第十九話 こうさく
さーて、やって参りましたいつもの河原。
カワウソさんは地面を掘り掘りしていた。引っ張り出したりまするは、埋めていたコアリクイさんの成れの果て。
動物の骨は硬貨に加工されるだけの価値がある。しかも、マナの出し入れで容易に加工ができる。もし道具に加工できれば、生活水準がグッと向上するじゃないか!
お馴染みコアリクイさんの爪で皮を裂き、肉を削ぎ落とす。解体方法なんて知らない。手当たり次第に取れそうな骨を外し、その他は穴に放り込んでいく。毛皮は……うん、鞣し方なんて知らないし、ポイだ。
あ、本能さんが楽しみを感じ始めちゃったよ。
気が付くと、小骨も含めて骨の山ができていた。骨の表面は爪で薄く削って、肉片の欠片もくっ付いていない。
……さて。
「どうやってマナの出し入れするんだろ?」
試しに前足で持って、マナを吸い出すイメージ……あ、ダメだ。そう言えば妖精さん、魚からマナだけ吸ってたっけ。試しに口に咥えてガジガジしてみる。
「おおッ!柔らかくなってる」
前足でグニグニ。もう少しガジガジすると、ガムみたいに柔らかくなった。
でだ。問題はどうやってマナを入れるか、である。
手に持ってマナを集めるが、ダメ。
口からマナを吐いて某怪獣ごっこも、ダメ。
犬歯を突き立ててみるが、あ、これ逆にマナを吸っちゃってる。
ええい、顎をしゃくれさせて闘魂注入!
「あ。」
綺麗な放物線を描きながら川に沈んでいった。すかさず川に飛び込んで拾う。
ブルブルブルブルッ!
ここで骨の構造について考えてみよう。表面は骨膜で覆われていて、内部は意外とスカスカのスポンジ状。更に骨の中心部は中空になっていて、ゼリー状の骨髄が入っている。
単純にマナを流したり吹きかけてもダメなのは、骨膜のようなものがマナを弾いているからか。それなら犬歯を突き立てたりガジガジしたときにマナの移動ができた理由が説明できる。問題は、歯で噛むという行動が摂食、つまりマナを吸収する方に働いている点。
であるならば。マナの塊である『トラさんのお口』で噛んでみたらどうだろう?
早速、魔法で『トラさんのお口』を作って、牙を突き立ててみる。んー、確かに牙の刺さった箇所からマナが浸透してはいくのだが……遅い。牙からじんわりと骨に拡散していくので、とにかく効率が悪い。もっと、こう、注射器で注入するような機構が欲しいところだ。
注射器、か。確か毒ヘビの牙って管状になっていて、毒腺から牙を通して毒を注入するんだったっけ。今度はトラさんの牙の中心に管を通して、マナを押し出すイメージの機構を形成してみる。そのまま骨に牙を突き立てて、マナを注入してみた。
「おおおおおッ!」
一気にマナを持っていかれて、みるみる骨が硬化していく。うん、実験成功だ。本当ならここから牙や管の太さ、マナの注入速度など条件を最適化させていきたいのが研究者の性であるが、今は置いておこう。
それから3日が経過した。3日間の試行錯誤の結果、岩の上に並ぶは数々の加工品。
1つ目は器である。
これはなるべく丸い石を探して、その石に軟化させた骨を薄く延ばして整形した。カワウソさんの文化的な生活への第一歩である。
人間は道具を使う生き物である。より正確には、道具に依存した生き物とも言える。その最たる例はスマホであり、多くの若者がスマホに代表される情報端末に依存している。
そう言うと若い子達から反発を食らうのだが、試しに1日だけスマホやインターネットの無い生活を送ってみてほしい。恐らく非常に落ち着かない思いをするだろう。これこそが依存症の感覚である。
ちなみにカワウソさんは高校の頃にクラスで1/4しか携帯電話を持っていなかった世代のため、別にスマホが無くても平気だったりする。
嗚呼、懐かしきかな、女の子の家に電話した時に父親が出た時の絶望感。低い声で根掘り葉掘り質問されて泣きそうになったあの感覚は、今の若い子達には解るまい!
はてさて。
スマホ同様に、人類は器無くては生活できない、器依存症である。大げさなー、などと思ってはいけない。試しに器を使わない生活をしてみるといい。1日だって耐えられないはずだ。
食器をはじめ、バッグ、ポケット、財布、ビニール袋、プラスチック容器、ペットボトル。これらは総じて何かを入れるための器である。風呂だってお湯を溜める器だし、洗濯機は2層の内側が回る器。トイレなんてそのまま便器という名の器だ。
おうふ、器って文字がゲシュタルト崩壊してきた。
2つ目はサバイバルの友、ナイフである。
これはコアリクイさんの鈎爪を平たく潰し、爪の背側を研いだものだ。
この研ぎが厄介で、初めは石でそのまま研いだところ、石がゴリゴリ削れていった。この世界の動物の骨の硬度やばい。なので、その骨を削った骨粉を研磨剤にして、板状の骨の上で研いだ。尚、3日間のうち殆どがこの研ぎの作業である。辛かった。
3つ目はフロート?海とかプールで空気を入れて、水に浮かべて遊ぶアレだ。
これはコアリクイさんの肋骨を使った。
まず正中線の胸骨を外す。次に全ての肋骨から、その中の骨髄をすべて掻き出す。そうするとすべての肋骨の芯に細長い空間ができる。ゴムみたいに軟化させた肋骨に息を吹き込んだところ、風船みたいに膨らんだ状態で硬質化できたのだ。楽しくなって全ての肋骨に息を吹き込んだところ、見事にお椀型のフロートが出来上がった。偶然って怖い。
カワウソさんは体が小さいので多くの物を運べない。が、しかし!このフロートに蔦の紐を付けて、口に咥えて川を泳ぐと、スイスイとモノを運べたのだ!これで縄張りの拡張が捗りそう。
4つ目はパンダ対策。刺突用の杭である。
これはまず、手頃な長さの骨の、両端の関節部分を切り落とす。それから骨髄を掻き出すと、ストローのような中空の管ができる。骨の真ん中あたりを斜めに切断するとあら不思議!紙パックジュースのストローのような杭が2本もできた!あとは先端を刺さり易い形状に研いで、20本ほどの杭を作った。
これが動物に刺さるとどうなるか?答えは中心の管を通って血が流れ出す。
動物は血液の半分を失うと、失血死すると言われる。
心臓が収縮すると血液を送り出し、血液は全身に酸素や栄養を運ぶ。戻ってくる血液で心臓が十分に膨らむと、再び収縮して血液を送り出す。心臓はこれの繰り返しで生命を維持している。なので大量出血すると心臓に返ってくる血液が減って、十分に膨らめなくなる。すると収縮しても十分な血液を送り出せなくなり、循環を維持できずやがては心臓が停止する。ざっくりと説明したがこれが失血死である。
あとは、これを非力なカワウソさんがどうやってパンダに打ち込むか。
答えは尻尾。意外とカワウソさんの尻尾は力強い。なので骨でアンキロサウルスのハンマーみたいな構造物を作った。これを尻尾に取り付けて文字通りハンマーとして叩き付け、全身のバネで杭を打ち込むのだ。
最初は尻尾の先端に付けたんだけど、遠心力で尻尾千切れるかと思った!
喧嘩して尻尾が短くなったニャンコみたいにはなりたくないので、ハンマーは尻尾の中ほどに取り付ける仕様になってしまった。アンキロサウルスの尻尾、ちょっと憧れてたのに……。
以上が3日間の努力の結果である。
主に頭が疲れた……明日から早速、川を遡上して縄張り拡張計画だ!




