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◆ 白蓮

 呉の都から程なく離れたこの村にも、梅の花が咲き春が近づいてきた。大小合わせて百戸ほどの小さな村、不揃いな石を積んだ壁、屋根は木の皮を重ねただけの質素な家しかない。石と石の間に塗り込められた泥の中から芽生えた小さな草花の彩りが、個々の家の壁を化粧している。貧しい農村特有の風情だった。

 今年で十五歳になる女の子白蓮びゃくれんは、家族の誰よりも早く起きだし、石を組んだかまどの火を確認した。わずかに昨晩の火が残っている、小さな火種を消さないように手につかんだわらをくべると、徐々に火が大きくなってきた。かまどに小枝を放り込み、瓶の水を鍋に移して火にかける。小さな掘っ立て小屋のような家が、次第に温かくなってきた。何もない粗末な家だが、この村に住むすべての人たちが、似たような生活をしているので、白蓮はそれを苦に思った事はない。沸いたお湯にわずかばかりの粟をいれ、粥が出来る頃、白蓮の父と母も起きてきた。三人とも寝巻きか、普段着か、区別のつかない簡素な服を着ている。


「おはよう白蓮」

「おっとお、おっかあ、おはよう」

 まだ眠そうな両親だったが、元気の良い白蓮の声で幾分しゃっきりしたようだ。

「お粥が出来たよ」

「ありがとう、美味しそうね」

 三人でかまどの前においてある手頃な大きさの石の上にちょこんと腰掛け、出来上がったうすい粥を欠けた茶碗によそい、木勺でさらさらと腹に流し込む。食卓などはないが、それを必要だと思った事もない。やさしい父と母がいるし、いつも腹が減っている事を除けば白蓮は十分に幸せだった。

 質素な朝食が終わる頃、なにやらおもてが騒がしくなってきた。井戸で食器を洗うついでに白蓮は村中央の広場を覗いてみる。どうやら役人たちがなにか探し物をしているようだった。もうしばらくすると、ほとんどの村人が畑仕事に出払ってしまうので、用がある時は決まって早いこの時間にやってくる。


 綺麗な着物を着た役人と、鎧を着込んだ兵隊たちが探しているのは女の子だった。

 とはいっても、この小さな村に女の子は何人もいない。

「我が呉王は、関羽の霊を慰めるお役目をする少女を探している、この村に該当する少女がいないか確認させてもらう。この村に住む人間は全員ここに集まれ。これは神聖で重要なお役目だ。該当者が居た場合は恩賞を出してお迎えする」役人たちの前に十人ほどの少女が並ばせられ、白蓮もその中にいた。


 この少女の集団の中で白蓮の存在は圧倒的に群を抜いていた。最もこの集団が百人でも千人でも白蓮が選ばれる事になっただろう。それほど白蓮は美しかった。

 役人たちが探しているのは神聖なる少女だ。迷いも無く、そのお役目に白蓮が選ばれる。他の少女には眼もくれず詰め寄ってくる役人。

「年齢はいくつだ?」

「十五歳」

「うん? えらく小さいな……」

 それはこの貧しい農村の食糧事情に原因がある。他の少女たちも同様に小柄だ。

「よし、それではお前にお役目を務めてもらう事にする。明朝、迎えの者を出すので身支度をして待つように」

「それからこれは恩賞の一部だ、先に渡しておこう」

 そういって馬の背に積んだ大きくて重そうな袋を兵は下ろした。中には何升あるのか解らないくらいたくさんの粟がはいっている。この頃は大人一人が両手ですくえる量を一升という、ずいぶん適当な測量で物事を進めていた。おそらく二百升程度の粟だが、貧しい白蓮にはその目測が出来ない。ただ当分は食べ物の心配をしなくても良い事だけはわかった。

 取り巻きの中で見ていた両親はひどく喜んでくれた。その喜ぶ姿だけで白蓮は嬉しかったが、明日から勤めるお役目が心の隅で引っかかる。

「白蓮、そのお役目はきっと巫女さんだ」

「そうね、綺麗なおべべを着せてもらえるわよ、一生懸命お祈りしなきゃ」

 しかし満面の笑顔で話を進める両親の話を聞くうち、白蓮の不安も次第に期待へと変わっていった。


 その夜、久しぶりに腹いっぱいの食事をした後、両親は知っている限りのつたない巫女の作法を夜遅くまで白蓮に伝える。滅多に感じることの無い満腹感と、興奮する両親の姿に白蓮はこの上なく幸せだった。


 翌朝、役人たちは荷馬車を伴い、村までやってきた。驚いた事に馬車に積んだ十もの袋がお役目の対価だという。あまりの量に驚いたが昨日、両親と打ち合わせていた通り、この恩賞をすべての村人に均等に配分するように村の長に願い出る事にした。貧しいながらも助け合いながら自分を生かしてくれた、村の全てに対する白蓮からの精一杯の感謝の気持ちだった。村人は白蓮の気持ちに感激し、見送りは行列のようになって隣村近くまで続いていく。


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