【ライオンとネズミ】敗れようとも誇り高く
あるところにお昼寝をしているライオンがいました。そんなライオンの前を一匹のネズミが通りかかります。ライオンはそのネズミを捕まえて食べようとしました。
すると、ネズミは観念したような口調でこう言います。
「うぐっ……! もはや我もこれまでか! おお、百獣の王よ! たてがみの覇者よ! 此度より我は貴様の血肉となって生きようぞ!」
「……何だ、こいつは」
ネズミの芝居がかった喋り方に、ライオンは面食らいます。こんなものを口に入れたらお腹を壊してしまうかもしれない。そう思ったライオンは、ネズミを食べるのを諦めます。
すると、ネズミはライオンに礼を言いました。
「百獣の王! 貴様はなんと慈悲深いのだろう! この恩は決して忘れないぞ! ではまた、いずれ会おう! さらばだ! ……シュバッ!」
格好いい効果音を口にしながら、ネズミはどこかへと去っていきました。一体何だったんだと呆れつつも、ライオンはお昼寝を再開します。
それから数日後、森を歩いていたライオンはうっかり猟師の罠に引っかかってしまいました。
もがいてももがいても網は外れません。そこに、いつぞやのネズミが通りかかりました。
「王よ! かつての借りを返す時が来たようだな!」
ネズミは器用に体をくねらせます。
「受けてみよ! 我が術の前に敵は無し! 時空断裂の魔剣!」
ネズミは網に向かって叫びました。
しかし、何も起きません。
「ほう。この網には防魔素材が使われているようだな」
「……ネズミよ、お前の歯を使ってはどうかね」
ライオンが言いましたが、ネズミは厳かに首を振ります。
「我が前歯は別名【無限厄災の雪白】と呼ばれている。これを解き放てば、網ごと貴様の体も砕け散ろうぞ」
くくく……とネズミは笑います。
「案ずるな。必殺技はこれ一つではない。行くぞ! 妖刃幻夢の舞踏! 狂気暗黒の轢断!」
ネズミは次々と技を繰り出します。けれど、一向に網が切れる様子はありません。
そうこうしている内に、猟師が戻ってきました。
「おお! こいつは大物だな!」
猟師は、網にかかっていたライオンを嬉しそうに荷車に乗せて去って行きました。その姿を見ながら、ネズミは深く頭を垂れます。
「我の完敗だ、大魔道士よ。貴様の魔力を練り込んだ網を、我はついに断ち切ることができなかった。この経験を糧とし、さらに修業を重ねるとしよう」
ネズミは敗者とも思えぬ誇り高い足取りで猟師に背を向けます。森の中には、ライオンの悲しげな遠吠えだけが響き渡っていました。