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カワウソさんの異世界ワンダリング!  作者: カワウソおじさん
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第三十五話 えるふ

 ふよふよと色とりどりのオーブが舞う、淡い色の世界を歩いていた。


 目の前には、黒いローブを纏った、柔和な笑顔をした美人のお姉さん。

 ローブの上からでも分かる……どころじゃない。胸部の膨らみが激しく主張してローブを持ち上るレベルのグラマラスボディ、眼福です!


 そのお姉さんに手を引かれるまま歩いていると、目の前に大きな川が流れていた。

 迷わず小舟に乗り込んだお姉さんが、俺に手招きしている。

 乗らなきゃ……


 そう思って足を踏み出そうとしたところで、襟首をグインと引っ張られる感覚。

 え、何?ちょっと待っ……


 そのままビデオの巻き戻しのように、元来た道を、首をガックンガックン揺さぶられながら戻って行く。


 これは夢……?

 意識が急速に浮上していく感覚に、間もなく覚醒することを自覚する。

 視界が次第に薄れて真っ白になる直前、耳のすぐ傍で囁くような声が聞こえた。


 『あと1歩で刈り取れたのに……ざーんねん』

 脳の奥底を掻きむしる、ゾッとするような冷たい声色だった。






「かはッ!ハー、ハー……」

 気道に空気が流れ込む感覚に、頭がクラクラする。

 ここは……そっか。気を失ってたのか……。


 あれ?さっきのって、まさか臨死体験⁉

 てことは、あのけしからんボディのお姉さんは……死神?

 あっぶねぇ!


「よかった、生きてました……!」

 安堵の声が上から降ってきた。

 見ると銀髪の少年が、安心と後悔の色が混じった瞳でカワウソさんを見つめていた。


 さっきまでの記憶が、一気にフラッシュバックする。

 そうだ、胸に何か刺さって……あれ?

 慌てて見るが、モフモフの毛皮があるだけで、細長いマナの塊は見当たらない。

 体を起こそうとしたところで、少年がやんわりと押し留める。


「今、傷を癒していますので、もう少しそのままで」

 歯科医院の診察台の上にいる時のように、言われるがまま、起こそうとした体の力を抜く。


 ん?癒す?

 よくよく見れば、緑色の光の粒子が、少年の手からカワウソさんの胸元へと降り注いでいた。


 ん……んんん?


 正確には、少年がかざした掌。

 そこから15センチほどの位置に、複雑な模様が並ぶ光のリングが浮いていた。

 掌から放出されたマナが、リングの真ん中の穴を通過すると同時に緑色の粒子に変化して、カワウソさんへと流れている。

 魔法とは違うマナの変質、まさか……


「これは……魔術?」

「はい。傷を癒す魔術です。と言っても、まだ練習中なので時間がかかってしまうんです。ごめんなさい」

 少年が申し訳なさそうに頭を下げる。


「おおおッ!これが魔術なんだ!」

 魔法が上手く使えないカワウソさんの、希望の光。

 こんな所で出会えるなんて!


「魔術を見るのは初めてですか?」

「うんうん、初めて見た!傷を癒す魔術……なるほど」

 確かに胸部の痛みが引いている。

 薬剤も外科的アプローチも要らない治療、まさにファンタジーである。


 お、もう大丈夫かな?

 ヒョイと体を起こす。


「うん、もう大丈夫だ。ありがとう」

「その、元はと言えばこちらの勘違いで……すみませんでした!」

 少年が頭を下げる。


「まあ、水浴びの邪魔しちゃったわけだし、こっちこそごめんね」

 サッと少年に背中を向けて、帽子を目深に被る。

 うん、水浴びしてたんだよね。

 それで、そのままカワウソさんの介抱してくれたんだよね。


「とりあえず、風邪ひくから……服着よっか」

「――――ッ」

 背後で声にならない声と、衣擦れの音がする。

 良かった、某妖精さんみたいなヌーディストではなかったようで、ちょっとカワウソさん安心した!


「もう、服着たので大丈夫です……」

 振り返ると、恥ずかしそうに俯く銀髪の少年がいた。

 あらら、耳まで真っ赤。


 オジサンの甥っ子も、ちょうどこのくらいの年頃だった。

 母親と買い物に行くのも恥ずかしがるような、色々と難しいお年頃なのだ。


 改めて少年を見る。

 貫頭衣、というのだろうか。

 頭を通す穴がⅤ字に開いた、1枚布でできた簡素な服。

 簡素な造りではあるが、縁や襟元に細かな刺繍があしらわれている。


 そして、さっきから後ろで揺れているのは、牛のように先端がふわふわした……尻尾?

 少年は尻尾を掴むと、腰に回して軽く結わえた。

 あー、尻尾が帯代わりなんだ……。


 トールキン教授が生み出したエルフには、尻尾の記述は無い。

 が、伝承上のエルフは牛のような尻尾が生えているとされることがある。

 ちなみに、妖怪の中興の祖とも言える水木大先生が描くエルフは、毛むくじゃらの丸いクリーチャーだったりする。うん、この世界のエルフがそっちじゃなくて良かった……。


「あの、どうかしましたか?」

 少年が不思議そうな顔で問う。

 いかん、ちょっと無遠慮に観察し過ぎたかな。


「おっと失礼。この度、近くに引っ越してきたので、その挨拶に来たんだ。君はエルフ、でいいんだよね?」


「はい。この森に住むエルフのウィスタリアです」

 やっぱりエルフで合ってた。

 少年が、まるで両手に何かを掲げるように、掌を上に向けたまま軽く頭だけを下げる。

 これって、エルフ式のお辞儀なのかな?


「おっと、名乗るのが遅れて申し訳ない。カワウソのコヅカ・コウゾウと申します」

 こちらは日本式の一礼で返す。


「カーソン・コズコーゾさん?」


 ……うん?

 誰だよ、コズコーゾ!

 もしかして、こっちだとコヅカ・コウゾウって発音難しいのだろうか?


「カワウソでいいです……」


 ……本名を名乗るのは妥協した。

 あんな純朴そうな瞳で見られたら、激しいツッコミなんてできないよ!

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