

「一度、ある人を見て欲しい。善行の辛さ、そして悪行に手を出さないという事を。」

一人、只一人泣いて歩く人物が居た。しかし誰も関わらない。誰もが彼を見ない。

「・・・彼は、地獄でも天国でも救えなかった人です。賢く、幻影にも惑わされない。」

「・・・。」

「怒る事は無く、泣いて歩き続ける。」

善、一心不乱の善。その中に彼は居た。

「彼は一番愛した女性が先立たれたと思って後を追うつもりだったが留まった・・・彼女だけは助かったものの間に合わず、覚束無い足取りで歩いて事故死した・・・そんな人です。」

恐怖が唆る、ゾワゾワと這い寄る何かが自分に近付いている。それは感情だ、心臓を締め付ける感情だ。彼女も涙を流していた、見慣れたという感じはしない。

「時間の進みが違うのと、数が増えた影響で後五十年は会えないでしょうね。もう彼此百年は歩いてますけど。再現しても見抜かれるので。」

似た様な人間は・・・少なくないだろう。何人か知っている中でもいる、平和ボケして忘れがちだが、人は結構死ぬのだ。それもあっさりと、あっさり殺してあっさり死ぬ。

「この狂気が彼を貫かせた、だから彼は美しい。」

彼はそれを理解しない程度に善の世界で生きていた。故にこうなった。彼自身は狂気ではないが、世界に狂気があった。

そして彼女は言った。

「愛する事、結ばれる事。我々は聖書を与え人類に結婚というものでそれを示し、最初こそそれが軽いもので、欧州の各民族をまとめられた。しかし今では結婚が規則に縛られ、倫理も愛を縛り、逆に軽い愛は多額の金を用いれば得られる様になった。」

その重さは確かに美しい、だが、それが美しい結果を導き易いものになるだろうか。

「・・・我々はこの責任を一番重く思っています。聖書が原因で誘拐や性犯罪、婚約が起きているとも言えます。原因でなくとも一端はある。何より解決する為に、そして天使として悪魔の苦労を減らす為に。」

そうではなかった、寧ろ人はフィクションに縛られ、美しい結果を渇望した。それは存在しないと言える程の幻想に近い代物だから美しい、一度失えば代えはない。

「・・・どうか彼等には内密に、彼等に伝わったら私に恩返しをと考えるでしょうから。」

彼女は、彼等に出来るだけ長く、出来るだけ幸せに生きて欲しかったが・・・老いるという事も理解している。その上でどちらが正解かも分かっていない。

「私があなたを死後導きましょう、良い子にしてくれたらご褒美も差し上げますよ?」

と、小悪魔な迫り方をした。

「例えば・・・地獄でしか味わえないサービスとかね?」

「いや、それはいいです。」

「・・・地獄で何があったのよ・・・。」

「地獄・・・かな。」

少し間を置くと、つい彼女は吹き出す。

「・・・ふふ、そうなんだ。」

最後に診断所に戻る。まだ一つ何かあるらしい・・・それに関しては僅かに示していた。

『煉獄』

天国にも地獄にも不適、才能アリナシに対する凡人枠みたいな場所だ。

「私は善行を積んで天使になった人間です、彼に助けられ、後悔する様に善を果たし続けた・・・。」

自分はまた黙った。天使の善性が己の首を絞めた。

「彼に合わせる顔も無い、また嘘を言って解決出来なかった。」

心に残る僅かな言葉が頼りだ、なんて思って諦めた。結局自分にはどうにも出来ない問題だった。自分は幸せに、穏やかに過ごしたから、そうしてしまったから。

でも、手を引かれた。

「どうしたの?」

その手が、自分には無い物を示している。

他人にそれを依存してはいけない、覚悟して心を振り絞る。

「私は天使、天国に住まう善人の疲れを癒し、魂を満たす為の存在。」

我慢して耐える・・・という訳ではなく、気を緩めて話す。覚悟は出来た。

「あなたに出会えた事を幸運に思います、一生が終わった時、また会いましょう。」

自分は気を抜いてはいけない、あの悪魔からの間接的なメッセージは確かに受け取った。

「はいはい、そういう心配は自分にでもしておいてください、あなた自身の状況は未だに明らかになってないでしょう?」

その上でこの善性が好きだ、悪を知っても揺らがない、真なる善。だから好きだ。

「愛してますよ、ビジネス的にも、個人的にも。」

手を振って別れを告げる、離したのに、それが繋いでいた時以上の繋がりを感じさせた。



煉獄の前に一度診断所に戻る様言われた、自分は何故ここにいるのか、それが分からなかったが・・・どうやら疑惑が出て来たらしい。

「・・・臨死体験の理由は調査している。そろそろ結果が出るだろうが・・・予想は出来る。」

大体ろくでもない・・・その連中はジェネシスの様な眩しい瞳がない。目が死んでいて、心も死んでいる。何を言っているかさっぱりなヘヴンズ・ゲートを名乗る集団の妖光とも違う。流石にアレと比較するのは失礼だろう。

「自殺・・・にしちゃ傷が無い。」

すぐに答えが出た、それ即ち・・・。

「・・・殺されかけているんじゃないか?」

悪魔は言った。

「傷付けない為に今から引き取り、安らかに死なせるべきでしょう。責任は私が負います。」

天使は言った。

「人を助けられる善人、生かした方が多くの人の救いになる。」

初めていがみ合った、だが、理解出来る為に発展はしなかった。助けるべきだと理解し、即座に向かう。

「羽を隠す衣類・・・と、そちらの角は?」

「帽子でなんとかする。輪っかはどうするのさ。」

「帽子でなんとかします。」

「シュール極まりないんだけど。」

彼は生き延びている、その事実を頼りに先に進む。言葉で元気付けたなら、抵抗したり我慢したり・・・それで生き延びれている筈。

一時間探した結果は・・・。

「何処にも居ない。」

「・・・え・・・?」

川辺で合流した、街を一周し、辿り着いた。

ある程度覚えたが、複雑極まりない場所だ。

「彼だったらどうするか、それを考えれば・・・。」

「・・・仮死の状況だけど少なくとも三時間程度は無事、重傷じゃないね。」

「傷が少ない・・・考えるとすれば溺れた可能性。」

「私は川辺を探る、そっちは病院の方に。私の方が飛ぶのは上手いし。」

即座に別々の方向へ走り出した、病院らしき建物を探す為に天使は少し遅めに、川辺を素早く走る。


クリスはジェネシスに話し出した。

「君は溺死しかけている、今は身体に刺さった傷から金属パイプを引き抜き、縫っている。このまま意識が戻らない可能性もある・・・身体が完全に死ぬケースだ。否定は出来ない。」

クリスは脚を組む、そして聞く。

「君に問うべき事がある。」

圧をかけながら彼は問うた、だが、先ずは状況を飲み込ませる為に時間を置いてからにする、と宣言し下がった。


考え直した、病院は地図上だと二箇所あるという問題が起きた。

「傷自体はあった、つまり手術中じゃない!?」

という予想を立てた。川での事故なら規模が小さい箇所でも出来る筈だ。

「川から病院を推測するなら・・・東と西にそれぞれ・・・流れは北から南・・・ダメ、全然使えない情報じゃない!!」

悪魔側が何か情報を手に入れたらしい。頭に情報を直接吹き込む。

『・・・電撃の痕・・・?』

『そうだ、鯉の駆除用に設置された物からこの子を守る為に川に身を投げ、彼女をボートに投げた。・・・誰もあの装置を止めれなかった、回収する為に集まって・・・。』

『聞こえたね?駆除装置の近い東の方を目指して。こっちは念の為西の方を目指す。』

走り出した、余力一杯、脚色全開、這い蹲る様に構えた。不可視の翼を広げ、一歩一歩を限界まで軽くする。コーナリングを捨てたと言える程広く突き詰めた。

天使はらしくない事をした、あの悪魔に絆された彼に、自分は僅かだが『差異』を思い知らされた。

恐らく完璧な善は無い。

恐らく望ましい善は天国に向かう様なものではない。

だが、自分の果たすべき道は天国を目指す一心不乱の善ではない・・・そうだ。

彼の様に堕ちなければ。

自分がどうなろうと構わないという覚悟をして気を緩める。自分可愛さを捨て去った。それは堕落でもある。

「(でも・・・。)」

本当にそれでいいのかなと踏み留まった。

結局、自分は善行の中で出会えなかった。知らなかったからこそその善は果たされた。

「(自分は、どうすれば彼に会えるかな。)」

彼と向き合うにはどうすれば良いのか。

その答えは、もう自分の中にある筈だ。

「それは、己の心を満たす為。」

一心不乱の善とは、価値観と思考に依存した善。

運次第で全ては変わる。

時の運が世界を作る、報われるかどうかは分かりやしない。

扉に手を掛け、そして勢い良く開く。意識不明の重体に触れる。同じ顔だ、だが、不思議と誰も居ない。幸運だ。多分関係者は話を聞かれ、一人残されている。

「生きてください・・・生きて・・・生きなさい。」

顔を撫で、頬に触れ、そして目を閉じる。

「死後の安らぎを約束するものとして生の美しさを知って欲しいのです。」

自分はあの時と同じ感覚で触れ合った、立ち会えなかった彼の死と・・・同じ感覚だ。

「特に、貴方の様な優しい人には。」

鼓動を少しづつ戻す、心に込められたのは悲と愛、心を苦しめて、手を差し伸べる。

「天使も悪魔も余程の事が無ければ死んで欲しいなんて言いません、生を喜怒哀楽で満たし、ここに来て欲しいのです。」

その呼吸が段々と戻る中、自分は立ち去らなければいけない。少しは目が覚めたが、私には相手が居る。助けるべき相手が。

「また会いましょう、いつか、その先に。」



「どうだった!?」

「問題無かった・・・はぁ。」

走り尽くした足を支えるべく羽を伸ばす、そして屋上で仮想の扉を開く。

悪魔の方は戻らずに、少し待った。

『マモン、聞こえるか?』

「聞こえます。」

『向こうは合流出来たらしい。』

「あら、そうでしたか。」

『大丈夫だろうから手を引いた方が良い。』

「はいはい、分かりましたよー。」

クリスは改めて向いた。その重圧は決して嬉しいからというものではない。

「よし、改めて話すか。」

心拍数を戻し、外傷と火傷の修復が終われば問題は無い。彼女等が戻るよりも先に話し終えるつもりで目を向けた。

「救助は終わった、後は手術次第だ。だが、一つ問うべき事がある。」

カルテは持っていない、それは彼の本心から来るものだからだ。・・・そう、どうしてそうしたのかを問う為に。

「臨死体験は魂の避難、麻酔の様なものだ。精神を維持する事で多少の逆境を跳ね除けるという機能だ。」

「・・・。」

「今回は自殺行為に等しい、己の命を考慮せず身を投げて死んだ。賞賛すべき事だが、同時に罵倒してでも否定すべき事だろう。」

それはそうだ、自分はある意味では生物的に異常な行動をしている。利他的個体が存在しなければその生物は滅ぶものだが、それでも命を掛けるのは褒められないものだ。物や他の命の為に死を選ぶ行為、それを是とする教典はハッキリ言って異常、其方の方が都合が良いから改竄されるが、宗教を作る様な経済に感覚的な理解を示す者がそれを前提として置かない訳がない。だから彼は否定する。イスラームの経済が発展した後の様な犠牲を許容出来る時代とは違うのだ。

「勝算があったか、能力があったか、それに関しては完全に否定されている。考える能力がないとは言わせんぞ、君の旅路はその様な弱さが無い。」

自分を考えてくれる人間だと理解出来る、理解出来るからこそそう示せない。自分は間違っているからこそ正しい生き方が出来る。天国に必要な歪な善を果たしうる。

「生きる気が無い者に世を渡る権利は無い、魂は回らん、輪廻転生なんて都合のいいものはない。」

死後の補完、それは凡ゆる人類が信じ、考えるものだ。全ての人類はその死の在り方に自ら縛られる。死を選んだ己を恥じるべきだ、それは確かに納得出来た。

「自己犠牲は否定しなければいけない。それは偶像崇拝の様に。君達は物として渡すと途端に命を懸け始める。」

自分は、昔の事を尾に引いている。

無理だと思って、諦める様に。

悪足掻きで、自分の善と生き方を示す。

それは最新の宗教として『自然科学』を取り入れた。

「生物は生きる為と生かす為に生きている。それは状況次第で取捨選択が行われ、最終的に同士討ちになる事もある。」

あの子は生物を個としてだけではなく、集として見た。

「だから僕は生かす為に生きる、それが他人にもあると信じて。」

彼女とは違う過程で、同じ答えを出した。

少しばかり差はある、片方は道徳的な正しさ、もう片方は生物的な正しさ。・・・正直、本来は逆であろう。死があるからこそその生は価値あるものとなる。死を知らなければ生の価値は上がり続ける。

「・・・そうかよ、ま、そんなもんか。」

見られるかどうかも分からない、教典を携え、一人一人の為にある。それが聖書だ。あの子とは相容れない、個と集の差異。分かり合えはするが、それが幸運を齎すなんて思っていない。

「生きるからには生き延びろよ。」

自分は自分の考えた宗教に、あの子は科学という宗教に縛られている。

「ありがとう、自分の生きる価値があるというのがハッキリ示されるのは・・・こうも嬉しいものなんだな。」

ジェネシスは心をほのかに温める、涙を拭っていたが、悲しさも忘れてはいない。

戦争で無意味に、そして全員を平等に、奴隷や貴族どころか農民や市民を死地に行かせる。そう変質した時、自分の教えは変えなければと踏み切った。

時代が変化したその時、あの子は変えられるだろうか。自分の時代との差を書き換えられるだろうか。

マモンが帰って来た。

「羨ましいな。」

「君らしくない言葉だな、人には出来るだけ関わらないなんて言ってたじゃないか。」

甘さのない、酸っぱい林檎を齧った。

「彼女から君に招待状だそうだ、どうやら彼は希望するだろう、とな。」

死後の約束、ロマンチックで素敵だ。

「この上なく面白い、マモンは気付いていなかったか?」

「私は慣れちゃってたんで違和感は無かったんですけど・・・後で考えて気付いた感じです。」

「そうかそうか、ま、確かに気付くのは難しいな。」

「最初の時点で気付いてたのに言わないのは意地悪じゃありませんかね、クリス。」

「部下の扱い方マニュアルを置いていったルキフェルに言え、奴は天使も悪魔も全て顔を覚えている位優秀だぞ。」

自分は最初から気付いていたが、あそこまでやってあの天使は気付けなかったのか、とも思ってしまう。

「臨死体験とは銘打っているが、一応与えるべきは試練だ。それなりに理由があるからこそ、生き方を教えて送り返す。あの子には必要無かったらしいが。」

クリスは仕事を終わらせ、試練の要項を仕舞い、カルテを破棄する。

「生は天国か地獄か、どちらか二択で聞かれれば間違いなく地獄だ。理不尽で、卑怯だ。」

変わりはしないだろう。それは当然だ、それは自然だ。常に不安定な中、ここまで続いた事が一番の奇跡だ、愛してくれた人がいるからこそ長く続いたのも事実だ。

その甘美は生という苦痛と罪があってこそ、その苦しみを晴らす為の場所であるが為に、我々は変えていかなければいけない。

生者を見送る、そして、あの子の前には助けた人が、確かに無傷で生きていた。

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