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縁の切れ端  作者: 末里
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おっさんと縁切りハサミ【第2話】

おっさんがこの事務所を訪ねて来たのは14時を少し回ったところだった。

もともと13時に約束をしていたのに、1時間も遅刻してきたおっさんは、全く悪びれもせず、事務所に入ってくるなり裕作にアイスコーヒーを注文した。

どうやらこの場所を喫茶店か何かと勘違いしているらしい。

裕作は事務所に備え付けの小さい冷蔵庫から市販のボトルコーヒーを取り出して氷を入れたコップに注ぎながら、この日1回目の溜息をついた。

注ぎ終わったボトルコーヒーを冷蔵庫に戻す時、賞味期限が1年前の日付になっていることに気がついたが、見ないフリをした。



勝手にソファに座ってくつろいでいるおっさんの前にコーヒーのグラスを置いて向かいの椅子に腰掛けると、裕作は早速

「それで、ご依頼の内容というのは?」

と切り出した。

「うむ、それなんだがな、ちょっと迷惑な友人がいるものでな。そいつとの縁を切って欲しいんだ」

おっさんは少し身を乗り出して話し始めた。

なんとなく内緒話をしているような気持ちなのだろう、コーヒーを注文してきた時のぶっきらぼうな物言いではなく、ひそひそ声になっている。

そのひそひそ声につられて裕作も少し身を乗り出して、おっさんの話に耳を傾けた。



最初のうちは真剣におっさんの話を聞いていたのだが、10分もすると、裕作は早くもおっさんの話に対する興味を失っていた。

まるで脳みそなんて存在しないかのように、右耳から入ってきたおっさんの言葉は裕作の体内に止まることなく、そのまま左耳に抜けていった。

グラスの中の氷が裕作の気持ちを代弁するようにカランと音を立てた。

ああ、もううんざりだ−。

氷から発せられた抗議の音におっさんはやっと演説を一段落させると、薄くなったアイスコーヒーを一気に半分飲んだ。

そして、部屋中に充満したもううんざりだという空気に気づきもせず再び口を開こうとするおっさんを慌てて遮って、裕作は話し始めた。



「つまり、こういうことですね−」

おっさんが縁を切りたい相手の名前は遠藤健治。

おっさんの麻雀仲間だ。

なんとおっさんと遠藤さんは小学校の同級生で、幼い頃からずっと付き合いが続いているという。

腐れ縁というやつだ。

こんなおっさんにも幼馴染っているんだな、と裕作は当たり前のことに変に驚いてしまった。

おっさんと遠藤さんは同じ小学校、中学校、高校を卒業後、遠藤さんは「しがないサラリーマン」に(おっさんがそう言ったのだけど、「しがない」なんて自分以外の誰かを修飾するために使うものだろうか?)、おっさんは実家の家業を継ぐために、それぞれ別の道を進んだらしい。

別の道を進むことになった二人だったが、その後も交流は続いており、年に数回は酒を酌み交わす仲だったという。



そんな二人の関係に異変が起き始めたのは、あくまでおっさんの話によると、おっさんが家業で成功したことがきっかけらしい。

おっさんの実家は、商店街にある昔ながらの時計屋だ。

よくある老舗の時計屋らしく、店頭に並べてある時計が売れることはほとんどなく、仕事の9割は時計の修理と電池交換だった。

その風向きが変わったのは8年ほど前だという。

それまでは、質なんて何でもいいからちゃんと動いてとにかく安いものを、と求める声が大きかったのだが、8年ぐらい前から急に質や特別感を重視する声がぽつぽつと聞こえるようになり、それはあっという間に大きいとまでは言えないにしても無視できない勢力となった。

時計に限らず、近年そういう値段重視と品質重視の二極化の風潮があることは裕作も知っていた。

それにおそらく、人気俳優の村木拓郎が寡黙な時計職人を演じた映画が大ヒットしたことも手伝ったのだろう、おっさんの実家の時計屋に時計を買い求めてやって来る客は何十倍にも増えた。



そしてここからがポイントらしいのだか、おっさんの類稀なる優れた先見の明を持ってして、客足が増え始めて間もない時期におっさんはハンドメイドの腕時計職人と契約を交わし、おっさんの実家の時計屋に職人手作りの世界でただ一つの腕時計を並べることになった。

これが功を奏して、おっさんの実家の時計屋は大繁盛した。

テレビや雑誌の取材も何度か受けたらしい。

言われてみれば、裕作もテレビでこの辺りの時計屋が取り上げられているのを見たことがあるような気がした。



いずれにしても、おっさんは大成功を収めたわけなのだが、その転機となった時計職人との専属売買契約を取り付けるのがいかに困難であったか、その契約を結ぼうという判断がいかに秀逸であったか、そしてそれを成し遂げたおっさんがいかに優れた人物であるかを裕作は小一時間も聞かされる羽目になった。

いずれにせよ、おっさんはあれよあれよという間に儲けをあげ、今では実家の時計店の他に3つの時計店を営むオーナーだ。

どの店舗も、開店以来一度も赤字を経験せず、経営は順風満帆らしい。



おっさんの話は間違いなく一種の興味深いサクセスストーリーのはずなのだが、語り部の問題だろうか、裕作の耳には酷く退屈な自慢話にしか聞こえなかった。

果てしなく続くと思われた自慢話に裕作が欠伸を噛み殺したとき、唐突におっさんの口から「それなのによう」と不満げな言葉が漏れた。

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