第二十四話 ちいさなであい
無事にトカゲの縄張りを制圧したカワウソさんは、今日も変わらず川登り。
今日は趣向を変えて背泳ぎだ。このために朝早くから背泳ぎの練習を頑張った。
初めはガンガン岩に頭をぶつけて泣きそうになったが、人間と違って真っ直ぐ首を伸ばせば進行方向に顔を向けられることに気付いてからは、あっけなくその問題も解決した。
なんで背泳ぎかって?
ヒントはカワウソさんのお腹の上の程良いサイズの石。そして前足には二枚貝。
答えはラッコさんのモノマネである。
実はラッコさんもカワウソさんの仲間。英語で書くとそのまんま sea otter (海のカワウソ)だったりする。ほら見て、お顔もそっくり。
そこにきて二枚貝なんて見つけちゃったら、もう真似してカンカンするしかないじゃない!
その欲求たるや、両手を合わせてカメ的な破ーしたり、指先に溜めた霊気でガンしたり、スリッパをリモートコントロールな下駄に見立てて飛ばしたり、傘を逆手に構えてストラッシュしたりといった、かつてカワウソさん世代の男の子が憧れて誰もがやったモノマネに匹敵すると言っても過言ではない。
ラッコさんにとっていい感じの石は宝物である。相棒と言ってもいいかもしれない。カワウソさんもお腹の上の石を相棒として、これから先も苦難を共にしようと思う。名前はそうだな……丸い、まぁるい……うん、『マーロウ』にしよう!
早速二枚貝をマーロウに打ち付けてカンカンしてみる。
おかしい、割れないな。力が足りなかったか?次は全力で叩きつけてみよう。せーの!
「えい、フゴァッ!」
鳩尾にマーロウが沈み込む。かなりいい角度で、抉るように入っていた。
「おのれ……マーロウ……裏切ったな……」
相棒の裏切りに失意のカワウソさんはそのまま川に潜ると、水面に飛び出す勢いそのままに尻尾を叩き付けてマーロウを打ち上げた。
さらば相棒。苦難を共にということは、則ちカワウソさんが苦しんだ分だけマーロウも苦しむという意味なのだ!
「ンガァァア⁉」
またカラスさんを驚かせてしまったらしい。それにしてもこの世界のカラス、いっつも潰れたような声で鳴くんだな……
うん、背泳ぎはもういいや。
いつもの水面から顔出しスタイルで、フロートを牽引しながら泳ぐ。しばらく遡上すると、急に川幅が広がった。両脇に茂っていた森も消えて一気に視界が開ける。不思議と川の流れも感じられなくなった。
「ここ、湖だ……」
広大な水の青。それを木々の深い緑が囲っている。久々に見た開けた景色に圧倒されつつ、キョロキョロ見回しながら湖の中心付近へと泳ぐ。そこにはポツンと小さな島が浮かんでいた。
大きさは直径20メートルほどはあるだろうか。カワウソさんにとっては広大な遊び場だ。周囲は砂浜に縁どられており、一部岩場もある。島の中心部には巨木が生えており、赤い実をつけていた。
ん?この実ってまさか……あ、やっぱりマナで光っていた。パンダさんとの因縁の地に生えていたのと同じ木だわ。
よし、ここをカワウソさんの拠点としよう!
始まりの巣穴、ウサギの洞穴、トカゲが辿り着けなかった中州に続く第4の拠点だ。
早速フロートを岩場に括り付けて、丹精込めて作った道具たちや素材を運び出す。
草のバッグ、爪、ナイフ……おっと、帽子はカワウソさんのトレードマークだ。あとは杭とそれを差し込んだ蔦のホルスター、器、それに入っているリス……
ん?リス?
バッと器を覗き込む。どういうわけか背中に綺麗な茶色の縞模様のある小さなリスがプルプル震えていた。目を閉じて、心なしか痩せこけて見える。いつの間に入り込んだのだろう?
かれこれ4日以上、泳いだり係留していたためフロートは水の上にあった。となると……その前からフロートの中にいたってこと?
サッと血の気が引いた。
頭に浮かぶのは『誘拐』の2文字。元の世界であれば重大事件、社会的抹殺待った無しである。
慌てて湖の水を前足で掬い、リスの口元に運ぶ。良かった、弱々しくはあるが、飲んでくれた。
あとは食べ物だけど……ぱっと目についた赤い木の実は味がアレなので、中の種を取り出して尻尾ハンマーで叩き潰す。それを少し水で捏ねて、リスの口元に置いてみた。
パク……ハグハグハグハグ!
よし、食べてくれた。
同じように種団子をいつつか作り、リスさんの傍に置く。
うーん、見てたらカワウソさんもお腹空いてきたな……漁るか。
いそいそと小島の周囲を泳いでは魚を咥える。エサが豊富なのか、川よりもサイズが大きく身も肉厚であった。うん、この拠点は素晴らしいぞ!気付けば岩場に魚が陳列されて、いつものお祭り状態になっていた。
早速頭からガジガジ齧る。おお、この噛み応え!この辺りの魚は身の弾力が違うね。
おっと、そう言えばリスさんは……お、いた。
種団子は食べ終えたのか、頬袋に仕舞ったのか、もう見当たらない。リスさんは4本足で立ち上がって、こちらを不思議そうに見ていた。この短時間で立ち上がれるとは、野生動物の逞しさをまざまざと見せつけられたようだ。
魚をガジガジしながら近寄ってみる。
「君も食べる?」
手つかずの魚を差し出してみた。
「ピルル!キュッキュッ、ピルル!」
尻尾の毛を毛虫のように逆立ててゆらゆら揺らすリスさん。
あ、これモビングっていう威嚇の動作だ……自分と同じ大きさの魚が怖かったのだろうか?魚はお気に召さないようなので、再び尻尾でバチンして種団子を作り、リスさんの近くにいくつか転がした。
あとはそのまま離れて、岩場の上で再びお魚さんを齧る作業に戻る。あまり構い過ぎないのが野生動物との適切な距離感だろうからね。ほら、人間の匂いが着くと、野生の群れから受け入れて貰えないって言うし。
「…………あ。」
そうだったよ、カワウソさんも絶賛野生動物だったじゃん!
とりあえず心が無性に人間らしさを求めたため、その日は木の根元で中折れ帽を顔に載せて寝た。
うーん、我ながらちょっぴりハードボイルド。




