第二十一話 いくすてんど てりとりぃ に
翌日。今日も今日とて川登り。
その日、俺はヤツと出会うことになる。終生の付き合いとも言える存在に。
「本日も順調順調っと?」
川を泳いでいると、気になる物が目に入った。
やたらとキラキラした、マナで輝く大木である。
何故だろう?それが気になって仕方が無い。
すぐさま岸に上がって、近付いてみる。
近付いて分かったが、この木は地中のマナを吸い上げている。ゆっくりと根元から幹を伝い枝先へとマナが流れているのが見えるのだ。今までこんな植物は見たことが無い。
更によく見ると枝先の赤い木の実が、尋常じゃない量のマナを蓄えていた。
地面を探すと……あった!
落ちていた木の実を拾う。
カワウソさんの掌よりも小さな赤い実。こちらもマナで異様に光っていた。
―――じゅるり。
何故だろう、凄く美味しそうな……あ、ヨダレ落ちた。
気が付いた時には噛り付いていた。
「あが?んがが?」
噛み切れない。果皮がゴムみたいに伸びて犬歯が通らないのだ。
ナイフでスパッといってみる。あ、良かった、切れたわ。
果肉は白く、中身は殆どが1つの種で占められていた。舐めてみると……うにゅー、しゅっぱい!
しかしこの種、とんでもない量のマナが含まれているな。ガジガジしてみると、ガツンと大量のマナが体の中に入ってきた。なにこのマナ超フルーティ!
慌てて岸のフロートから器を持ってきて、木の実を探す。残念ながら、十数個しか見つけられなかった。
しかし、樹上にはたわわに実った赤い実が無数にぶら下がっているではないか!
木に爪を掛ける。よし、登れそうだ!実はカワウソさん、木登りも得意なのである。
さて、いざ登ろうと脚に力を入れた時だった。
「あだッ!」
頭に衝撃が走る。下を見ると赤い木の実。頭に木の実が的中したのだ。
―――ひゅん!
今度は耳元から風切り音。後足元には、やっぱり赤い木の実が落ちていた。慌てて頭上に視線を向ける。
何かい……るぅッ⁉
本能が警鐘を鳴らし慌ててバックステップで距離を取る。
頭上の木の枝の上。そこに今まさに赤い木の実を投げんとする動物の姿があった。
白黒のモノトーンカラー。
ずんぐりした熊のような体躯。
目の周囲の真っ黒なブチ模様。
―――あの獣に気を付けなきゃだね。んーっと、目の周りが黒くて、獣とかヒト種とかあと竹を好んで食べる、あー、何だっけ……そうそう!ニンゲンからパンダって呼ばれてたっけ。
いつかの妖精さんの声が、鮮明に脳内に甦り響く。どうやらカワウソさん、一番まずいエンカウントを果たしてしまったらしい。
……のだが。
「なんか小さくない?」
パンダ。カワウソさんの元居た世界でジャイアントパンダと呼ばれていた目の前のそれは、カワウソさんと同じくらいの大きさだった。おい、ジャイアント要素どこ行ったー⁉
パシッ、パシッ
後足で堂々と立つパンダが、前足に持った木の実を宙に投げてはキャッチを繰り返す。何だろう……野球のピッチャーがやるような動作で妙に人間臭い。
そのまま振りかぶって、投げた⁉
……ッパコン!
思わず下半身を捻り、尻尾のハンマーで弾いてしまった。
何だろう、プラスチックのバットにゴムボールが当たるような、純粋無垢だった頃に聞いた覚えのあるすんごく懐かしい音がした。
弾き返した木の実が、放物線を描いて樹上のパンダの足元を掠める。その瞬間、イラっと音がしそうなくらい、パンダの目線が鋭くなった。
すぐさま木の実をちぎり、振りかぶるパンダさん。
「ふッ、次も打ち返してあげよう」
尻尾をピン、とパンダに向けると、すぐさま投げてきた。下半身のバネで尻尾を振る、が、振り遅れて空を切る。球速が1段階上がった……だと⁉
「ンメ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ‼」
パンダが拳を突き上げて雄叫びを上げた。
え、パンダってそんな鳴き声なの⁉
しかし、なんかこの声カチンときたぞ。尻尾をブンブン振り回して、もっと投げてこい、とアピールする。
ニヤリ、と子憎たらしい笑みを浮かべた(ような)パンダが、すぐに木の実をちぎって投げる。あ、くそ、掠ったか!
次は……当たったが、飛距離が出ない。
次こそはいける!抜群のタイミングで尻尾を振り抜く、が。
「尻尾の手前で落ちた……だと⁉」
見事なスプリットだった。
ならば、こうだ!次も手前で落ちるが、今度は尻尾を掬い上げるような軌道で回す。
バチン!
掬い上げた木の実が、大きくカワウソさんの背後に打ち上がった。よし、球速にも慣れた。次こそはパンダさんにブチ当ててくれよう。
パンダさんの眼が鋭くなる。
振りかぶって、投げた!
すかさず尻尾を掬い上げる。がしかし、尻尾を振った後に、大きく弧を描いた球速の遅い赤い実が通り過ぎていった。
このパンダ、スローカーブまで持っているのか!
その後も空振ったり、尻尾に当てたりを繰り返し、気付けば周囲は黄昏ていた。未だ打球はパンダさんに届かない。
互いに視線がかち合う。その眼が勝負は明日だと言っているように見えた。無言でお互いに背を向ける。カワウソさんは河原へ、パンダさんは木のさらに上へと。
その日は河原に巣穴を掘って休んだ。
翌朝。魚でエネルギー補給をしたカワウソさんは、昨日のパンダさんの投球を思い出しながら、尻尾を振り回して素振りをしていた。
今のままではあの球を打ち返せない。
そこで、尻尾にマナを集中して、根元から先までマナ製の疑似筋繊維を繋いでいく。振っては微調整を繰り返し、ようやく形になった。
小石を放って尻尾を一振り。小石は鋭い軌道で真っ直ぐ飛んで行った。
じっくり地面を踏みしめながら、木の傍まで歩く。見上げると、ちょうど昨日と同じ枝に降りてきたパンダさんと視線が交錯する。言葉は要らなかった。
パンダさんが手始めに直球を投げる。
バチン!
マナを纏った尻尾一閃。弾き返した打球がパンダさんの耳元を突き抜ける。惜しい。クイクイ、と前足を動かして挑発する。
シュン!
球速が上がり、振り遅れる。だが、数球で対応し、打球は再びパンダさんのすぐ脇を抜ける。
更に変化球を混ぜてくるが、対応して見せる。
「ブヒヒヒヒヒン‼」
パンダさんが叫びながら気合を入れた。その眼が、勝負は次の一球だと物語っていた。
大きく振りかぶる。更に速度を上げたその球は……直球の真っ向勝負!
「その勝負、受けて立つ!」
体を最大限に捻り、下半身ごと尻尾を振り抜く。
パンッ‼
乾いた音と共に、打球が唸りながら真っ直ぐ進む。
その進んだ先は……パンダさんのどてっ腹じゃああああ!
ドフッ……バサバサバサ。
体をくの字に曲げたパンダさんが、ゆっくりと子枝を折りながら落ちていく。
ズン、と地響きの後、フラフラと立ち上がるパンダさん。そのままヨタヨタとした足取りで、振り返ることなくゆらゆらとと森の奥へと姿を消していった。
「勝った……」
緊張が解けて、座り込む。
これで恐らく、この木はカワウソさんの縄張りとなった。昨日から散らばっていた木の実を器に集め、種を採取する。そのままガジガジ。
「うんまーい!」
ガツンとフルーティなマナが咽喉を抜ける。どこかに定住する日が来たら、絶対にこの木を増やそう。
パンダさん、楽しい時間をありがとう。遊び好きのカワウソさんの本能は大満足だったよ!
……それとゴメン。今更だけどカワウソさん、Jリーグ開幕世代のサッカー少年だったんで野球あんまりよく知らないんだ。




