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カワウソさんの異世界ワンダリング!  作者: カワウソおじさん
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第十八話 それじゃあ

 おっと、夢中になりすぎて長居してしまったかな。


「おや、もう行くのかい?」


「ええ、やりたい事も見えてきましたし。色々教えて頂きありがとうございました」


「いいさ、妖精は暇だからね~。ほんの束の間の時間くらい、キミにあげても問題ないのさ。キミも覚えておくといいよ、妖精は死ぬほど退屈だってさ」


 自嘲気味に応える妖精さん。目の前の妖精の千余年。想像もつかない膨大な時間だ。やりたいことをやり尽くせば、変わらぬ日々を死ぬほど退屈に感じるのかもしれない。


「あ、死ぬほどってのは、退屈で最後に死を選ぶって意味ね。妖精の割とよくある最期だね~」


「例えじゃなかった⁉」


「あと、長く生きれば相応の別れも経験する。だからね、妖精は誰とでも一期一会の気持ちで接するんだ。その方が楽だからね。これはお姉さんからのアドバイスだよ」


「それは……確かに」


 この世界には様々なヒト種が存在する。しかし生物の寿命は種によって異なる。寿命の桁が違えば、経験する喜びだけではなく、悲しみや苦悩の数も文字通り桁違いとなる。これは長命の、ある意味で代償のようなものかもしれない。目の前の少女の姿をした妖精も千年分の別れをその眼に刻み込んできたのだろう。


 今、その彼女が経験する別れがまた1つ、数を増やそうとしている。

 であればこそ。


「では、これで」


 一つ頭を下げて、蔦製のバッグを肩にかける。


「ふふ、キミのこの世界でのこれからに、祝福を」


 優しく手を振る妖精の少女に背を向ける。


 この少女は一期一会と言った。きっとカワウソさんとの邂逅も、そんな束の間の接点の一つに過ぎないと思っているのだろう。でもさ、それって凄く寂しいじゃないの。


 だから、少しだけ後ろを振り返った。

 肩越しに肉球を見せてシュッと前足を揺らす。

 そしてこう告げた。


「それじゃあ、またね」


 カワウソさんの『これから』は長いんだ。

 これから何度だって同じ言葉を繰り返してやるさ。だから覚悟しておけよ?

 そうしてハードボイルドに決めた俺は『これから』に向けて後足を一歩踏み出す。



 ……その足で小石に躓いて、ゴロゴロ転がった。








「まったく、最後まで締まらないね~、あのコは」


 一人になった花の世界で、赤髪の妖精がひとりごちる。ふと顔を上げると、森に囲まれた円形の青空に、マナが立ち昇り輝いていた。


「またね、か~」


 岩に腰かけて脚をぶらぶらと揺らす。当の妖精自身は気付いていないが、その口元からは笑みが零れていた。


 そんな少女の周りに、まるで消しゴムがけを逆再生したように、3人の妖精たちが姿を現した。その姿は様々でヒトの形をはじめ、獣の形、キノコの形をした者もいる。


「あの子帰ったの~?」

「知識の妖精さま、うれしそ~」

「あのこのマナ綺麗だったね~」


 そう口々に思ったことを喋り、岩の周りを飛び回る妖精たち。妖精たちが踊るように、跳ねるようにクルクル飛び回ると、その足元の花畑に無数の円形が描かれていた。その地面に描かれた円形から、新たにマナが立ち昇り始める。


「おや、キミたちもどこかへ行くのかい?」


「あっち~」


 赤髪の少女が問うと、一人の妖精が川の対岸側、東の方角を指さした。


「そっか~、じゃあ、キミたちの旅立ちに祝福を」


「知識の妖精さまにも祝福を~」


 口々にそう言って、ふわりと踊るように飛び去って行く妖精たち。その背を見送ると、赤毛の妖精は再び足をぷらぷらと揺らす。もう何度、このように妖精たちを見送ってきただろうか。脚の揺れが止まった時、一人残された妖精が口を開いた。


「ここに来て何百年経ったっけ?」


 指折り数えてみるが、正確な数字は判らない。それほど長い間、この地に湧き上がるマナを見ながら暮らしてきた。かつて巡った世界は、今はどのような姿をしているのだろうか?食べ物や文化はどのような変遷を辿っているだろうか?先ほどあの子が見せてくれたような娯楽が生まれていたりしないだろうか?


 この世界の未知への好奇心が溢れ出す。

 かつて、この好奇心の望むままに世界を回り見聞きしてきた結果、彼女はいつしか知識の妖精などと呼ばれる存在になっていた。そして新たに生まれた変わり者の妖精が切っ掛けとなり、少女の薄く透き通るような肌の内で好奇心が幾百年の時を経て鎌首を擡げ始めている。


「うん、アタシも久しぶりに世界を見てみるか~」


 ぐっ、と背を伸ばし、輝く翅を震わせる。そのまま色とりどりに飾り付けられた花畑を舞台に、踊るようにして一頻り飛び回る。先ほどの妖精達が踊る様は無邪気であったが、少女の艶やかに動く手足や揺れ靡く赤い髪で彩られたそれは、大人びた優雅さと可憐さが不思議と調和していた。ほろ苦さと甘さが同居したカクテル、ネグローニのように、見る者を酔わせる美しい舞であった。


 最後に観客の居ない舞台に微笑みかけると、赤髪の少女は空気に溶け込むかのように姿を消していった。


 だれも居ない花畑に、森の香りを孕んだ風が吹き抜ける。


 そこには、フェアリーリング。

 妖精が踊った跡とされる無数の円形だけが残され、陽炎のようにゆらゆらとマナを世界へと送り出し始めるのだった。

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