第十七話 せいぶつ
そう、気を取り直して、パンダだ!
パンダを意味するこの世界の言葉を、俺の耳と脳がパンダと認識した。これは理解した。問題は、パンダにせよコアリクイにせよ、前の世界と同じ生物がこちらの世界にも存在するということだ。
仮にこの近辺の川にワニとかカバが居たとしよう。そいつらはマナを感知して、それを摂取……つまりカワウソさんを食べようとするわけだ。うーん、ディストピア!
「この世界に、こういう生き物っていますか?」
脳裏に様々な動物を、人間との大きさの対比付きで脳裏に浮かべていく。
「んー、あー……へえ」
妖精さんが興味深そうに声を漏らす。眼が少しヤバめの光を帯びていた。カワウソさんこれ知ってる!研究室にいた、人格破綻者達の好奇心に満ち溢れ過ぎた眼とおんなじ!
「どうでしょう?」
「うん、居るのと居ないのとあるね~。ただ、居ない獣でも、この小型の狼はニンゲンの童話に出てくるイヌと同じ。この小型のトラはケットシーちゃん達が崇める『ネコ様』って神様の像と同じだね。四つ足のオークは、オーク肉の味に喜んだ昔の王様が『凶悪な牙と両腕を捨てて4本足になれば育てて増やしたのに』って残念がった逸話が残ってるよ」
「え、居ないんだ……わんことにゃんこ」
元の世界では終ぞ飼うことができなかった犬や猫をお迎えする夢が、あっさりと崩れていく。ならば、地道に狼や山猫から品種改良してペット化していくか……幸い妖精の寿命は長いようだし。やってやれないことも無さそう。
「あー、オオカミとかヤマネコはもっとヒトが乗れるくらい大きいよ?姿は同じでも、大きさは違うみたいだね~」
ペット化ムリじゃん!そんなに大きいとお手って言った瞬間にカワウソさん潰されちゃう。
うむむ、それじゃあ太古のロマン、絶滅種ではどうだろう。古代の海生甲殻類や恐竜、翼竜、首長竜、さらに大型肉食鳥類や大型哺乳類などを脳裏に浮かべる。
「ふむふむ~、同じではないけど、似た形の地竜とか羽竜、海竜って獣はいくつか、かなり南の方にいるって聞いたことあるよ。水の中の虫はちょっと分かんないや」
絶滅種も存在している?しかし似た形……そっか、古生物はあくまで想像図だもんね。うん、南の方には近付かないようにしよう。ジュラシックな世界はスクリーン越しでポップコーン片手に楽しむに限る!
あとは、妖精をはじめさっき妖精さんが言っていた『ケットシー』とか『オーク』ってワード。これ、地球の空想上の生物が存在するってこと?慌てて色々と思い浮かべる。
「あー、へー、そっちの世界じゃ想像の産物なんだ~」
うわー、こっちだとファンタジーな生き物も存在しちゃうのね……。
うん、オッケー。理解した。
あくまで仮説ではあるが、2つの世界で現実・空想問わず『生物の姿』はリソースが共通しているのではないだろうか?
元の世界での想像上の生き物がこっちでは実在したり、逆に、元の世界で実在した生き物が、こちらでは物語に登場したり神様だったりするという違いこそあるが。
「え、これキミの世界に居ないの?」
「これって、どれでしょう?」
「ゴブリン。こいつら、繁殖力強くてどこでも増えて困るんだよね~。獣のくせにすぐヒト種を攫って交尾しようとするし」
嫌悪感剥き出しで、うへー、と舌を出す妖精さん。これ知ってる、ダークファンタジーな創作物でよく見るヤツだ。
「女の敵、ってやつですか」
「え、なに言ってんの?ゴブリンってメスしかいないよ?繁殖するんだから、男が狙われるに決まってんじゃん」
そうだったよ!この世界は母親と同じ種しか生まれない。繁殖=ゴブリンのメスがヒト種の男を襲うってことになるじゃないか。やだ、なにそれ超怖い!
ガタガタ震える俺に、妖精さんが笑いかける。
絵になりそうな、その魅惑的な笑顔で言った。
「アタシが嫌なら、ゴブリンと結婚する?お嫁さんいっぱいだよ、やったね!」
「ごめんなさい許してください野生のお嫁さんは勘弁してください」
鬼嫁ハーレムとか悪夢でしかない。攫われて監禁されて襲われ続ける展開に特殊な被虐趣味の方々は喜ぶかもしれないが、カワウソさんにそんな趣味は無い。
それにしても妖精さん、案外根に持つタイプなのかもしれない。うん、なるべく怒らせないようにしよう。
そう言えば、重要な動物の存在を確認していなかった。
その走る姿は完成された美。
古くからの人間の良き相棒。
そして、カワウソさんの週末の癒し。
……そう!お馬さんである‼
「あの、この動物っていますか⁉」
「んー、ああ、ヒトを乗せたり荷物運んだりする奴だね~」
いたーーーッ!
パララパッパ、パッパ、パッパ、パッパパラララ~ラ
思わず脳裏にファンファーレが響く。因みに今回は関西のG1仕様。競馬新聞と睨めっこし、パドックを眺め、ドキドキしながら投票券を購入する。そして興奮の場内、開くゲート、響く実況——嗚呼、ゴールの瞬間の緊張感は堪らない。
決めた!俺はこの世界に競馬をもたらす。そうしないと禁断症状でおかしくなる。この世界で、英国紳士の社交場を再現するのだ!
『なるほど~、葉っぱの競走はこれか~』
意識共有下で妖精さんの声が響く。
そこから小一時間、妖精さんの質問に答えながら、競馬の素晴らしさを説いた。
投票券の選び方を解説したところ、脳内でレース映像の再現を迫られた。
『⑦⑭③、⑦⑭③おおおおおッ……どっち⁉どっちなの⁉』
『掲示板は⑭⑦②⑯③ですね』
大接戦ドゴーン。
それにしても妖精さん、見事にドはまりしているご様子。
『いやー、キミの世界のニンゲンって素晴らしいよ!これは是非ともこの世界に欲しい娯楽だね~。うん、お姉さん、キミの目標を全力で応援しちゃう!』
ダメだ、このお姐さん、ハマりすぎて身包み剥がれる未来しか見えない。
……剥がれたところで平然としてそうだけれど。




