第5話 「花火大会」
早くも夏休みは3分の1がぽろぽろとなくなっていき、焦り始めていた。
俺―森川遥斗―は夏休みに入る前に恋人持ちになった。
相手は小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染みの藤咲琴音。
これがまた美少女なのだ。
今考えれば、物心つくまえから好きだったのかもしれない。
そして、俺はこの夏最大の局面を迎えていた。
すっかり気が抜けてベッドに寝転がっていた体を無理矢理起こし、正座で向き合う。
スマートフォンに映し出されたメッセージ画面と。
明日は花火大会が予定されている。
昨年までは海も含めて3人で行っていたが、俺たち2人は未だに何一つ恋人らしいことも出来ていない。
海には残念ながら他の友達と行ってもらおう。
あれっ? 海に他の友達っていたっけ?
スマートフォンを手に持ち、淡々と文字を打ち込む。
考えに考え、書いては消し書いては消しを繰り返し、やっと送信したのは単純に
【明日の花火、2人で見に行かない?】
だった。
それから少し時間が経ち、昼食を食べていたところにピロンという着信を告げる電子音がなった。
急いでスマホを取りあげ、通知からアプリを起動する。
案の定、琴音からの返信だった。
【えっ、2人? 海は抜きなの?】
しかしそれは予想外のものだった。
2人……が嫌そうな雰囲気。
どう返したら良いのかわからない、そんなメッセージだ。
【いや、3人で行こう。海には俺から伝えとくわ】
琴音に流され、結局海と3人で変わらず行くことになってしまった。
優柔不断というか甘いというか、自分を守ろうとしたら優しいともとれる。
でもやっぱり優しさという壁に隠れて自分が傷つくのが怖いから逃げているんだろうな。
改めて考え直す。
恋人って何をするんだ? そもそも恋って何だ? 愛と恋は何が違うんだ?
1つも明確な答えにたどり着くことは出来なかった。
唯一わかることは「自分はまだまだ弱く、無知だということ」だけ。
本当に好きなんだよな?
心には2つの感情が入り乱れていた。
僕は誰が好きなのか。
その感情は向けるべき人に向けられているのか。
次の日。
集合時刻の6時になって、玄関の戸を大きく開け放った。
メッセージでは集合場所の確認をしていないが、もし思っているところと違ったら遅刻をしてしまう。
――そんな心配は必要なかったようだ。
俺が戸を開けたとほぼ同時に隣の家と真正面の家の戸が開くのが見え、そこからそれぞれ海と琴音が顔を出す。
小さい頃から俺らの集合場所と言えば、いつもここに集まっていた。
最悪来なければ一瞬で家トツできるのが1番最適だった。
3人とも「ようよう」と改まった挨拶はせず、歩きながら歩調を合わせていく。
今日はこの車通りの少ない道もある程度には車も通り、歩行者の数もいつもより多かった。
なぜならこの道をまっすぐ行った先にある公園が出店の集まるメイン会場となっているからだ。
部活とか勉強とか、いかにも中3らしい近況報告をしながら、まっすぐどこまでも続いた道を歩いていたらいつの間にか公園を通り過ぎていた。何百回、何千回と毎日通っていた道なのに。
都会とも言い難いこの街にこんなにも人がいたのかと思わせるほどの盛況ぶりの公園を、3人でふらふらと見て回る。
美味しそうな食べ物を見つけては食べ、面白い食べ物を見つけては食べ、運動が苦手な海は意外と射的が得意だったことを一年ぶりに思い出させられ「クレー射撃ならいけんじゃね」と話し……。
今は学校も一緒だからずっと一緒にいられるけれど、もし高校で離ればなれになったら、たとえ家は近いけれど「心の距離」というものはどうなってしまうのだろうか。
この関係がずっと続いてくれるのか、はたまた「疎遠」になってしまうのか。
後者は絶対に避けたかった。
なかなか沈まない太陽がようやく西に傾き始め、だんだんと姿をなくしていった。
夏の短い夜がいよいよ始まる。
花火が上がる海岸線は公園からは少し遠いが、ここがちょうど良く見えると毎年評判だった。
開始前から早くも陣取り、3人でクレープとかチョコバナナとかを食べながら花火が上がるのを待った。
しばらくして琴音と海は「喉が渇いた」と言って、飲み物を買いに出かけた。
1人で待っている俺の隣に誰かが立った。
白いワンピースは暗い夜でもピカピカ光ったように明るく、闇に舞い降りた天使かのようだった。
確か……同じクラスの美月だったような。
当然顔も名前もわかる。話すことだって良くある。
それでも確証が持てなかったのは、うっすらと化粧を施した姿を見たことがなかったからだ。
「遥斗くん、1人?」
美月は俺に尋ねた。
「いや、琴音と海と来てる。今飲み物買いに行った」
「そうなんだ」
俺の言葉に軽く一言だけ返すと、1つ呼吸を置いた。
「一緒にいても良い?」
俺は戸惑ったが、別に海も琴音も知らない人ではないし、もちろん良いと言った。
そのとき、遠くからひゅーと言う音がしたように感じ、頭上を見上げると夜空に1輪の大きな光の花が咲いた。遅れてどーんという音が聞こえてくる。
隣に立った美月とともに、真っ黒に塗られた空を見つめる。
この美しい花火を2人はどこで見ているのだろうか。
俺は海と琴音が戻ってくるのを待っていた。