第二十六話 はちあわせ
小島に来てから10日が経過した。
その間、湖岸には小動物すら姿を見せていない。川に居た頃は毎日のように変な生き物と遭遇したものだが、どういうことだろう?
これは一度湖岸に上がって調べてみるべきだろうか。
ちなみにリスさんは本日も種をカリカリしている。その歯はもはやくすんだ銀色とも言える色をしていらっしゃった。ねえこれ、間違いなく巨大トカゲを超えたよね⁉
ここは是非ともリスさんに普通の食事に戻って頂く為にも、絶対に湖岸に移動するべきだ。さもなければとんでもない生き物が誕生してしまう気がしてならない。当の本獣は種を持ったまま小首を傾げているが。
ああもう可愛いな、チクショウ!
早速、蔦のベルトに杭とナイフを刺し、袈裟懸けに結わえる。尻尾にはアーマーを装着し、最後に中折れ帽を頭に乗っけて完全武装だ。
「俺は湖の岸に行ってみるけど、君はどうする?」
リスさんはチョコチョコと近寄って体を摺り寄せると、トコトコ走ってフロートに飛び乗った。
フロートを覗くと、その中の器にチョコンと座っているリスさんの姿。どうやらこれを牽いて移動することを理解しているようだ。
うん、お利口さんだねー。頭を一撫ですると気持ち良さそうに目を細める。
はうー、友達が可愛すぎて辛い!
フロートの蔦を口に咥えて、いざ湖岸へと泳ぎ出した。
後ろを振り返ると、水飛沫をおっかなびっくり触ってピャーッとはしゃぐリスさんが居た。暫くすると好奇心が恐怖心に勝ったのか、蔦を伝ってカワウソさんの帽子にトン、と飛び乗ってきた。
「楽しいかい?」
そう問うと、ピュイ、とお返事が。帽子の上でトコトコ動き回っているようだ。はしゃいでいるのかな?
おおっと!
足を滑らせたのか、落ちてきたリスさんをハグッと口で掴んで、前足で帽子の上に戻す。
「ちょっと速度を上げよう。危ないから後ろに戻ろっか」
ポンポン、と帽子を叩くと、リスさんはトコトコ走ってフロートに戻って行った。
尻尾のヒレを揺らし、前足で大きく水を掴む。うん、このスイーっと加速する感じが堪らない。ぐんぐん加速すると、日の光でキラキラ輝く水面が後ろへと流れて綺麗だった。
後ろを見ると、リスさんはフロートから身を乗り出して興奮気味に尻尾を揺らしていた。うん、楽しんでくれているようで良かった。
友達とのこんな旅も、いいものだ。
そんな湖上遊覧もそろそろ終わる。
岸に近付くにつれてスピードを落として、ジャバジャバと音を立てながら岸へと上がる。フロートを係留する物が見当たらないので、そのまま岸に引き上げた。
リスさんはタタタタ、とカワウソさんの尻尾から背中、中折れ帽の上へと移動する。あー、そこ、定位置になっちゃったんだ……。
さて、と。
周囲を見回してみるが、やはり動物の気配は無い。
動物はおろか、鳥の鳴き声すら聞こえない。
少し歩き回ってみるか……
しばらく歩くと、微かに風に乗って動物の臭いが漂ってきた。念のため、用心して4本足モードで足音を立てないよう移動する。
移動するにつれ動物の臭いが濃くなる。これだけ広い水場なのに臭いは1種類だけ。普通はもっとこう、複数の動物の縄張りの臭いが混ざる気がするのだが……まさか、1頭の動物だけがこの広い湖の周辺を縄張りにしている?
ビリリ、とヒゲが震えた。
同時に100メートルほど先の、森との境目の繁みが揺れる。
何か……いる!
ガサリ、と音がして1頭の動物が繁みをかき分けて姿を現した。
背側は茶褐色の体毛に覆われ、腹から手足は黒く艶のある色合い。
ブルンと振るわれた尻尾は太く、縞模様が走っている。
白い顔に、目の縁が黒いその生き物は……
「レッサー、パンダ?」
かつて、この動物はパンダと呼ばれていた。しかし後にジャイアントパンダが発見されたことで、lesser(小さい、劣った)パンダと呼ばれるようになり、パンダの代名詞をジャイアントパンダに奪われた。そんな悲しい動物である。
ちょっと昔に立ち上がってエサをねだる姿が話題になったのを覚えている。
そんなレッサーパンダがこちらを視認し、ノシノシと近付いて来る。
うん?ちょっと地面揺れてない?
というか、近付くにつれて姿がどんどん大きく……大きく……あ、遠近感が壊れた。
歯を剥き出しにしてこちらを睨み付けるそれは、おもむろに立ち上がると……
「グァァア!グァァア!グァァア!」
両前足を上げて、威嚇のポーズ‼
ニュースで見た時は可愛いと思った。
でもさ、君、デカくない?身体がカワウソさんの4倍くらいに見えるけど気のせい?
レッサー要素、どこに忘れてきちゃったのよ⁉
ここでハッとする。
この世界ではジャイアントパンダの姿をした方が小さい。
この世界ではレッサーパンダの姿をした方が大きい。
よって、この世界のパンダとは、レッサーパンダの姿をした方を指す。
つまり……妖精さんが気を付けろって言ってたパンダは目の前の……?
瞬時に尻尾で地面を叩いて方向転換し、全力で駆け出す。
その時、視界の端で両前足を振り下ろそうとする巨体がチラリと見えた。マズい!
慌てて頭の上のリスさんを掴み、全力で森の方に放る。スローモーションで空を掻き必死にこちらに近寄ろうと藻掻くリスさんの姿が見える。
ああ、心配してくれるんだな……でも!
「とにかく逃げろぉぉぉぉお‼」
リスさんに向けて叫ぶと同時に、背後からズドン!と地響きが走る。
直後、爆風のような衝撃を全身に感じ、俺は石礫とともに空中へと無造作に吹き飛ばされていた。




