第二十九話 なわばりさんさく
「あー、やっと終わった……」
うにょーんと背を伸ばして肩を解す。
背後に鎮座しているのは、少しくすんだ銀色の塊。
レッサーパンダさんの成れの果て、骨の塊である。
やっぱりトカゲよりも上位の生き物だったようで、生き残れたのは奇跡だったのかもしれない。
もうこれ、完全に銀色の動物に出会った時がカワウソさんの命日だわ。
ちなみに肋骨だけは残している。後でフロート3号に改造する予定だ。
右前足には新しいナイフ。
これはレッサーさんの牙を平たく延ばして研いだ物だ。
愛用のコアリクイさんナイフ、さっきの尻尾ブンブンでどっか飛んでっちゃったんだよね。
前足一本で制作したため、簡素なフォルムなのはご愛敬。
一瞬、失った左前脚に取り付けようかとも思ったけど……更にその上から義手を嵌めて、強敵に出会った時に外してシャキン!とかやってみようかとも思ったけど。
うん、魔物に体の一部を持ってかれた挙句に、その魔物討伐に向かう羽目になっても困るので止めておこう。
……あれ、義手と前足でパチンってやったら魔法使えないかな?
さてと。
残るはレッサーさんのデカい頭。当然これから川と肉を削ぎ落すんだけど、頭骨はどこに設置しよう?湖の小島に置いても威嚇効果は低そうなので、岸のどこかに良い場所が無いか探してみるのも一興かな。
「ピュルルルルルル!」
あれ、この愛らしい鳴き声は!
鳴き声がした方を振り返ると、小さな友達が胸に飛び込んできた。
前足で優しく抱き留めると、しきりにその小さな頭をカワウソさんの胸にスリスリしてくる。
「リスさん!無事で良かった!」
カワウソさんもお返しとばかりに、リスさんに頬擦りする。
うん、オジサンのままだったら絵面的にアレだが、キュートな生き物同士だから問題ない。
それはそうと、森で他の生き物に襲われることも無かったようで安心したよ。
ホッとして座り込むと、膝の上のリスさんが心配そうにカワウソさんの左肘を撫でていた。
ああもう、可愛いだけじゃなくて優しいとか、この子は最高か!
その綺麗な縞模様の背中を撫でると、リスさんが気持ち良さそうに目を細めた。
「リスさんの背中、毛並みがキラキラして綺麗だね~」
そう言うと、リスさんが身体を伸ばして自慢げに背中の縞模様を見せてくる。
縞の部分が日の光を反射してキラキラ輝いていた。
……ん?キラキラ?
今朝見た時は、確かくすんだ銀色じゃございませんでした?
二度見して目を剝いた。
リスさんの歯と縞模様が銀色に輝いていらっしゃる。
しかも、ほんの僅かに黄色味を帯びたような、金色が混ざったような……?
背後にでんと鎮座しているレッサーさんの骨の塊を見てみると、今朝のリスさんのようなくすんだ銀色をしていた。
「リスさん……森で何があったの?」
妖精さん曰く、動物の骨の色は寿命や強さを反映する。
長く生きればそれだけ数多くの食物を通してマナを摂取するし、強者はマナが豊富な強い生き物を食べてマナを摂取するからだとカワウソさんは解釈している。
この短時間で数十年分の食料を食べることはできない訳で……答えは自ずと嫌な方に導かれる。
―――天才リスちゃん強者を食べた⁉
当のリスさんはタタタタ、と駆けて傍に転がっていたナイフを拾うと、それを器用に動かしてレッサーさんの頭から目玉を抉り出し、美味しそうに食べ始めた。
さらにもう1個を抉り出すと、食べる?とでも言いたげな表情でカワウソさんに差し出してきた。
仕草はとても可愛いんだ、うん。
でも絵面がちょっぴりホラーだよ、リスさん!
「あの、その、ゴメン。カワウソさん、それ食べられないんだ。リスさんが食べていいよ」
なんとか言葉を絞り出す。
2つの目玉を食べたリスさんはご満悦のご様子であった。
気のせいか前歯と縞模様の黄色みが強まって、さっきよりも輝きを増していらっしゃるように見えた。
この子、確実にレッサーさんより強者にお成りあそばされた。
レッサーさんに苦戦したカワウソさんよりも遥か上位の存在に。
ホント、森で何を経験してきたの?
都会の大学に進学した娘が垢抜けて帰ってきた全国のお父さんって、こんな気分なのかな……。
さっき、完全に銀色の動物に出会った時がカワウソさんの命日だなんて考えたけど、それより上位の存在が目の前に現れちゃったよ。
今日が命日にならないよう気を付けよう!
「リスさんとは今後も末永く仲良しでありたいものだよ。切実に」
そう言って頭を撫でると、リスさんはパッと輝いたような顔でスリスリしてきた。
よし、せっかく縄張りを広げたし、散策してみますか。
立ち上がって縒れた中折れ帽を頭に載せる。
すかさずリスさんが背中を上って帽子の上に乗る。
ここ最近お馴染みのいつものスタイルだ。
まずは湖を反時計回りに移動する。
川を時計の6時の位置として、カワウソさんの現在地は8時くらいの場所になる。
まずは距離の短い方から散策しようというわけだ。
森の風を肌で感じながらのんびり歩く。
湖面は静かに周囲の風景を映しており、さっきまで2匹の動物が血みどろの争いを繰り広げていたにも拘らず、我関せずといった澄ました表情を見せていた。
レッサーさんが居た頃の息の詰まるようなシンとした静けさは無く、小鳥の鳴き声や小動物の気配を微かに感じられる。
ここがカワウソさんの縄張りになったんだと改めて実感した。
しばらく歩くと、淡い紫色が眼前に広がった。
花の群生地に出くわしたらしい。
近寄ってみると、5枚の花びらの先端が細く分かれており、淡い色も相まってまるで床に広がる長い髪のように柔らかな印象を与える。
記憶にあるカワラナデシコと似たような花だった。
リスさんは帽子から飛び降りると、興味深そうに花の匂いを嗅いでいる。
くそう、カメラがあれば可憐なアニマルコレクションが増えたのに!
そして。
視界の端に、そこにいてはいけない物が見えた気がした。
必死に見ないようにしていたが、リスさんがソレに気付いて駆け出した。
あろうことか、ソレに向かってである。
リスさんが向かった先。
そこには筋骨隆々の2メートルくらいありそうな生き物の姿があった。
人のような2腕2足。そして……その首には牛の頭部が乗っかっていた。
角が生き物を突き殺さんとばかりにギュインと曲がっており、銀色に輝いていらっしゃる。
その姿は牛頭、もしくはギリシア神話のミノタウロスだろうか?
元の世界では地獄の獄卒だとか、生贄を求める迷宮の主だとか言われていた筋骨隆々のそんな生き物。
それが……背筋を伸ばした綺麗な体育座りをして、黒く澄んだ目で花を見ているというシュールな絵面が眼前にあった。
あ、だめだ、脳があまりのギャップに、理解を放棄してる!
混乱したままサッと身を低くして身構える……が。
ミノタウロスさんはリスさんに気付くと、優しくその頭を撫でている。
更にカワウソさんに向き直ると、丁寧に頭を下げてきたので、慌てて斜め45度の綺麗なお辞儀で返す。
こういう場面でも発揮される日本人の条件反射怖い。
なんだか新鮮な感覚だ。
カワウソさんは今まで会った傍から動物に襲われ続けてきた。
しかし目の前の生き物はそれらを遥かに凌ぐ強そうな見た目なのに、圧倒的な紳士な対応でカワウソさんと向き合ってくれている。
リスさんも懐いているようだし、きっと良い人?動物?に違いない!
「どうも、この辺りの縄張りに越してきました、カワウソと申します。ミノタウロスさん、でよろしいですか?」
目の前の生き物がブモ、と頷いた。
リスさんに続いて、このお方もカワウソさんの言葉を理解できるようだ。
紳士で知能が高いとか完璧じゃないか!
「ミノタウロスさんは花がお好きなのですか?」
そう尋ねると、ミノタウロスさんは照れたような表情で頷いた。
見る人が見ればそのギャップに萌え悶えるのかもしれない。
残念ながらカワウソさんは、ギャップの高低差があまりにも大き過ぎてその境地には至れなかった。
「花っていいですよね。私の故郷にも、春に仲の良い仲間で花を愛でながら酒宴を開くという風習があったものです。この縄張りもそんな場所にできればいいな、と私は考えております」
そう伝えて前足を差し出すと、ミノタウロスさんがその大きな手でカワウソさんと握手する。
ゴツゴツした手なのに、優しく包み込むような慈愛に満ちた握手だった。
―――私も楽しみにしております……のヌシ様。
なんだか頭の中に声が聞こえたような気がして、首を傾げた。
ヌシ様と言うのは、この湖のヌシという意味だろうか。
ミノタウロスさんの表情から脳が読み取った?まさかね。
妖精さん、動物は人の言葉を理解できないって言っていたし、恐らくミノタウロスさんへの親近感が引き起こした思い込みの類だろう。
「いずれ、一緒にのんびりと花見でもしましょう」
そう言って一礼し、その場を後にした。
リスさんも律儀にお辞儀をして、再びカワウソさんの頭によじ登る。
「リスさん、友達が増えてよかったね」
そう言うと、頭の上からピュイピュイ、と嬉しそうな声が響いてきたのだった。
うん、やっぱり動物の声なんて聞こえないか。
ちょっぴり残念。




