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カワウソさんの異世界ワンダリング!  作者: カワウソおじさん
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第六話 ようせい②

 ううむ、、声かー。

 声とは声帯を震わせることで発する音である。カワウソの声帯では、構造的に人間の声を発することはできない。であるならば。


 ヒトの声帯を、疑似的にマナで形成してみればどうだろう?

 早速、記憶を頼りにそれっぽい形を意識してみる。人体構造マニアだった同僚の愛読書に感謝だ。サンキュー、解剖学カラーア〇ラス!


「きゅー…くあー、ぐー」


「お、今度は文字じゃないよ。進歩したねー」


 うーん、人間の感覚で発声してみるが、なんか違う。

 あと妖精、笑えなくて残念みたいな顔をするんじゃない。


 マナに意識を乗せて言語化はできた。マナで形成した疑似声帯で音は出せた。

 あとは、音を反響させる声道……人間の咽喉から舌、口の形状を意識してみる。


「あー、いー、うー、えー、おー」


 お、いけそう!

 口が小さいせいか、子供っぽい声ではあるが母音を発音できた。


 こちらの様子に気付いたのか、空中でガバッと胡坐をかいた全裸妖精が、目をキラキラさせて身を乗り出す。ん?『全裸』で『胡坐』……ッ⁉

 かろうじて長い赤髪が垂れて隠れてはいるが、開脚フルオープン⁉


「脚を開いちゃダメだって!マズいから隠して!」


 あ、ちゃんと喋れた。


「うん、入ってるね……」


 身を乗り出した妖精さんはちらりと『傍に浮かべた黒い何か』を確認した。


「すごいよ、初めてなのにちゃんとできてる!」


 興奮した妖精さんがそのまま俺に馬乗りになり、首に手をかけガックンガックン揺さぶる。

苦しい。慌てて前足でタップしようとしたが、流石に手で少女の裸体に触れるのはセクハラ案件っぽいので拙い。紳士的判断で尻尾を使って妖精の背中辺りを叩く。


ペシッ!ペシッ!ペシッ!


 しかし残念、一向に手を放すご様子が無い。


「ちょ、あばばば、激しいって!そんな馬乗りで締めつけたら何か出ちゃ……あぁッ!」


 咽喉に留めていたマナが、口から一気に噴き出した。

 そりゃもうブワッと盛大に。


「あー、ごめんごめん、つい嬉しくってさ。うん、子供の成長を見守る親の気持ちが少し分かった気がするよ~」


 慈愛の籠った眼差しで撫でまわされる。母性のようなものが刺激されたのだろうか。

 ふと、妖精少女の傍らに浮かぶ物体が目に入った。黒い箱のような形状の、先ほど妖精さんが何かが『入っている』と確認していた物体✕である。


「それは何でしょうか」


「これ?音を保存する魔法だよ。妖精が初めてお喋りする瞬間なんて滅多に見れないからね。キミの記念すべき初めての言葉を記録してみたんだ~」


 ん?初めての言葉……まさか⁉

 妖精が黒い箱にツン、と触れ、マナが流れ込む。


―——『脚を開いちゃダメだって!マズいから隠して!』


 一言一句間違いなく、立体音響で再生された。

 普通、幼児の初めての言葉はママ、とかマンマ、とかそういう純粋で微笑ましいものである。

しかしオジサンのそれは、開脚痴女に慌てた羞恥の叫びでという、微笑ましさとは対極の汚れ切ったものであった。


——―『脚を開いちゃダメだって!マズいから隠して!』


 おいコラ、リピート再生するんじゃない!

 しかし妖精さん、喋る我が子のホームビデオを何度も繰り返し再生するパパのようなデレデレした恍惚の表情で音声保存魔法を再生している。


「よ~し、次は二言目まで通しで流してみよーっ!」


 羽を振わせてノリノリである。



——―『脚を開いちゃダメだって!マズいから隠して!』


——―『うん、入ってるね……すごいよ、初めてなのにちゃんとできてる!』


——―ペシッ!ペシッ!ペシッ!


——―『ちょ、あばばば、激しいって!そんな馬乗りで締めつけたら何か出ちゃ……あぁッ!』



「…………。」


 おんぎゃあ!それは唐突にキーンと凍り付いた世界で産声を上げた。

 世に出してはいけない何かが誕生した瞬間だった。


 オイ……オイオイオイ!凄まじい勢いで血の気が引いたわ!何だよこれ、音声だけ抜き出すとアレだ。えーと、その、男女のハッスル的な何かにしか聞こえない不思議!


「ぶっ!アハハハハハ!なにこれ、初めてのお喋りすっ飛ばして…っくくく!初めての交びひっひッ!アハハハハハハッ‼」


 恥も外聞もなく空中で笑い転げ回りながら、バンバンオジサンの頭を叩く妖精。

 ヒト(?)がせっかく曖昧な言葉で濁したのに、ドストレートな表現すんなし!


「ヒー、ヒーッ……あー、数百年ぶりに大笑いさせてもらったよ。うん、これは記念に取っておこう!」


「え、嘘でしょ?」


 言うが早いか、黒い箱、もといオジサンの黒歴史ブラックボックスを魔法の光の円の中に放り込む妖精さん。四次元的なポケットのようなものだろうか?円を通過した箱が吸い込まれるように消失した。

 しまった!これでオジサンのマズい発言は全裸妖精の手の内である。


「まあまあ、悪いようにしないって。時々笑いたいときに聞くだけだよ。ほら、今日いろいろ教えてあげた対価だとでも思えばいいさ~」


「むぅ……」


 そう言われると閉口するしかない。オジサンは無一文、対価として渡せる物も持っていない。


「それで、キミはこれからどうすんの?」


「ああ、そっか。これで人と言葉が通じるようになったんでしたね。えーと、この辺に人の町ってありませんか?」


「ヒト種の街ねえ。結構遠いよ?この森を抜けるとニンゲンのでっかいお城と街があるけど」


「城!どんな城ですか⁉」


 城。日本の町のランドマークとも言える城があるとなると、それなりの大きさの町だろう。そうなると途中で道路に出くわす可能性が高い。道路案内標識も含めて現在地を知ることができる筈だ。

 更に町には人がいる。携帯端末の普及率が9割を超える日本であれば、どこかで夜中にこっそりスマホかパソコンを拝借して上司や同僚に助けを求めることができるぞ!


「んーと、石を積み上げてできたお城だね。」


「ん?土台の部分だけが石造りじゃなくて?」


「うんにゃ、全部石」


「一枚岩じゃなくて、積み石だけでできてる?」


「そうそう。街全体も石を積み上げた壁で囲まれてるね~」


 そんな城、日本にはない。コンクリート製のビルを城と表現した可能性もあったが、一枚岩ではなくて積み石と言った以上、それも無いわけで。そもそも日本に積み石の壁で囲まれた町は存在しない。


 あれ、ずっと日本の山奥にいると思っていたけど、まさかの国外?

 確かに目の前の少女のような妖精の姿は、ヨーロッパの伝承やシセリー・バーカーの絵画などに由来する。その欧州には今も石造りの古城がいくつも現存している。


「あの、町の人の髪の色ってどんな感じでしょうか?」


「んー、黄色とか、白とか茶色とか……あと黒もいたね」


 目の前の少女が思い出した順番から言って、金髪、白髪、茶髪が多くて、黒髪は少ないながら居るといったところだろうか。あ、これ間違いなく日本じゃないわ。うーむ、日本に帰るのは難しいかもしれない。


 今のオジサンはカワウソである。


 コツメちゃんやビロードちゃんなど、密猟や密輸で個体数を減らしている種のカワウソはワシントン条約でギチギチに保護されている。飼育下で繁殖したと証明された個体ですら、国を跨ぐのに2国間の許可が要るのだ。そもそもカワウソのなかま全部が最低でも輸出国の許可を要する。仮に誰かの協力で日本へ連れて行って貰ったとして、オジサンは野生の個体。密輸になってしまうというわけだ。


 おうふ、国際移動が封じられちゃったよ。

 オジサン、どうやって日本に帰ろう?

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