第六話 ようせい①
『んじゃあ、まずは息を吸って~』
すぅー。
『息を吐いて~』
はぁー。
『また息吸って~』
すぅー。
『マナ吐いて~』
はぁー……はぁっ⁉
『んな簡単に吐けるかーーーっ!』
『いや、できてるじゃん』
『へ?』
あれ、なんか口からキラキラしたのが出てるぞ⁉カワウソの目には人間と違って口先がハッキリ見えるため、見た目は怪獣映画の熱線さながらである。いやうん、吐けちゃったよ、マナ。
『そもそもマナを自由に動かせるのが妖精なんだよ?』
ドヤ顔で目の前の少女が胸を反らす。そして揺れる。
いや、オジサン何も見ていない。気のせいだ。
『ごめん、初耳です。そもそも妖精って何なんですか?』
『あー、そこからか~』
目の前の少女が妖精、これはOK。羽あるし飛んでるし、魔法使うし。童話やゲームに出てくるステレオタイプな妖精まんまである。でもオジサンは?見た目カワウソで中身はナイスミドルよ?
『妖精ってのはマナの担い手。だからマナが見えるし、体内に沢山持ってるし、自由に意識して扱えるんだ。キミみたいにね~』
『動物にはマナが見えなということですか?』
『そそ。獣も妖精もマナに惹かれるのは一緒。でも獣にマナ見えなくて、感知して集まる習性があるんだよ。マナが豊富な食料を食べるためにさ。』
あかん、これ、オジサンも動物の絶好のエサっぽい。
『え?妖精なんだし飛んで逃げればいいじゃん』
『俺、羽ありません……』
『あー、そっかー……普通は生まれた時から飛べるんだけど、陸の獣から成ると飛ぶ感覚が分からないか~』
『ん?生まれるのと成るのとでは違うのですか?』
『そそ。妖精の母親から生まれるヒト型の妖精と、体内のマナがバカみたいに多くて他の生き物から成った妖精がいるのさ。キミは元の生き物の姿だから、後者だね~』
いえ、元の姿はオジサンですが。
『あとは、獣は言語でコミュニケーションできないね。鳴き声で危険や獲物なんかの情報を遣り取りするけど、会話はできないでしょ?』
ああ、だからこの妖精は俺に言語理解力の有無を確認したのか。
マナを視認でき、マナを思い通りに動かせて、言語を理解する。姿はカワウソでも、これらの要件を満たすから動物ではなく妖精である、と。
『よ~し、疑問も解決したようだからマナのレッスンに戻ろっか』
『次はどうすればいいんですか?』
『さっきの要領でマナを吐いてみて~』
はぁーっ!
さっきと違い、意識してマナを吐出する。おお、今度は意外と簡単にできた。
『次は、そのマナに思ってることを浸透させるんだ。キミの喉は獣の鳴き声しか出せないみたいだけど、マナに思考を乗せることで声の代わりにできる筈だよ』
なんですとー⁉
人間と会話ができるってことは……
今のカワウソ状態のオジサンは、人間からカワウソ扱いしかされない。しかし、これが人間と同等の知能を持ち、人語を喋れたらどうだろう……あ、妖怪だわ。
が、仮に妖怪だったとしても、人間は地球外生命体とすらコンタクトを取ろうとする種族だ。知的生命体かつ容易にコミュニケーションが行えるとなれば、少なくとも幾人かはオジサンを保護してくれる可能性がある。
最終地点が保健所or動物園から、大学の研究室くらいにはランクアップできるハズ!
早速、マナに思考を流すイメージで吐き出す。
―——届け、この思い!
口から文字の形をしたマナの塊が飛び出した。
違う!そうじゃない‼
丸文字フォントで、更にエクスクラメーションマークまで再現されてるし。
『あははははっ、そ、その発想は無かったよ!ひゃははは、ちょ、お腹痛い』
妖精さん、なぜか大ウケである。ツボにジャストフィットしたようだ。
気を取り直して、今度は文字ではなく、思いの丈をセリフとして意識してみる。
―——オジサンだって結婚したいんだぁぁぁぁあ!
ん?何も起きない。
右を見るが、何も無い。
左も同様。
……上か⁉
Oh……今度はマンガの吹き出しになった。いやー、確かにセリフを意識したけどさぁ。
因みに吹き出しの中身は、劇画調の極太な筆文字フォントだった。
やめて!オジサンの魂の叫びみたいになってる‼
イヤイヤと首を左右に振ると、吹き出しも付いて来た。無駄仕様である。
『生まれたてなのに、け、結婚とかっ!ふっひははははは!もう止めて、し、死ぬ』
涙を流しながら空中を笑い転げる妖精少女。ええい、足をバタバタさせるんじゃありません、はしたない!