◆ 九振りの神剣
――古文と呼ばれる古い中華の文献を読み込んでいくと時折、『歿佛霊』という文字が目に留まる。紀元一世紀頃に姿を現したその文字は、およそ紀元四世紀あたりを境にふと見かけなくなってしまう。まるで日本に伝わる以前に中華の国で抹消されたように感じられるその文字には、どういった意味があるのか今となっては当の中国人にすら解らない。
しかし『成仏』と対になっている事から『成仏できない者』、『成仏させてもらえない者』という予測が成り立つ。おそらくは不吉な言葉として忌み嫌われ、残す事が憚られる類の意味だったのだろう。
中華圏での発音は『メイフォーリン』、日本に伝わっていないこの文字を日本語でどう読めば良いのか判断が付かないのでそのまま中国語の『メイフォーリン』と呼ぶ事で話を進める事にする――
関羽の墓には、全部で九振りの神剣が供えられた。『九』は漢字の『久』と同音で、悠久の時を意味する。これは、この先もずっと関羽を祭り続ける、という意思を『九』を使う事で示していた。
直径四メートル程の半球のような石造りの部屋。中心には関羽の石棺が配置され、それを囲むように供えられた九振りの神剣。この神剣には、それぞれ生贄の魂が縛り付けられている。御神剣百練も少女白蓮の魂を縛り付け、成仏する事さえ許さなかった。この石墓の中、光も音もない無の空間で、ゆっくりと時間は過ぎていく。一年が過ぎ、二年が過ぎる、そして十年、二十年という長い時間が経過した頃に、御神剣に縛られたままの魂は少しづつ剣と同化していった。魂は、剣に絡みつき、混ざり合い、もう剥がす事が出来ないほどに溶け合う、剣に溶けた魂は金属を細胞へと変える。そして九振りの御神剣は新しい命へと変わっていった。
それは歿佛霊、行き場を失った魂がたどり着く究極の在り方。この存在が人類にとって益するものか害するものなのかは誰にも解らなかった。
百錬におぼろげな意識が宿る。はじめは、ぼうっとして夢の中にいるような感覚だった。自分が人間なのか、虫なのか、どっちが上なのか、下なのかわからない。暑いのか寒いのか、ここがどこなのか何もわからない。しかし、たった一つだけ、やるべき事を思い出した。それは『祈る事』、百錬にはそれ以外の事は何も出来ない。百錬は祈り続けた、何年も、何年も……
何もないこの空間で時間の経過を認識する事は困難だった、しかしある日この空間に小さな変化が起きる。
ごとりという重い音が無の空間に響いたのだ。百錬はこれで『音』を認識する。そして次にぽつり、ぽつりという規則的な水が落ちる音で『時間』を認識する。音の正体は墓の上に根を張った大木だった。大木は隙間なく組まれて、水も通さないほど緻密な石墓の隙間にねじ込むように根を伸ばす。
ゆっくりと成長していく木の根と共に、九振りの御神剣も少しづつ、生きていた頃の感覚を取り戻していった。百錬は真っ暗な空間の中で十の『魂』を感じ始める。この空間に存在する様々な魂、その中でもひときわ存在の大きな魂、それが『関羽さま』なのだろうと百錬は思った。百錬は大きな魂に向かって祈り続ける。祈りは次第に音を産み始めた。
「……さま……かん……うさま……」
音は次第に声へと変わっていく。
「関羽さま…」
百錬は『言葉』を取り戻した。そして他の御神剣も百錬に続き続々と変貌を遂げ始める。百錬は剣の形をした他の魂たちが、次第に人間の形に変わっていく事に気がついた。
最初に人間の姿に戻ったのは御神剣『白虹』、元は百錬と同じ位の少女だったようだ。次に戻ったのは御神剣『流星』、年端もいかない女の子、彼女は関羽の魂を鎮めるために唄を歌いだす。その唄声は関羽だけではなく百錬、白虹、そして他の御神剣の魂までも穏やかに鎮めていった。
剣にとって強度という概念は必要不可欠な要素で、どの時代でも共通して硬い金属で製造されるのが常だ。しかし御神剣『流星』、その剣だけは脆く儚かった、その艶やかな翠色の正体は翡翠といわれる宝石だ。彼女は剣としての強度を度外視し、鎮魂に重点をおいた理念で創られた御神剣。そして、どういった経緯なのかはわからないが、この御神剣の最後の材料は幼い女の子、今唄を歌っている彼女なのだ。彼女は関羽の魂を鎮めるために一生懸命に歌う。幼い彼女はあまり唄を知らないが、そのひたむきに歌う姿はこの場に漂う魂たちの心をも打つ。
『流星』は九振りの剣の中では一番末の妹のような存在で他の兄弟姉妹と共に関羽の霊を鎮める大役を充分に全うしていた。しかしこの神剣は素材自体に貴金属としての価値がありすぎたため、恰好の盗掘対象として近隣の盗賊たちに眼をつけられていた。
そして亡国が迫った日、九振りの神剣は盗掘され大陸全土に拡散する。