第二十話 いくすてんど てりとりぃ いち
縄張り争い。
それは餌場を巡るアニマルズの仁義なき戦いである。そしてカワウソさんの餌場は、お魚さんを無償で提供してくれるこの川。川を遡上しつつ河原までを支配下に置けば、カワウソさんの安全は約束されるのだ!
通常、動物は排泄物を使って縄張りを主張する……が。カワウソさんの人間の部分がそれを決して許さない。なので、一先ずは最初の拠点である穴蔵の入り口に木の棒を立てて、その天辺にコアリクイさんの頭蓋骨を固定した。
初めは拠点の目印のつもりだったんだけど……うん、これ昔の部族の示威行為だわ。
フロートに道具類を入れて、蔦紐を口に咥えていざ出発!
計画としては半日かけて川を遡上、もちろん休憩は忘れない。残りの半日で川の両岸を歩き廻り、動物がいたら大音量の高周波ボイスで追い払う予定だ。パンダ対策の杭はいつでも掴めるように、タスキ掛けした蔦に刺して固定してある。
初日。川を上ってそこそこ距離が稼げたので、川辺でおやつのカニをガジガジ。
ふと気付くと、さっきまで何もいなかった河原に白いモコモコがいた。1つ、2つどころじゃないわ、20はあるな。1個やけにでかくない?白いモコモコから2つの突起が伸びて……ああ。
「ウサギさん?」
鼻をヒクヒクさせては草を食べるそのフォルムは、ウサギのそれであった。ただ、問題は大きさである。1匹1匹がカワウソさんと同じくらいのサイズ。更に1匹だけデカいのは2倍くらいあるぞ。
その内の1匹と目が合った。赤いキュートな目……が、ギロリと鋭さを増した気がした。相対するカワウソさん、すかさず両前足をホールドアップ!敵意はございません!
がしかしウサギさん、前足で地面をガリガリして、1つ、2つと跳ねると……
「ぬおぅッ⁉」
地面一蹴りで真っ直ぐ跳んできた⁉
慌ててサイドステップで避ける。
擦れ違う瞬間、『え?』としか表現できないような顔をしたウサギさんと目が合ったような気がした。どうやら跳躍した状態で方向転換は無理だったらしい。振り返ると、こちらに見開いた目を向けながら、コマ送り映像のようなスローモーションで川の方へ真っ直ぐ跳んで行くウサギさんの様子が見えた。
――ボチャン!
あ、そのまま川に落ちちゃった!
ウサギさんはしばらく藻掻くが、やがてピクリとも動かなくなり、川下へプカプカ流されていった。
その音に反応したのか、耳を立てた河原のウサギが一斉にこちらを凝視していた。心なしか、赤いお目眼が血走っていらっしゃるように見える。え、怖ッ!
次の瞬間、1匹ずつこちらに向かって跳んで来た。感覚的には自転車が1台ずつ、真っ直ぐ走ってくるみたいな?実際はもっと速いスピードで向かってきているのだろうが、カワウソの動体視力だとそんな感じに見えた。
「ほいッと」
無理なく避ける。
―――バシャン……ぷか~
次々と跳んで来るが、落ち着いてヒョイヒョイと避けていく。カワウソさんの背後から次々と水音が上がる。気付いた頃には、無数の白い群れが川を流されて行く地獄絵図が出来上がっていた。
あれ、このヒシヒシと込み上げる罪悪感は何だろう?
おかしいな。カワウソさん、ただ避けてただけなのに……。
ピクピクとカワウソさんのヒゲが震える。
スッと視線を移すと最後に残った1匹、巨大な、カワウソさんの倍くらいの大きさのウサギがのっそりと体を起こしたところだった。
うん、お怒りのご様子でヤバそうな前歯を剥き出しにしていらっしゃる。
だーかーら、カワウソさん何もしていないんだってば!
コッソリ距離を取るが、背後にピタッと硬い感触。
ギギギ、と首を動かすと、巨大な岩に逃げ道を塞がれていた。
視線を戻すと、今にも飛び掛からんと俺に狙いを定める巨大なウサギさん。
ええい、こうなったら。
「秘儀、反復横跳び!」
体力測定でお馴染みのアレである。オジサンのままだったなら数回でヘロヘロに息切れしていただろうが、こちとら今は動きの俊敏なカワウソなのだ!
「フガッ⁉」
距離を測っていた巨大ウサギが目を見開き、カワウソさんに合わせて血走った目を左右に動かす。フハハハハ、これで的を絞れまい!
「フンス!」
痺れを切らした巨大ウサギが、前足でガリガリと地面を掻く。そのまま、化け物じみた初速で跳躍してきた。
ばびゅん、とカワウソさんのすぐ横を、白くてデカい塊が突き抜けて行き、
―――ドン‼
すぐ背後で爆発音がした。うん、戦争映画で爆弾が落ちるシーンみたいな音だったから爆発音で合ってる。
慌てて傍らを見ると、岩に頭を減り込ませてピクリとも動かない巨大ウサギの姿があった。その目に光は無く、『なぜだ⁉』という驚愕の表情のまま事切れていた。
ふう、と一つ息を吐く。
巨大ウサギの跳躍。カワウソさんの動体視力を以てしても見えなかった。今になって冷たい汗がダラダラと全身を伝っていくような感覚が襲ってきた。
子供の頃は反復横跳びにどんな意味があるか疑問で仕方がなかったが、うん、これはこういう時のために存在したんだね!長年の疑問が解消した瞬間だった。文部科学省の見知らぬおじさん、あの頃はボロクソに文句言ってごめんなさい。そしてありがとう!
それにしても、である。傍らの巨大ウサギを見ていると、妙にデジャブを感じるのだ。
そして脳裏に流れる『待ちぼうけ』のフレーズ。
確か……木の根っこにぶつかって死んだウサギに味を占めて、そこでウサギを待ち続けるって歌詞の童謡だったっけか。当時はそんなアホなウサギなんかいるわけ無いじゃんって思ったのをよく覚えている。
「………………。」
うん、アホなウサギ実在した!しかも大量に‼
北原白秋先生、当時は疑ってすみませんでした!
さて、残務処理。
ウサギたちが居た河原のすぐ近くに洞穴を見つけた。恐らくウサギたちの住処だったのだろう。
ここを第2拠点にしよう!
すぐに巨大ウサギを解体し、骨を採取する。うわ……骨が黒い。前足元のナイフと比較しても濃い色なので、巨大ウサギはコアリクイさんよりもヤバい生き物だったのだと思い知った。
ウサギさんの鋭そうな前歯は把手を付けて加工。ノミとして木を削ったり、スコップとして活用していく予定だ。
肋骨は例のごとく膨らませて遊んだ挙句、フロート2号になった。
頭蓋骨は当然、目印として木の枝に載せて洞穴の入り口に立ててある。
残りの部分は柔らかくして素材の塊にした。その一部を取って薄く伸ばして、洞穴を覆うタープにすることにした。この洞穴って結構入り口がでかくて、動物に見つかったら危険だからね。
明日はもっと縄張りを広げるぞー。




