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音かい-OnKai-  作者: 森乃宮伊織
4/10

第4話 「恋人」

 夏休みが明日に迫り、僕たちは焦っていた。

 中学校ラストの夏。

 勉強だけで潰すわけにはいかない。

 青春したい!


 僕の名前は鈴木海。

 今日も今日とて無事に一日のスケジュールを遂行し、帰路に立っていた。

 隣には学校一、いや地域随一の美少女・藤咲琴音とさらにその隣を平凡極まりない森川遥斗が歩いていた。

 夏休み直前といえど部活はまだ引退させてもらえず、気の抜けた3年生はだらだらと県大会に向けて練習しているようだった。もちろんやる気に満ちあふれた生徒も一部いるが。

 運動の嫌いな遥斗は前者の方だ。

 琴音は才能で生きてきた人間なので、そもそも運動をする上で努力したことは一度もない。

 3人横に並んで車通りの少ない道をしゃべりながら歩いていると、珍しく後ろからクラクションが鳴らされた。

 スッと道ばたにずれて車を通そうとするが、なぜか僕たちの隣につけるかのように車は止まった。

 助手席側の窓がゆっくりと開き、運転手が身を乗り出して近づけようとした顔にはなんとなく見覚えがあった。

「お前らなにしてんだよ。学校帰りか?」

 窓からぴょこんと顔を出して声を上げた青年は遥斗の兄で大学生。

 そちらも夏休みのようで、普段は都会で一人暮らししているがはるばる帰ってきたと言う。

 彼も中学生の当時は勉強では負けなしで、今もその頭脳の高さは健在だ。だから、会ったときは2人で白熱した議論を繰り広げるのがルーティーンだった。


 僕たちが話をしていると、隣で聞いていた遥斗と琴音は飽きてしまったようで

「先に帰るね」

 と言い残して、歩いて行った。


 2人の姿はだんだん小さくなるだけで、一向に消えることはない。

 なぜなら今僕たちが乗っているこの道はずっとまっすぐに続いていて、この道に沿って家が建ち並んでいるからだ。

 しかし、2人の後ろ姿は1つ先の交差点で左に曲がって消えた。

 ちょうどそのとき会話が途切れたので、僕も2人を追って歩いて行った。

 交差点にさしかかると、左の方に少し大きめの公園があった。

 2人はその中に入っていく。

 僕は後ろからこっそりつけ、あとを追う。

 ただならぬ空気感を感じ、入ってはいけない領域だと感じた。

 誰からともなくベンチに座った2人。会話がなくしーんとしている。

 数分してから遥斗が立ち上がった。


「あのさ……言いたいことがあるんだけど」

「どうしたの、急に?」

 遥斗は大きく深呼吸をしてから口を開いた。


「好きです。小さかったときから」


 …………え? 嘘、でしょ


 夏休み恋人ほしさについに幼馴染みに手を出すのか。

 驚いた。僕たち3人にはそんなの関係ないと思っていたのに。

 雲1つない青空の下、世界では1時間に何人のカップルが成立するのだろうか。

 蝉の鳴く声が余計にうるさく聞こえる。

 汗がだらだらと垂れてくる。 

 夏なのに彼らは「青春」している。

 琴音は「うーん困ったなぁ」とか「うそでしょー」とか言いながら頭を抱えている。

 それから小さく呟いた声を僕の耳は逃さなかった。


「嬉しい。付き合おっか」


 見上げた青い空には1羽の鳥が自由気ままに飛んでいた。


 家に帰り鞄から教科書を取り出す。

 目で字を追うが、何一つ頭の中に入ってこない。

 とりあえず諦めてゲームを手に取った。

 ネット上の友達と会話しながら対戦を進め、気づくとあたりはもう薄い青色に染まりかけていた。

 ゲームは一時停止しつつも通話は止めずにリビングへと降りる。

 あの後、スーパーへ行って買ってきた惣菜を温め、朝炊いたご飯を茶碗によそう。

 レンジから取り出した食材は熱々だったがそれは表面だけに過ぎず、なかはまだ冷蔵庫から取り出したばかりのような冷たさだった。


 夕食が終わったのとほぼ同時に、イヤホンをした耳に玄関チャイムの音が響く。

 なんだなんだ、誰だ誰だと玄関の戸を開く。

 目の前には琴音が立っていた。

 「おじゃまー」と言うと靴を脱げ捨て、タタタっと階段を駆け上がって二階へ直行する。僕は琴音の靴を直してやる。

 琴音のあとを追いかけて自分の部屋に戻ると、早速人のゲームを人のベッドの上で遊んでいた。


「なにしに来たんだよ」

 と僕が言うと、

「理由がなきゃ来ちゃダメ?」

 と返された。


「あのなぁ、そういう問題じゃなくて……」


 と呆れ気味に呟くが、琴音の耳には届いていない。

 仕方なく2人して対戦ゲームをすることにした。

 短い時間はあっという間に過ぎるもので夏の空がもう真っ暗に墨を落としたかのようになっていた。

 1試合が終わった後、琴音はコントローラーを置いて立ち上がり、ベランダに続く窓を開け放った。

 エアコンの快適な空気が充満する室内にむわっとした外気が流れ込む。

 琴音は無言のままベランダへと出て、夜空を見上げた。

 その背中はまるで僕に「お前も来い」と言っているように感じられ、ついて行かざるを得なかった。

 目の前に広がる黒いキャンバスには無数の光が点々と落とされ、光り輝いていた。

 光にもそれぞれ大小、明暗が分かれていてひとくくりに「星」と言っても一つ一つに名前があって特徴がある。

 人間のように。


「星が綺麗だね」

「そうだね」


 会話は長く続かない。

 それでも「今日見たこと」の話はしなかった。

 幼馴染みと言ってもそれぞれの考え方だって生き方だってある。

 3人いたらずっと3人で生きれるわけでもない。

 うち2人が結婚すれば、もう1人はひとりぼっちになってしまうのだ。

 見上げた遠い空には微かにどーんという花火の音が聞こえた気がした。

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