第十六話 ことば
「フーッ、フー……」
どうやら俺の反応をお気に召さなかったらしい妖精さんが、ジト目のままカワウソさんから手を放す。おうふ、まだ世界がぐわんぐわん揺れて見えるし。
女の子のジョークに素の反応で返しちゃいけない。うん、カワウソさん覚えた!
「あ、そうだ。上流の方に行くんなら、あの獣に気を付けなきゃだね」
思い出したかのように妖精さんが口を開く。切り替え早いな、このお嬢さん。
「どんな獣でしょうか」
「んーっと、目の周りが黒くて、獣とかヒト種とかあと竹を好んで食べる、あー、何だっけ……そうそう!ニンゲンからパンダって呼ばれてたっけ」
どうやらこの世界のパンダさんは、人をお召し上がりになるらしい。
「え、ていうかこっちにも居るの⁉パンダ!」
「その反応だと、キミの世界にもいたんだ~」
うん、ちょっと違和感。2つの世界で同じ見た目の動物が居たとする。果たして同じ『パンダ』という呼称になるだろうか?
そもそも、違う世界で『名詞が同じ』ということがあるのだろうか?それ以前に今まで普通に会話をしていたが、いったい俺は何語を使っているんだ?
「キミが喋っているのは、間違いなくこの世界の言葉だね~」
「考えたことを、こちらの世界の言葉に変換して喋っている…?」
「少なくとも君が意識共有で見せてくれた世界の様子。あの中で見聞きした言葉はアタシの知らないものだったね~。逆にキミが考えたり喋っている言葉は、アタシでも理解できてる。たぶんだけど、キミの『喋る』魔法は、頭の中で考えた時点でこちらの言葉に直されているんじゃないかな?」
言葉を伝えるには、相手に理解される言葉にしなければならない。
「でも、それじゃあ、どうやって聞き取っている?」
喋る時はマナを使って魔法で発声している。しかし、聞き取る際にはそんなことをしていない。
「あれ?気付いてなかった?キミ、アタシの言葉を聞いてる時に、耳と頭でマナを動かして魔法を使ってるよ」
「え、ナニソレ知らない!」
無意識下でそんな魔法使ってたの、俺⁉
「最初にアタシが話しかけた時に、耳で聞いた言葉を理解しようとして、自然と魔法を使ってたんだろうね~。本来、妖精ってこんな風に、思ったようにマナを魔法に変えるもんなんだけどね」
溜息を吐く妖精さん。どうやらカワウソさん、無意識の方が上手く魔法を使えるらしい。
そう言えば、さっき硬貨の数字をしっかり『アラビア数字』として読み取っていた。まさか……。
「うん、今キミが記憶で思い起こしたアラなんとかってのと、この世界の数字は全く違う形だよ」
試しに近くの岩に、石で文字を書いてみる。あ、前足でマナが光ってる。
『妖精』
「アタシたちの種族のことだね」
漢字はOKっと。更にその上に書き足す。
『naked(裸の)』
「続けて読むと全裸妖精……ねえ、喧嘩売ってる?」
英語でも思った通りに伝わっているようだ。最後、妖精の文字の下に……
『草』
「笑ってんじゃないよ!」
グーで殴られた。スラングもいけるみたい。同じ『草』という文字でも植物の方ではなく、意図した(笑)の方の意味で伝わったようだ。
聞き話し読み書き、全部できちゃったよ……。今の伝達能力なら魔法で火を出したりできるんじゃないだろうか?
試しに前足に集中して、火をイメージする。こう、燃え盛る形で……そいや!
ポロン。
前足から、小学生が描いたような、火のイラストみたいなマナの塊が落ちた。
「きゃはははははッ!火を出そうとして赤い葉っぱが、ハヒヒッ、お腹死ぬ~」
「葉っぱじゃねえよ、燃えてる火だよッ!」
うん、魔法が上手く使えない理由が分かった気がする。
絵心、貴様が原因か―――――ッ!




