表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カワウソさんの異世界ワンダリング!  作者: カワウソおじさん
38/41

第三十四話 みずべのしょうねん

 目の前の子供と視線がかち合う。


 年の頃は十二、三歳くらいの少年だろうか?

 色白の肌と長い銀髪から、日の光を受けて輝く水が滴っている。

 うっすらと肋骨が浮いて見えるが、瘦せているというよりも、まだ筋肉が未発達な華奢な体型と言った方が適切だろう。


 あちゃー、服を着ていないことから察するに、水浴びの最中だったのだろう。

 この年頃の男の子は無邪気から恥を知る年齢への過渡期である。女の子と一緒に遊ぶのが恥ずかしくなったり、家族に裸を見られるのが恥ずかしいと感じるようになったりと、カワウソさんにも覚えがある。

 そんな、知恵の実を食べた直後のような年代の少年が、水浴びをしている場所に出くわしてしまったわけで。

これは……非常にマズいタイミングでご近所訪問してしまったのかも!


「これ以上近付いたら……射抜きます」


 ギリ、と弦を引く力が強まる音が響く。

 落ち着け、ご近所付き合いの3つのポイントを思い出すんだ!

 ガジガジガジガジ!


 まずは笑顔!

 ニッコリ笑おうとして、気付く。

 そういえばカワウソの表情筋で笑えるのだろうか?

 そもそも、今のカワウソさんは魚をガジガジしているわけで、その表情は……お察しである。



1.笑顔……魚を齧る凶悪顔のため『×』



 そうだ、挨拶!

 ただ挨拶するだけでは信用してもらえない。

 ここは危険な物は何も持っていないと示すためにも、ホールドアップで無害であることをアピールせねば!


 バッと両手を挙げる。


「ひッ、威嚇⁉」


 少年の引く弓が、より大きく歪む。



2.あいさつ……威嚇と勘違いされて『×』



 ささささ、最後のご近所付き合いのポイント!

 そうだ、プライバシーに配慮……



3.プライバシーに配慮……『覗きの現行犯のため有罪ギルティ



 ああああああああ!

 やってしまったぁぁぁぁぁあ!


 違うんだ、誤解なんだ!

 慌てて少年に向かって1歩を踏み出した、その瞬間だった。


 ヒュン、と弦が空気を切る音と同時に、耳のすぐ傍を高速の物体が突き抜ける風切り音。

 それに遅れて、頬が総毛立つ。

 今、毛がブワッてなった、ブワッて!


「次は……てます」


 ギリリ、と再び弦が引き絞られる。


 あれ?

 ここでふと気付く。

 少年が引いた弓。そこに矢は番えられていない。

 さては、ただの脅しか、さっきのが最後の矢だったか。


 命の危機は無いと気付いて、少し落ち着いた。

 うん、大事なのはコミュニケーション。

 よくよく考えたら、カワウソさん、ご近所付き合いの基本とも言える、言葉のキャッチボールを忘れていたよ。


 息を吸って、言葉を紡ぐ。


「すみません、最近この近所に越してきたもので、そのご挨拶に……」

「え、喋っ……あ……」

―――ビィン!


 少年の気の抜けた声と、弦が唸る音が同時に響く。

 ついでに、ドン、という衝撃がカワウソさんの胸に響く。

 その胸元を見ると、細い棒の形状をした、キラキラ光るマナの塊が突き立っていた。

 まるで矢のシャフトのような……あ⁉


 ひょっとして、矢が『無い』んじゃなくて、『見えなかった』?


 視界がぐらりと揺れる。

 その薄れる視界に、足音無く駆け寄ってきた少年が、心配そうにのぞき込む顔が映った。

 その耳が、妙に尖っているのが印象的だった。


 ああ、そう言えば妖精さん。

 森に住んでいるのは『年老いた』じゃなくて『歳のいった』親子と言っていたっけ。


 白磁のように薄く、透き通るような、白い肌。

 うっすらと静脈が浮かぶ様は、青白磁ぼ釉薬が描き出す模様のようにも見える。

 そして、繊細な大理石の彫刻のように柔らかく美しい、整った顔立ち。


 かつて、妖精と混同されていた曖昧な存在に、元・陸軍中尉の大学教授が、独自の言語体系と明確な姿を与えた。その影響は大きく、以降のファンタジー作品では、彼の思い描いた姿がその種族のスタンダードとなる。


 そして……不可視の矢だ。

 昔、急な痛みの後に見られる麻痺や、傷の無い突然死を見た人々はこう考えた。これは見えない何者かに、見えない矢を射られたからに違いない、と。恐らく症状から見るに、心筋梗塞や脳卒中を指していたと思われるが……当時の人々はこう呼んでいた。

 ―――Elf-shot(エルフの一撃)と。




 うん、たぶんそうだわ。

 暗転する意識の中で、思考が結論付ける。


 ご近所さんは、いわゆるエルフの親子だったみたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ