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■5.階段移動も楽じゃない


 ***


『ねえ、■■』


『どうしたの、ジル?』


『どうして■■は魔術師なのに、食器洗いとかお洗濯とか、魔術を使わないんですか? 絵本に出てくる妖精さんは、指をすいっと動かすだけで、箒にお掃除をさせていました』


『物をこまごま動かすには、こまごました術式が要るからね。頭で組むより手を動かした方が早いよ。あと力加減間違えるとお皿割るし。割ったし。楽は駄目だと身に染みたね』


『でも魔術でささーっとしちゃう方が格好いいです』


『あはは、ジルは魔術が好きだねえ。いいかいジル、日常の動作で逐一魔術を使ってちゃあ、肝心な時に魔力が足りなくなっちゃうよ。飛行とか大きいものを動かすとか、そういう時のために取っておかないとね』


『むう』


『そういうわけだから、日常生活でほいほい魔術を使う魔術師なんて、まずいないね。いるとすれば……』


『すれば?』


『途方もない魔術の才能があって、桁外れの魔力を持っていて、表彰ものの面倒くさがり屋――僕の知る限りそんな魔術師は、塔のアベルくらいだよ』


 ***



「はあ、ひい、ふう、せ、先生、待って……」


 塔の屋上ってどんな感じだろう、とわくわくしながら階段を上り始めたのも最初だけだった。


 この塔で階層を移動する唯一の手段は階段である。この塔はとても高い。ゆえに屋上に行くのが大変。

 という三段論法が、当然の如く待ち受けていたのだ。いや三段論法になっていない。いやそんな些末な事はどうでもいい。こっちは三段どころではない。いったい何段あるんだ。


 五階層分を上ったところで立ち止まり、はあはあと情けなく喘いでいると、涼しい顔をした先生が目の前にふわりと降り立った。無言のまま「何この貧弱な生き物」みたいな視線で見下ろしてくる先生を、恨めしい思いで睨みつける。


「せ、先生、ずるくないですか、飛ぶなんて……!」


 そう、先生は屋上を目指して階段を上り始めた私を尻目に、とんと軽く床を蹴るや、すいすいと飛行魔術で上昇し始めたのだ。私が時間と体力を費やしてちまちま上がった段数が、彼にかかれば数秒である。


「知るか。飛べないお前が悪い」


 横暴である。


「お前があまりに遅いので戻って来てやったんだ。のろのろするな。走れ」


 鬼である。


「はあ、先生も、ひい、階段を、ふう、地道に、上がってみたら、どうですか」


「嫌だ面倒くさい。屋上まで何段あると思っている」


 先生は肩で息をする私を置いて、再びふわりと舞い上がった。明日の茹で卵は歯が折れるほどの固茹でにしてやると固く決意し、音を上げる太腿を叱咤して一段ずつ階段を上る。


 と、上昇したはずの先生がひらりと舞い戻って来て、私の傍らに着地した。


「……何ですか。これ以上の速度は出ませんよ」


「のろまのお前を放置していたら日が暮れる」


 先生はぞんざいに言い放つと、片手で私をひょいと脇に抱えて、再び飛行を始めた。重力も私の体重もまるで無視して、ぐんぐんと上昇していく。


「あ……りがとうございます」


 荷物を運ぶような抱え方なのは気になるが、まさか運んでもらえるとは思っていなかったので、先生への恨みが急速に萎んでいった。うん。明日の卵は半熟にしよう。


 が、卵の茹で具合に思いを馳せたのも束の間、足がぶらぶらした心許ない状態で高所を浮遊している事実に気持ちが追いつき、急に怖くなった。身体を支える唯一の頼りは、お腹に回された先生の腕一本である。見なきゃいいのに下を見て後悔した。


「ひ……っ」


「おい。しがみつくな。飛びにくい」


「落とさないでくださいね。落とさないでくださいね」


「落としてもちゃんと最下層まで拾いに行ってやるから安心しろ」


「最下層まで落ちた時点で命が拾えていないのですが」


「……急に背中が痒くなった。掻きたいからお前を離していいか」


「ちょ、待っ、背中なら私が掻きますから! 皮膚が削れるまで掻き毟りますから!」


 脅されたり驚かされたり落とされかけたりしているうちに、最上階の扉の前に着いた。


 自力で階段を上がるよりも遥かに早くて体力的にも楽だったが、心臓への負荷はどっこいどっこいと言ったところだろう。精神的に疲労困憊してへたり込む私を無言で見下ろす先生は若干楽しそうだった。明日の卵は固茹で確定である。


 涙目で睨む私を先生はさらりと無視し、端的に「屋上」と書かれた扉を開けた。

 一気に明るくなった視界に数度瞬きし、目の前に広がる光景に、息を呑んだ。


 一面の花畑だった。


 久々に目にする広い青空のもと、色とりどりの花々が屋上を埋め尽くすように咲いている。風が吹く度に、花が波のように揺れた。


「すごいですね!」


 眼前に広がる美しい光景に思わず感嘆の声を上げると、先生は「ただの花だ」と詰まらなそうに応じた。


「これ全部、先生が植えたのですか?」


「別に植えようと思って植えたわけじゃない。王都に出入りしていた頃、花屋のガキが余った種をやたらと寄越してくるから、全部適当に屋上に蒔いていたんだ。そして放置していたらこうなった」


 扉を中心に広めに庇が作られており、日陰には椅子と如雨露が置かれていた。近くには獅子を模った石像があり、口から水が流れている。先生が軽く手を挙げると、如雨露がひとりでに水を汲み、花に水遣りを始めた。放置していると言った割には手慣れている感がある先生である。


「散策してもいいですか」と問うと「好きにしろ」と許可が出たので、日陰から動くつもりのなさそうな先生をおいて、一人で花畑を進んだ。


 ぽかぽかと温かい陽光を浴びながら、気の向くままに花の海を歩き回ると、自然と笑みが零れた。本来なら同時期に咲かないような花同士が、季節をまるで無視して咲き誇る様子は、ちょっとした楽園のようだ。先生の方を振り返る。庇の下に立つ先生は、眩しそうにこちらを見ていた。


 花畑を堪能して、にこにこしながら戻って来た私に、先生は「こんなもので楽しめてお前は蝶か何かか」と小馬鹿にした態度で言った。「人類は皆、花畑を見ると浮かれるものです」と言い返す。


「先生。あちらには畑っぽいものが見えるのですが」


「家庭菜園だ」


「あれが噂の」


 花畑と違い、家庭菜園の方は案内をしてくれるようで、先生は無言で歩き始めた。後ろをついて、野菜や果物が豊富に実っている区画に向かう。「食いたいやつがあれば取れ」と籠を渡されたので、わくわくしながら収穫を始めた。


「そういえば、虫が一匹もいませんね」


 美しい花畑だけれど何か違和感があるなと思っていたら、これだけ花があれば当然いるはずの、蝶や蜂などの姿が見えなかったのだ。私が捥いでいるこの赤々した苺だって、虫が寄って来てもおかしくないのに。


「塔の出入りを禁じる魔術は鳥も虫も例外じゃない。実を荒らす鳥も葉を食う虫も来ないから、菜園の管理が非常に楽だ」


「なるほど。では先生を閉じ込めた人たちは、先生に最高の園芸環境を提供したことになるんですね」


 先生は「そうだな」と笑った。そよ風が吹く。陽射しで苺が光る。塔の出入りを禁じる魔術も、さすがに風や陽光は例外なようで安心する。


「ふう。たくさん収穫しました。思い残すことはありません」


 誇らしげに籠の中身を見せると、先生は「苺ばかりじゃないか」と呆れた声で言った。


「ジャムにしようと思って。先生は苺のジャム、好きですか?」


「……別に嫌いではない。戻るぞ、ジル」


 苺の詰まった籠を大事に抱えて、先生と一緒に屋上を後にする。

 先生は帰りも私を運んでくれたが、今度は脅したり驚かしたり落としかけたりせず、ゆっくりと降りてくれた。




連載を始めて間もないですが、さっそく温かい感想をいただいたり、ブックマークに入れていただいたり、ポイントまでつけていただいたり、感無量です……。

応援ありがとうございます! 


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― 新着の感想 ―
鳥も虫も入ってこないという事は、自分で受粉してるんだ? あ、魔法か。
[一言] そうそう、これこれ。この感じ。 先生の話はワードセンスで引き込まれるけど、良さの本質は居心地のいい空気感なんですよね。 だから変に事件が起こらなくてもいつまでも読んでいられる。
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