第十五話 ものしりようせい
「あ~、笑った笑った!」
ぐたーっと俺に寄り掛かる妖精さん。端から見ると全裸の少女がしな垂れかかっている図なのだが、もはや何も感じない。慣れって怖いわー。
「他にも聞きたいんですが、いいですか?」
「んー、なになに?」
ええい、肉球をツンツンするんじゃない!
「この世界って通貨はあるんですか?」
「通貨……ああ、コレだね」
そう言って妖精さんは光の円から幾つかの物体を取り出して、俺に渡す。大きさの異なる白い硬貨と、黒や銀色をした長方形の板が数種類。それぞれに1や10といった、1と0から成り立つ数字や図柄が刻印されている。
材質は……何だろう、金属ではない。硬さは金属のそれと変わらないのだが、光沢は無く、軽い。見た目はツヤを消した樹脂のようだ。
「この一番小さくて色が薄い丸が1ヌムス。あとは小さい順に10、100、1000ヌムスだね。1万ヌムスからは四角で色が黒からキラキラした灰色に変わっていく感じ~」
やったぞ、10進法だ。恐らくこの世界のヒト種も手の指が10本なので、計算しやすい10進法が基本なのだろう。これが下手に12進法だったりしたら12倍で桁が上がるので、買い物に苦心するところだった。
1ヌムスあたりの価値は、まあ、実際に物価を見てみないと判らないな。2つの世界間で、物によって大きく価値の上下がありそうだし。安易に円との通貨レートを考えると間違いなく失敗する。
「これって、何でできてるんですか?」
「獣の骨だね~」
「え、金属は使わないんですか?」
「ん、何?キン、ゾク?」
「こういうのですよ。地中から採掘した鉱石を精製してできるんですが」
意識共有で、溶けた金属を鋳型に流し込む鋳造の様子や、硬貨をはじめ刃物や貴金属、その重量感や金属音などを思い浮かべる。妖精さんはしばらく考え込むと、顔を上げて言った。
「うん、断言しよう。この世界にキンゾクって物は存在しない」
「それは……そっか、そうなんだ」
前の世界には金属はあるが、マナは存在しない。
この世界にはマナはあるが、金属は存在しない。
世界にはそういった差異があるのだろう。
「多分、そのキンゾクってのに一番近いのが、獣の骨なんだろうね~。マナを抜けば水みたいに溶けて、形を変えやすいんだ。そんで、マナを込めるとまた元の硬さに固まる」
「成る程。色は動物の種類で変わるのでしょうか?」
「うんにゃ、種類は関係ないよ。生きてる間に食べた物のマナの量で変わるんだ。初めは白で、黒、銀、金って感じで変色するね~。当然、強い獣とか長く生きた獣ほど、色が変わって硬くなっていく感じだね~」
銀や金が存在しないのに色の名前になっている?いや、その色を脳が勝手に銀色と金色として認識しているのか……ややこしい!
ともあれ、強い獣の骨ほど価値が高いと仮定すると、さっきの通貨はそれ自体が相応の価値を持つのだろう。俺の世界の金本位制で金貨が同量の金と同じ価値を持っていたように。
ん、そう言えばコアリクイさんの骨はすんごい濃い黒色だったわ。あれって、もしかして結構価値のあるヤバい生き物だった?背筋をツー、と何かが伝う。
うん、妖精さん。背中をツーってなぞるのやめて!なまじ意識共有してるから、タイミングがバッチリ過ぎるんだよ。
「うん、一先ずは森の親子と交流して、ゆくゆくはヒトの町で収入を得て生活基盤づくりかな」
今後の指針が見えてきた。
「うわー、地味すぎてつまんない!なんかこう、他にやりたい事とか無いの?前の世界で出来なかった事とかさ~。妖精は自由なんだよ~?」
「前の世界で出来なかった事か……」
確かに、今の俺は前の世界のしがらみが一切無い、いわば生まれ変わったようなものだ。なればこそ、前の世界ではどうしてもできなかった事を実現するチャンスかもしれない。
馬主?ダメだ、そもそも競馬があるかどうかも怪しい。
もふもふに囲まれた動物王国?うん、ヨーシヨシヨシした瞬間に愛らしいアニマルズから命を刈り取られる未来しか見えない。
「あとは……婚活?」
そう!前の世界のオジサンは、仕事と趣味に没頭した挙句に、気付けば婚活で不利な歳になっていたのだ。
「結婚?そんなんすればいいじゃん」
いや、そう簡単に言うが、人間の姿ならいざ知らず、今の俺はカワウソだ。
………ん?そうなるとお相手はカワウソ?
いや、無理無理無理無理!姿はこんなでも、心は人間のオジサンのままなのよ?
「ヒト種同士ならできるよ、繁殖」
「はいそこ!繁殖とか生々しい表現やめて!」
まるでカワウソさんが繁殖目的で結婚したいみたいになっちゃうじゃん!
そうじゃなくて、もっとこう、温かい家庭に憧れてとかそういう意味でだね……
ちょっと落ち着こう。夫婦になるだけじゃなく、繁殖……もとい、子供できんの⁉
「うん、だから姿が違ってもヒト種って括りなのさ~。ただし、子供は母親と同じ種族に生まれるね~」
「両親の形質を受け継ぐんじゃないんですか?」
「そういう例は無いこともないけど、稀だね。国に数人いるかどうかってトコ。ただし、混合種の母親からは、元のどっちかの種族しか生まれないんだよ」
ハーフが残らないから、各種族が残り続ける。ここはそういう仕組みの世界なんだ。
「心配しなくても、どんな種族だろうがマナの相性が良ければ惹かれ合うもんだよ~」
「妖精さん……」
暗雲立ち込めていたカワウソさんの婚活事情に、急に光が差し込んできた。カワウソさんは妖精であり、長命。目の前の妖精さんと同様に、千年経っても老けない。
そう!前の世界のように年齢でハンデを負う心配が無いのだ!
ああ、妖精さんがキラキラ輝いて見える……マナだけど。
背中に天使のような羽根が……あ、虫みたいな妖精の翅だわ。
「なんならアタシとする?結婚」
妖精さんがニタリと笑う。
「え、いい歳して全裸の方はちょっと……」
……無言で首を絞めて揺さぶられた。
あばばばばばばば!出ちゃう!さっき食べたお魚さんが現世に違う姿で蘇っちゃう!




