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音かい-OnKai-  作者: 森乃宮伊織
2/10

第2話「チョコ・チーズフォンデュ」

 早朝の教室内。

 クラスメイトは2人の不登校生徒を除いて全員が着席していた。欠席者はなし。みんな健康だ。

 ただ、全員が教室にいるというのに3つだけ椅子が空いていた。

 はやく座らせてくれぇ。


「朝から『グリコ』で遅刻とはどういう神経してんだ、お前ら!」

「すいませんでした」


 総勢30人の前で教師に謝罪する幼馴染み3人組。


 遅刻理由が「グリコ」だと告白したときには、教師の顔面は蒼白になり、30人のクラスメイトの半数は腹を抱えて笑っていた。残りの半数はポカンと口を開き、阿呆を見る目で俺たちを見た。

 その後、担任の他にも多数の教師に怒られた。

 教師って怒るのが仕事じゃないでしょうに。

 明日はもう少し早く家を出て高速でグリコやろうっと。


 俺の名前は森川遥斗。

 気づけばいつの間にか中3になっていた。

 面倒くさいことに来週には定期テストも控えていてさらにやる気が失われる。課題はまあ前日にやればいいや。

 頭上に広がる青空の下、純粋な空気が初夏の風にのってやってくる。緑に色を一段階落とした葉を揺らし、掃除のおっちゃんを困らせようとするけれど、新緑の葉は元気に生きている。到底ただの風では打ち負かせない。

 授業は右耳で聞いて左耳から出すのがいつもの日課だ。机に頬杖をつき、ガラス窓から外の景色を眺める。

 でも今日は朝から怒られたので気分が乗らず、右耳で聞いたものを右耳から出して相打ちにして、そもそも教師の声をシャットダウンしようと試みた。

 しかしあの教師、分厚い教科書を丸めて思いっきり叩きやがった。たぶんあれ二日酔いだよ。それか奥さんに出て行かれたんだ。自分の事情を人にぶつけるなんて。ただでさえ悪い頭に外傷性ショックが加えられた。


 ようやく2時間授業を耐え抜き、頑張った!俺と思っていたのもつかの間、3時間目は体育らしい。

 運動はあんまり得意ではない。かと言って勉強が得意なわけでもない。

 何もかも中の中。

 この幼馴染み3人組のなかで1番魅力がない人間だと自覚している。唯一の魅力は魅力のない普通of普通であるということくらいだ。

 体育館に移動し、支度を始める。今日はバレーボールをやるのだという。

 男子は男子でチームを作り半面を使う、同じようにして女子も女子だけでチームを作って淡々とゲームをしていく。

 しばらくして俺のチームは休憩に入った。本来なら男子に向けなければならない視線がだんだんと左に動いていく。視線のその先に何があるのか、わかってるだろ。女子のコートだよ。

 女子だからもっとか弱くビーチバレーのような感覚なのかと思っていたら大間違いだった。

 スパーンという男子以上のスパイクを軽々と手で受ける相手。

 こいつらに殴られたらホントにやばいな、これ。

 目の保養を求め彷徨わせているうちに視界には艶やかな髪を肩で切りそろえた女子の後ろ姿を見つけた。

 その女子はこちらに振り向き整った顔面を見せつけると、相手に向き直り腰を落として構えた。

 突っ込んでくるボールを受け止めると、仲間が繋いで相手へ戻す。さらに相手もこちらへ戻してきて、2人がボールに触ったところで彼女のもとへと回ってきた。

 一歩、二歩、と助走をつけてネット際に近づくと、勢いを生かして高く跳ね上がった。頭上にピンと上がった手のひらが蚊をたたき落とすかのようにボールを強く打ち付けた。

 黄色と青色の交互に入ったバレーボールは瞬く間に相手コートに入り込み、鈍い音を立ててからストンと地面に落下し転がった。1人の女子生徒がその場にうずくまり鼻あたりを押さえている。急いで周りの友達や教師が駆け寄ってくる。

 コントールが良かったのか悪かったのか、ボールは女子生徒の顔に直撃していた。

 あまりの威力の強さに近くで見ていた女子だけでなく、男子も試合を中断して何事かと焦っている。

 当の本人はというと、俺に視線を向け「どうしたらいいの?」と訪ねる素振りをすると、ペロッと下を出し「やっちゃった」とも言いたげだった。


 藤咲琴音、なんて恐ろしいのだ。

 真のアスリートを見せられた気がした。


 キーンコーンカーンコーン


 鐘が鳴り、授業の終了を告げると同時に俺たちの「Lunch Time」が始まった。

 いつものように最後列の琴音の席に集まり、直前2つの座席を勝手に拝借する。

 俺は購買で買った弁当に少々のパン。

 海は手作りの弁当――と思いきや、俺と同じで購買弁当。彼は毎朝自分で弁当を作っている。あれ今日は?と思ったが寝坊していたことに気がついた。

 また他愛も自愛もない話をしながら昼食を目の前に広げて用意をしていく。

 白米を少しずつ口に運びながらふと顔をあげると、琴音が視界に入る。 

 やっぱり悔しいけど琴音はいつ見ても綺麗なんだよな。悔しいけど。

 すると、何やら小さめの鍋を2つほど机の上にだして1人宴会を開き始めた。


「今日の弁当、何?」

「チーズフォンデュ」

「……は? チーズフォンデュ?」

「知らない? パンとかベーコンとかいろんな具材にチーズをつけて……」

「それは知ってる」


 いくらなんでもチーズフォンデュの簡単なレシピくらいは知っていた。

 訊きたいのはそこではない。なぜ、弁当にチーズフォンデュなのか。

「母がお昼にこれ持ってけって」

 この子を産んだ親だ。優にその姿を想像できるのが恐ろしかった。

「デザートにチョコフォンデュもあるよ。みんなで食べよ!」

 その言葉に教室内で弁当を食べていた数人の生徒が歓声をあげた。

 ロッカーから保冷バッグを持ってくると、その中からパイナップル、苺、ブドウ、みかんなどの様々なフルーツを取り出した。


 それに吸い寄せられるように琴音の座席の周りには人が集まってくる。


 この女、やはり恐るべし。 


【音かい-OnKai-/第二話「チョコ・チーズフォンデュ」】

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