第二十二話 いくすてんど てりとりぃ さん
本日も晴天なり。
うん、絶好の川のぼり日和だ。
2つに増えた肋骨フロートを引き連れて悠々と泳ぐ。川幅が広くなり、流れも少し緩やかになってきた。そろそろ妖精さんが言っていた『川幅の広いところ』が近いのかもしれない。
ぼちぼち休憩しようとしたところで、丁度いい感じの中州を見つけた。中心部に巨石が折り重なっていて、川の両岸からもそこそこ離れている。ここなら他の動物から襲われる心配なく過ごせそう。うん、3つ目の拠点に決定。
早速、潜って魚を探すが、ふと気が付いた。くの字に体を折り曲げた物体が無数にいたのだ。これ、エビじゃん!シュババッと捕まえて中州に上がる。
ガジガジガジガジ。
「うまああああッ!」
エビの旨味とプリプリした食感が口いっぱいに広がる。拠点の傍にエビの群生地とは嬉しい誤算である。文化的な生活が手に入った暁には、ぜひとも素揚げにしてキュッと一杯やりたいところだ。
人心地……カワウソ心地ついて中州で日向ぼっこ。お日様がぽかぽかいい塩梅の日差しで、川で冷えた体を暖めてくれる。人の社会も恋しいが、こういうだらだらしたスローライフも悪くない。
まったり過ごしていると、川の向こう岸から生き物の気配がした。なんだか動物と違った臭いを鼻が拾う。何だろう、魚とは違うけど生臭い感じがする。
森の低木の茂みがガサガサと揺れて、出てきたのは……トカゲ?イグアナ?大きさはカワウソさんと同程度で、鮮やかな緑色をしている。
それがわらわらと現れて、舌をチロチロさせながら対岸を占拠していた。1匹だけデカくてトサカや背びれの凄いのがいる。あれ、この構図ってなんだか見たことある気がする!
だが、今回のカワウソさんは川を挟んだ中州に居る。20メートルほどの川幅がある以上、カワウソさんに手出しはできまい!
エビをガジガジしながら中州の上をゴロゴロと転がる。
嗚呼、安全って素晴らしい!
ピクリ、とヒゲが震える。
対岸を見ると、トカゲの皆さんが非常に殺気立っておられた。中にはシャーと威嚇する者もいる。何だろう、美味しそうなご飯をずっと『おあずけ』されてるわんこみたいに口からダラダラ涎を滴らせているようにも見えた。その視線が集中する先はもれなくカワウソさんである。
おのれ、カワウソさんをエサ扱いしようとは!
スタッと立ち上がり、両前足を上に挙げる。
コアリクイさん直伝、威嚇のポーズ!
かーらーの、『高周波ボイス』。
「ギィィィイイイイイイイイイイイイーッ!」
「キシャァァアアアアアアアアアアアアア!」
あ、ダメだ。逆にトカゲたちがエキサイトしちゃった。
トカゲたちが次々とガニ股で立ち上がって、カワウソさんを威嚇している。想像してみて欲しい、目の前でガニ股の凶悪顔集団がこちらを威嚇している状況を。そして、ガニ股集団が一斉にこちらに向かって駆け出す絵面を。
うん、カワウソさんこの絵面、記憶にあるわ。大河ドラマの戦の始まりとか、昔のヤンキードラマの不良の抗争とかで見る、大迫力のスローモーションで真正面から集団が走ってくるやつ。
「ん?駆け出す?川あるのに?」
傾げた頭の上の『?』マーク3つ……が次第に驚愕の『!』マークに変わる。トカゲさん達、ガニ股を高速回転させて川面を叩いて水の上を走っていた。
カワウソさん、奇想天外などうぶつ番組でこれ見たことある!
目を血走らせ、涎を撒き散らせながら迫り来るガニ股トカゲ軍団。ただの陸上動物が相手なら川に飛び込んで逃げるところだが、水上を猛スピードで移動できる相手に対しては悪手だ。追い着かれて食われる未来しか見えない。
覚悟を決めて尻尾を構える。
が、それは川の中ほどで唐突に起こった。
先頭を走っていたトカゲが、ピクピクと足を痙攣させて……あ、沈んだ。
いや待て、確かあの種のトカゲは泳げたハズだ!
慌てて川に顔を沈めて水中を見ると、ピクリとも動かないトカゲが水深3ートルの世界で川の流れのままに漂っていた。
あるぇー?
視線を水上に戻す。
そこには息も絶え絶えに足を動かし、力尽きる傍から川に沈んでいくトカゲの群れがいた。ある者は縋るような顔で空を掴み続け、またある者は必死の形相で叫びながら動きを止めそうになる脚を叩き続けている。しかし無情にも、重力さんは彼ら愛して止まないようで、抱き締めたまま引き寄せることを止めてはくれない。
次々とトカゲを飲み込んだ水面には無数の泡が立ち……そして誰もいなくなった。
川の中を覗くと、苦し気な表情で藻掻いた格好のまま漂うトカゲ『だった』モノたち。
ウサギさんに続いて罪悪感パート2⁉
今回もカワウソさん、何もしていないのに!
どうやらこの世界のグリーンバシリスクさんは、泳ぐ方向には進化して来なかったらしい。コアリクイが毒を持っていたりと、この世界は同じ姿の生き物でも能力の有無に違いがあるようだ。
川を挟んで存在するのはカワウソさんと巨大トカゲ。
うん、ミステリー小説なら、トカゲの群れ消失事件の犯人はこの中にいる!ってシーンだ。
向こう岸では巨大トカゲが怒りにトサカと背ビレを震わせていた。
「ギエエエエエエエエエッ!」
巨大トカゲが天に向かって咆哮し、川に向かって駆け出す。その声は仲間の仇、とばかりに悲しみを孕んでいた。どうやらあちらさんは、カワウソさんが犯人だと判断したらしい。
……激しく冤罪である。
盛大に水柱を上げながら川面を疾走する巨大トカゲ。自分よりでかいトカゲが迫ってくるとか、もうそれジュラシックな映画の世界じゃん!
ちなみに川の中ほどに差し掛かったが、残念ながら他のトカゲのように力尽きる気配はない。
トスした石を尻尾ハンマーで弾く。
カキン!
硬質な音と共に、その表皮が石を弾く。巨大トカゲは気にする素振も見せずに突っ込んで来た。
ちょ、なんちゅー硬い鱗なのよ!
残り3メートル。
なりふり構っていられず、そこら辺のちょっと大きめの石を尻尾で弾く。あ、いい感じに水切って巨大トカゲの足元に。
その瞬間、巨大トカゲがあたふたと前脚で空を掻く。
これは……!
そのまま次々と足元に向けて石を弾き続ける。
目を見開いた巨大トカゲが『おいバカやめろ』という表情でたたらを踏む。慌てて踏み出そうとした脚が縺れてバランスを崩し……そのまま藻掻きながら沈んでいった。
えーと、これあれだ。
平均台とかスケートでバランスを取っている時に、上半身に向かってボールを投げられるとキャッチしたり防御したりして対応できるけど、足元に投げられると慌ててバランス崩してスッ転ぶやつ。これ、本当に危険なので決して実験はしないように。カワウソさんとの約束だ!
直ぐに川に飛び込む。
巨大トカゲは空気の泡を口から漏らしながら痙攣し、やがてその怒りと苦悶に満ちた眼からすー、と光が消えていった。
トカゲの首に嚙み付いて中州まで引き揚げる。
噛み付いて改めて実感するが、この鱗、とんでもなく硬いな。
何か、役に立つものが作れるかもしれない。
カワウソさん、ワクワクしてきた!




